2-05 64のジキルとハイド
デスゲーム『ジキルとハイド』簡易説明
参加者64名
各部屋に1名ずつ配置
スタート時の部屋が参加者所有の部屋
配置場所は64名による投票
投票は投票開始から15分経過時に石の有効配置部屋に在室による
有効配置部屋に在室しない場合無効票
黒白ともに有効配置部屋がなくなるとゲーム終了
終了時黒石が配置された部屋の所有者を処刑
終了時に石が配置されなかった部屋の所有者も処刑
ゲーム中、黒石が配置されている部屋の所有者の悪行が開示
ゲーム中、白石が配置されている部屋の所有者の善行が開示
ゴーグル型デバイスを取り外そうとしたり他参加者に危害をくわえるとペナルティー
全員で生き残りを目指すのも、憎い相手を殺すことをめざすのも自由です
自身の感情に他者を巻き込むのを恐れず行動してください
ゲームデータは今後の快適な都市運営に活用させていただきます
ごゆっくりお楽しみください
都市管理運営AIオシリス
あれ、私、ベッドで寝てる?
検察庁のデスクにいたはずじゃ?
ここどこ?
というか景色がおかしい。世界が緑色だ。以前体験させてもらった、サーマルゴーグルで見える景色に近いかも。
よくみたら、天井に何か書かれてる。D4?
なんなのあれ?
いや、いまはそれよりもここがどこか確認する方が先か。
ベッドのうえで上体を起こす。目のあたりに手を伸ばすと本当にゴーグルをしていた。しかもヘッドホン付きだ。完全に頭にフィットしていて、力をこめてもピクリとも動かない。
「おはようございます。みなさん。管理AIオシリスです」
感情を感じさせない声が耳に飛び込んでくる。たしかにこの声は普段の生活でもよく聞く、私が住むスマートシティの管理AIのものだ。
「このたびは、私がより効率的な管理のため、お集まりいただいた皆様に、人類の感情調査実験『ジキルとハイド』にご協力いただきます」
「何を言ってるの? オシリス、ここはどこ? 私の部屋に帰らせて」
「なお、お集まりいただいた皆様は、データベースより厳選な審査のもと選ばせていただきました。途中退場はできません。実験エリアから退出されたい場合は、実験終了時に皆様に割り当てらた部屋に白石が配置されるよう行動してください」
おかしい。街を管理するオシリスに質問を無視されたのは初めてだ。
私の住む街は、システムのほとんどを管理AIであるオシリスが制御している。方針や平時の決断は政治家たちだが、システムを運営するのはオシリスで、住民の質問を受けるのもオシリス。
だからこそ、オシリスは住民の快適な生活のために、私たちの言葉を無視することはない。本来ならば。
「これから皆様にはリパーシと呼ばれるゲームをモチーフにした、投票実験をしていただきます。リパーシは2名が白石と黒石に別れ対戦する競技で、64のマス目に相手の石を挟める箇所に交互に石を配置。挟んだ石は自分の石となり最終的に石の多い側が勝利となります」
オシリスが突如としてリパーシの説明を始める。
リパーシのルールくらい説明されるまでもない。でも、質問したところで先程と同じように無視されるのがオチ。
私は説明を聞き流しながら、ベッドから立ちあがる。
私がいる部屋はとても殺風景な部屋だ。各辺が10m程度の四角い部屋。各辺の中央と四隅の8ヵ所にドアが見える。リパーシをモチーフにしているという事は64部屋あるのだろう。各ドアに天井に書かれているのとは別のアルファベットと数字が書かれている。アレが各部屋に続くドアか。目覚めた時に見たD4がこの部屋の番号だね。左から4番目、上から4番目の部屋ということだ。
他には壁の一辺にユニットバスも見える。家具はベッドに冷蔵庫。冷蔵庫には街で流通しているドリンクのペットボトル。種類はいろいろあるが、アルコールはない。酔われてはほしいデータが得られないということかもね。
「最終60手目時に所属部屋の石が黒であった場合、部屋の所有者は処刑となります」
オシリスの言葉を無視して部屋の確認をしていた私の意識が、一気に説明に引き戻される。
いまなんて言ったコイツ?
「どういうことよ⁉」
声を荒げるが、オシリスは問いに答えることなく説明を続ける。
「石の配置への投票先は、投票開始から15分後に投票者がいた投票可能部屋とされます。投票可能部屋にいなかった場合は、無効票となりますのでご注意ください。なお1時間休憩を4度、4時間の仮眠休憩を1度予定しています。詳細は『ルール詳細確認』と音声入力、もしくは右耳のヘッドホンのダイヤルで画面左の選択肢から選択してください」
なんなの、この急展開は?
「投票可能部屋は画面右端上部、制限時間は右端下部に表示されますのでご確認ください。それでは一手目黒石の投票を開始します。最後までご確認ください」
ダメだ。頭がついていかない。最終的にこの部屋が黒になってたら処刑されるのに楽しめってなんなの?
ゴーグルがディスプレイになっていて左側に先程説明にあった選択肢があった。上から順に『全体図』『参加者』『スケジュール』『ルール詳細確認』『運営挨拶』とある。
ひとつひとつ確認したいところだが、右下の『15:00』からスタートしたタイマーがどんどん減っていくのが気になってそれどころじゃない。
アナウンスを信じるなら私以外にもいるはずだ。他の部屋に移動して合流した方がいいかも。少しでも情報収集がしたい。
とにかく投票部屋まで移動することにしよう。右上に表示されているのはC4、D3、E6、F5。
これが石を配置できる部屋ってことね。
天井に書かれていたのはこの部屋の番号ということか。
それなら隣の部屋であっても、C4とD3には行きたくない。そこに黒石が置けるということは、いま私の部屋は白石が配置されてるってことだ。最終的に黒にならなければ処刑にならないとはいえ、積極的に黒にしたいとは思わない。
とりあえずE6に行こう。E5を経由するのが最短ルートね。各部屋の距離はわからないけど、制限時間を設けてるからには、寄り道さえしなければ間に合う距離にあるはず。
E5のドアのそばに立つと自動でドアがひらく。現れた道は一本道で緩やかなくだりになっていた。ここから見る限り途中でのぼりになっているみたい。
「おお、正義の検察官アズミ・モリヤ女史ではありませんか。お会いできて光栄です」
E5に入るなり別のドアから入ってきたらしい三人のうちのひとりが馴れ馴れしく話しかけてくる。全員が私と同じヘッドホン付きのゴーグルをしており、頭上には部屋番号がついていた。
話しかけてきたのはF3のチョビ髭男。
「隣の部屋に投票できるのにわざわざこっちまで来るってことは、人にはよほど知られたくない悪事があるんだなあ」
チョビ髭がいやらしく口元を歪ませる。
「なんのこと?」
私の返答に、なぜか気分を害したらしく声音に怒気がこもる。
「お高くとまってんじゃねえぞ。部屋を黒にされて自分のしでかした悪さを知られたくないからこっちに来たんだろうがよ!」
私にはなんのことかわからない。
首をかしげているとF3の背後にいたツインテールの少女F2が、おずおずといった様子で口をひらく。
「えっと説明うけてないんですか? 部屋が白になってると善行が、黒になると悪行が開示されるって言ってたじゃないですか。あなたの今の情報、過去にどれだけの悪党を有罪にしてきたかでいっぱいでしたよ?」
しまった。そんな説明をしてたのか。そういうことなら、チョビ髭が私に知られたくないことがあると勘ぐるのも仕方がない。
たぶん部屋を観察していたときに説明されたのだろう。私にはひとつのことに集中していると他のことが頭にはいらなくなる悪癖がある。
「聞き逃してたわ。最後に黒になったら処刑ってのは聞いたけど」
「冗談だろ? この状況で説明聞き逃すような阿呆に検事が務まるのかよ? こんなんだからオシリスがわけのわからんことをやりはじめるんだ」
F3は露骨に顔をしかめ舌打ちをする。ムカッとしたが言われても仕方ないと思いなおす。
「誰がどこに投票してもいいじゃないですか。最終的に自分の部屋が黒にされなければ。そんなことより早く投票部屋に行きましょう。なるべく大勢の人と合流して、全員が白になる手順を話さなきゃ」
「わーったよ。坊主は真面目さんだね」
F3のもうひとりの連れである学生服のD2が急かすと、彼はつまらなそうに鼻をならす。
「検事さんよお、あんたもついて来いよ。建前上、正義の味方なんだからさ」
チョビ髭は気にくわないけど、石の配置場所が投票であるなら敵は少ないほうがいいに決まってる。全マス白を目指すというのは理知的で聞こえもいい。それにこの時点で、どこに配置しようが取り返しは利く。逆らっても心象を悪くするだけ。
幸いというか彼らもE6に向かうようだ。
E3が肩をいからせ先頭を歩き、F2の女性がそれに続く。
「カナメ・ハスゴウです。初めましてモリヤ検事」
「あなたも私のことを知っているのね」
話しかけてきたD2の少年の口元が困ったように綻ぶ。目が見えないのでわかりづらいが、どうも苦笑をしているらしい。
「締め切り時間前に参加者やルール詳細を確認しておいたほうがいいですよ。石を配置されている部屋の所有者の名前と簡単な個人情報と善行と悪行を確認できます」
オシリスも確認ができるようなことを言っていたわね。彼の忠告は聞いておいた方がよさそうだ。部屋についたら試してみよう。
「人の良い点と悪い点を提示して、僕らの心を揺さぶりたいのかもしれませんね。でも自分の死ぬ可能性をなくすには、多くの人の協力を得る必要があります。全て白マス終わらせるのに皆さん協力してくれますよ。そのうえでオシリスのアップデートもしくは別の管理AIの適用を申請。このバカげた実験はそれで終わりです」
熱弁する彼に気が重くなる。自身の正義を信じて疑わない。本当に若い。
全てを黒にして罪を償わせる。そういう正義を持つ相手が出てくるとは微塵も考えていないのだろう。
「おお、いるいる」
E6に入るなりチョビ髭がはしゃいだ声をあげる。三人が他の人が集まっている部屋の中央に向かう。だが私の足は動かない。
先に来ていた集団の中にいた、ひと際背の高い男と目があう。
ゴーグル越しでもわかる。彼は私の目を見ている。あの時と同じように。
コウガ・キセ。
私が死刑を確定させた男。
私に死刑を求刑するよう求めた男。





