第1話「デビュー戦、三十秒で負けました」
勝てる。
デビュー戦で。
俺が。
――そう確信した三十秒後。
俺の《角》は、地面を転がっていた。
◆
三十秒前。
アキトの正面に、一機の《キジン》が立っていた。
二十メートル級の人型機動体。
頭部のメインカメラが捉えた映像が、そのままコックピットを外の世界へと変えている。
距離、十二メートル。
対戦相手のキジンは細い。
装甲を削り、機動力を優先した軽量型。
両手には、小型の手斧が一本ずつ。
そして視界の端には、対戦相手のインカメラ映像が表示されていた。
『よォ、新人!』
「…………」
モヒカンだった。
見事なまでにモヒカンだった。
『記念すべきデビュー戦の相手が、このテツ様だ! 光栄に思えよォ!』
「どうも」
『テンション低ッ!』
「試合前なんで」
『だから上げんだろうが! ヒャッハー!』
アキトは通信音量を一段下げた。
『おい! 今、音量下げただろ!』
「気のせいです」
『嘘つけェ!』
うるさい。
アキトはテツから視線を外し、相手のキジンを見る。
構えがない。
重心も定まっていない。
二本の斧をぶらぶらと揺らしているだけ。
隙だらけ。
少なくとも、二年間《戦》を学んできたアキトにはそう見えた。
右足がわずかに前。
肩。
腰。
視線。
斧の角度。
情報を拾う。
――初撃は右。
確信した瞬間。
『試合開始』
『ヒャッハァァァァァ!』
「うるさっ!」
テツのキジンが飛び出した。
速い。
やはり軽量型。
だが――見える。
右腕が動く。
「ほらな!」
アキトも動いた。
コックピットに操縦桿はない。
アキトが半歩下がる。
《凪》も下がる。
身体動作と脳波をキジンへ直接伝える《ダイレクトモーションキャプチャー》。
テツの斧が迫る。
予想通り。
右。
刃が《凪》の顔面すれすれを通過した。
メインカメラに一瞬ノイズが走る。
かわした。
テツの右腕が伸び切る。
頭部が空いた。
「もらった!」
踏み込む。
狙うのは、頭部から伸びる一本の《角》。
腕を斬られても負けではない。
脚を失っても終わらない。
だが――角を切られれば、その瞬間に敗北。
それが《戦》だ。
アキトが刀を振り上げる。
角まで、あとわずか。
勝った。
デビュー戦で。
俺が。
その時。
インカメラに映るテツが――笑った。
『ヒャッハ!』
「……は?」
テツが右手の斧を手放した。
投げたのではない。
ただ、落とした。
手斧が地面を跳ねる。
何してる?
武器を捨て――。
「うおっ!」
斧が《凪》の足元へ転がってきた。
踏まないよう反射的に足をずらす。
たった、それだけ。
それだけで踏み込みが狂った。
刀が角の横を通過する。
空振り。
『甘ェ!』
「くそっ!」
テツが飛び込んでくる。
左の斧。
刀で受ける。
ガァンッ!
金属同士が激突した。
受けられる。
軽量型。
力はそこまで――。
『武器ってよォ!』
「?」
『斬るだけじゃねえんだぜ!』
テツが《凪》の刀を蹴り上げた。
「はあ!?」
刀が跳ねる。
武器を――蹴った?
そのままテツのキジンが回転。
斧。
アキトは上体を反らした。
刃が顔面すれすれを通過する。
直後。
テツが低く沈み込んだ。
「しまっ――」
脚払い。
「うわっ!」
《凪》の巨体がひっくり返った。
ズンッ!
地面が揺れる。
メインカメラの映像が激しく乱れた。
『ヒャッハー! 飛べ飛べェ! 重てぇぞ新人!』
「誰のせいだ!」
アキトが身体を起こす。
《凪》も立ち上がる。
その視界の先で。
テツがしゃがんだ。
「……?」
地面へ手を伸ばす。
さっき捨てた手斧を拾った。
「……マジかよ」
『ただいまァ! 相棒!』
「斧に言ってんのかよ!」
『当たり前だろ!』
「何が当たり前なんだよ!」
再び二刀。
テツが両腕を広げた。
『さあ新人! もっと遊ぼうぜェ!』
「遊びじゃねえ!」
『俺は遊びだァ!』
「最悪だこいつ!」
テツが突っ込んでくる。
右。
左。
斧。
蹴り。
肘。
体当たり。
また斧。
『ヒャッハァ!』
「くそっ!」
『ほらほらほらァ!』
「なんなんだよ!」
滅茶苦茶だった。
二年間。
アキトは《戦》を学んできた。
重心を見る。
予備動作を見る。
攻撃軌道を予測する。
最適な回避を選び、生まれた隙へ反撃する。
得意だった。
成績も良かった。
教官にも言われた。
状況判断が速い。
相手をよく見ている。
実戦でも通用する、と。
そのはずなのに。
「なんで読めねえんだよ!」
『あァ!?』
テツが笑った。
『読む!?』
斧が来る。
アキトが避ける。
次は左――。
来ない。
蹴り。
「くっ!」
『俺の動きを読むってのかァ!?』
インカメラいっぱいに、テツの笑顔が映る。
心底楽しそうだった。
『んなもん――』
『俺だって次に何するか決めてねえよ!』
「はあ!?」
『ヒャッハハハハ!』
アキトの思考が止まった。
読めないんじゃない。
読む答えがない。
右だと思えば左。
下がると思えば前。
斧を警戒すれば蹴る。
攻撃すると思えば武器を捨てる。
こいつは、その瞬間その瞬間で――。
面白そうな方へ動いている。
「そんな戦い方ありかよ!」
『角切りゃ勝ちだろうが!』
「そうだけど!」
『なら何でもありだァ!』
正論なのが腹立つ。
「だったら……!」
アキトは刀を構え直した。
考えろ。
それでも何かある。
右。
左。
蹴り。
体当たり。
これまでの行動から――。
テツが止まった。
「……え?」
何もしない。
一秒。
二秒。
三秒。
アキトも動けない。
インカメラを見る。
テツもこちらを見ていた。
『…………』
「…………」
テツが首を傾げる。
キジンも同じように首を傾げた。
『来ねえの?』
「…………」
『新人くーん?』
アキトのこめかみが引きつる。
『もしかして怖いんでちゅかー?』
「…………舐めやがって」
『ヒャッハ! 来いよォ!』
「だったら行ってやるよ!」
《凪》が地面を蹴った。
真正面。
十メートル。
八。
六。
四。
テツは動かない。
刀を振る。
「今度こそ――!」
その瞬間。
インカメラのテツがニヤッと笑った。
「あ」
テツのキジンが一歩だけ横へ動く。
それだけだった。
刀が空を斬る。
勢いのまま前へ流れる《凪》。
『もーらいっ!』
手斧が頭上を通過した。
カンッ。
あまりにも軽い音だった。
何かが落ちた。
メインカメラが捉える。
地面を転がっていく一本の角。
『ヒャッハァァァァ!』
インカメラいっぱいに、テツの満面の笑み。
『デビュー戦の味はどうだァ! 新人!』
「…………最悪だよ」
『最高じゃねえか!』
『角部規定破壊を確認』
『勝負あり』
◆
「…………」
静かになったコックピットで、アキトは立ち尽くしていた。
「……三十秒」
負けた。
二年間やってきた。
勉強した。
身体を鍛えた。
何百回も模擬戦をした。
それで。
三十秒。
「…………クソ」
拳を握る。
「クソッ!」
床を殴った。
「いってぇ!」
拳を押さえる。
痛い。
情けない。
しかも。
『おーい、新人』
「……何ですか」
通信がまだ繋がっていた。
インカメラにはテツ。
『泣いてんの?』
「泣いてません」
『泣いていいんだぜェ? このテツ様の胸でよォ!』
「絶対嫌です」
『ヒャッハハハ!』
アキトは通信を切った。
「…………」
腹立つ。
死ぬほど腹立つ。
でも。
「……なんで負けた?」
アキトは顔を上げた。
試合を頭の中でもう一度再生する。
最初の右。
読めた。
回避できた。
そこまでは正しかった。
斧を捨てた。
俺は止まった。
刀を蹴った。
想定外だった。
脚払い。
体当たり。
そして途中から――。
「……あ」
気づいた。
「俺、途中から自分で何もしてないじゃん」
相手を見る。
考える。
テツが動く。
対応する。
また考える。
また動かれる。
また対応する。
最後なんて。
あいつが何もしなかったから焦れて、自分から真正面へ突っ込んだ。
「…………」
数秒。
「なるほど」
アキトの口元が上がった。
一つ。
見つけた。
負けた理由。
なら――。
次は変えられる。
その時、コックピットのハッチが開いた。
「アキト! 大丈夫か?」
スタッフが顔を覗かせる。
「大丈夫です」
「初戦なんてそんなもんだ。相手も経験者だし、今日は――」
「すみません」
「ん?」
「今の試合映像、すぐ見られます?」
「……今?」
「はい」
「負けた直後だぞ?」
「だからです」
アキトは立ち上がった。
「何で負けたか、全部知りたいんで」
「…………」
「あ。それと」
「まだあるのか?」
「テツさんに、もう一回試合申し込めます?」
「お前……またやるの?」
「やります」
「また負けるかもしれないぞ」
「でしょうね」
「怖くないのか?」
「怖いですよ」
「じゃあ何で?」
アキトはモニターを見る。
地面に転がった自分の角。
その向こうでは、テツの軽量キジンが二本の斧を振り回し、観客にアピールしている。
見ているだけで腹が立つ。
「負けたままの方が、もっと嫌なんで」
「勝つまでやる気か?」
「いや」
アキトは首を横に振った。
勝ったら終わり?
違う。
テツに勝った先にも、もっと強い奴がいる。
そいつに負けたら。
また考える。
また試す。
駄目なら、また変える。
「俺が納得するまで」
スタッフが呆れたように息を吐いた。
アキトはもう一度、自分の角を見る。
「……次は絶対負けねえ」
この時のアキトは、まだ知らない。
自分が特別な人間ではないことを。
誰より速いわけでもない。
誰より強いわけでもない。
眠っていた特殊能力が目覚めることもない。
選ばれた英雄でもない。
ましてや。
いつか世界を救うことになるなんて、知るはずもなかった。
ただ一つ。
この男は――
死ぬほど、負けず嫌いだった。
◆
――二年前。
『アキト。あなたの適性候補を三件提示します』
十八歳のアキトの前で。
世界を管理する高度AIは、三つの職業を読み上げた。
『映画監督』
『チェスプレイヤー』
そして。
『《戦》パイロット』
「…………は?」
アキトは三つ目を見つめた。
この選択が。
彼と二十九人の人生を結ぶことになる。




