2-04 俺と彰は青春を人質にした「贖罪ごっこ」をはじめる。
『教えてよ、変態の気持ち――』
信太には、同じ学校に通う幼馴染・彰がいる。
幼い頃はよくごっこ遊びをして仲の良かった彰も、今では誰もが振り返るほどの美人になっていた。いつしか疎遠になって手の届かない存在になってしまった、そんな彰から学校からの帰り道に突然告げられた「好き」という言葉に、信太は返事を決められないまま日々を過ごしていた。
しかし、ある放課後の出来事をきっかけに、二人の関係は一変する。
『ある出来事』から彰のことを傷つけてしまった
代償として、彼女が信太に告げたのは、奇妙な「お願い」だった。
「これからは、僕の言うことを聞いて」
幼い頃、二人が夢中になっていた“ごっこ遊び”。
それはいつしか、笑って済ませられないものへと変わっていく。
お互いの青春をかけた『贖罪ごっこ』
これは恋なのか、それとも復讐なのか。
幼馴染だった二人の、少し歪んだ青春が始まる。
首輪をした高校生がいる。俺である。別にお洒落ではない。首輪と聞けば犬につけるのを想像するだろうが、まさに俺がつけている物はその類だ。
信太、おすわり
暗い教室の奥から低い、抑揚のない声がした。その方に顔を向ける。『彼女』の顔は影でよくみえないが機嫌の悪いのは声色から察せた。俺は彼女の機嫌を損ねないように、ぺたんと座った。
反応が遅い……!
彼女は俺の鎖を強く引っ張ると気道が圧迫されて意識が朦朧としてくる。苦しい、声がでない。霞の様に揺らぐ頭の中で、なぜこうなったのだろうと俺はこの夏のことを思い返していた――
*
軽快な終業のベルが鳴って、俺は目覚める。全身が汗で濡れている。いつもの教室。授業中に寝ていたようだ。悪い夢を見た。やけにリアルでまだ現実感が曖昧だ。
「起立っ、礼っ」
号令に合わせて頭を下げる。先生が教室を出ていくと、周囲は一気に放課後の空気になる。そして、各々が動き始める。
「信太、大丈夫? 体調悪そうだけど」
顔を上げると、彰がこちらを覗き込んでいた。黒髪の短髪に端正な顔立ち。スカートを履いていなければ男子に見えるほど中性的だ。
「うん……怖い夢みちゃってさ」
「怖い夢……?」
彰は首を傾げ、優しい口調で問う。
「それって、どんな夢だったの?」
俺は表情を崩さず、生唾を飲み込む。
『――お前に、殺される夢』
なんて、正直に言ったらどんな顔をするだろう。夢でみた彰の不気味な様子が脳裏にこびりつく。
「信太?」
「いや、忘れた」
そう誤魔化すと、彰は安心したように柔和に微笑む。彰が俺を殺すなんてありえない。その理由はもう一つある。
「また怖くなっちゃったら、いつでも頼ってね」
何故なら、彰は――俺のことが好きらしいからだ。
*
彰からの好意を知ったのは、端的に言うと告白だった。彰とは昔からの幼馴染になる。幼い頃の彰は気弱で、内気だった。ごっこ遊び時も誰もやりたがらないようなペットの犬役を押しつけられて不貞腐れながらも最後にはちゃんと四つん這いになる奴だった。しかし、中学に入る頃には彰は頭一つ背が高くなり端正な顔立ちと相まって一目置かれるようになった。からかわれる事は減った、というより、なんとなく距離を取るようになったのかもしれない。俺自身も、その中の一人だった。そして、なんとなく疎遠になっていった。
しかし、一ヶ月前、放課後に教室で帰りの支度をしていた時だった。
『ねぇ、信太。一緒に帰らない?』
唐突に誘われ、思わず「どうして?」と声がでた。嫌だったわけじゃない。ただ理由があると思ったのだ。
「理由がなきゃ、ダメかい?」
正直困惑した。理由がなきゃダメなわけではないけれど――ただ断る理由がないのも事実だった。
「いいよ、じゃあ帰ろうか」
そう言うと彰は安心したように笑った。学校を出るとすぐ住宅街についた。この辺は楓の木が緑の葉をつけていて夏の日差しから守ってくれる。俺は楓に視線を向けながら話しかけた。
「あのー彰さん」
「彰でいいよ」
間髪いれず、彼女はそう言った。
「さん、は付けなくていいよ。昔みたいに、彰って呼んでよ」
彼女の声色が不機嫌になるのが分かった。
「……彰」
「どうしたの、信太」
声がほんの少し高くなる。楓から視線を外すとふにゃりと頬の緩んだ笑顔がすぐ近くにあった。
「今日はなんで誘ってくれたんだ?」
彰は言った。『理由がなきゃ、ダメかい?』しかし日頃から一緒に帰る間柄じゃない以上理由がないことはないだろう。
「やっぱり信太は理由が欲しいんだね」
「……まぁ、気にはなるな」
「ふーん、分かった。言うよ」
声色がなんだか投げやりになった気がした。
「ごめん。言いたくないなら別に――」
「大丈夫、言うから」
彰は一息つき、そして、真剣な瞳で。
「君のことが、好きだ。信太」
きっぱりと、そう言った。
「……なんで?」
「君は本当にマイペースだね」
彰は額を抑えて呆れたように呟く。
「好きにも理由があるものだろ?」
そう問うと、彰は少し沈黙する。そして爽やかな笑みで言い放った。
「君にはまだ教えてあげないっ!」
結局、理由を知れなかった告白は保留という形になり返事もできないまま現在に至る。
*
放課後。日も暮れてきた頃に俺は教室に忘れ物の課題を取りにきていた。
自分の席に向う途中、視界の端に白いものが落ちていることに気付いた。
ハンカチ――にしては小さい。
近づいて拾い上げた瞬間、思考が止まる。
「……は?」
女物の、下着だった。
何故こんな物が落ちているんだ!?不意にふわりと、甘い柔軟剤の匂いが鼻を掠めた。へぇ、匂いってこんな感じなんだ――
そんな馬鹿なことを思った瞬間。
「……っ」
自分で自分の行動を理解した瞬間、背筋が凍った。思わず匂いを嗅いでしまった。何してんだ俺は! なんというか嗅いだわけではなく、香ったという方が正しい……はず。はぁ、なにをしているんだろう。ふと視界の端に映ったのは教室の扉が開いていて。
「……信太?」
彰が、覗いていた。
「なにを、しているんだい?」
彰が、瞳孔を縮ませてこちらを見つめていた。世界が遠のき、息がつまる。このままではどう見ても変態だ。
「違うんだっ!」
目の前には彰が顔を真っ青にさせている。
「も、もしかして……ソレ、盗んだり――」
「話をきいてくれっ」
俺は誤解されないよう必死に説明した。 彰なら分かってくれると思った。そんな確信めいた信頼があった。彰は黙って俺の目を見て何度も頷いていた。一息ついた彰は呟く。
「……なるほどね」
彰は俯いたまま、小さく息を吐いた。
教室が、やけに静かだった。
そして――
「気っ持ちわるっ……」
いつもは低くて落ち着いた声の彰が、声をうわづらせて悲鳴にも近い声で必死に言葉を紡ぐ。彰は一歩、後ずさる。
「ち、ちがっ……」
「違わないっ! 盗んでいないのは分かったよ。それでも匂いを嗅いだりは普通しない」
俺が何を言っても、もう言い訳にしかならなかった。あの頷きは理解じゃなかった。いや、理解しようとしてくれていたのかもしれない。彰なら分かってくれる、なんて都合の良い期待を押しつけていた。その時自分がどれだけ気持ち悪いことをしたのか、やっと他者の目を通して理解できた。
「……せ…ない」
「え?」
彰が俯いたまま、聞こえないくらい小さな声でなにかを呟いた。
「……許せないっ」
彰はそう叫ぶと、俺を壁際まで押しやり、迫る。瞳に涙を浮かべて、感情的に言い放つ。
「僕の恋心を返せよっ……!」
壁際に追い込まれて逃げ場もない。もう逃がす気のない肉食獣のような瞳だ。
「もう、どうなってもいいや……」
彰は涙混じりの掠れた声で耳元で囁く。
「ねぇ、信太。誰にもバラされたくないよね……?」
「……え?」
「拾ったパンツを嗅いで興奮してたなんて知られたらもうこの学校で生きていけないよね……?」
「ちがっ……俺は興奮なんて……!」
彰が、言い放つ。
「誰が信じると思う?」
そうだ、誰も信じない。説得力がない。下着だってもしかしたら盗んだと疑われる可能性だってある。そうなれば学校生活を平穏に送ることすらできなくなる。
「ねぇ信太。僕、ずっと君のことが好きだった」
胸がずぎりと痛む。
「なのに酷いよね。中学生にあがってから僕を避けるようになって、遊ばなくなって」
彰は捲し立てるように言葉を紡ぐ。
「もしかしたら、また昔みたいになれるかもなんて考えてた……なのに――」
何かを言いかけて、唇を噛み締めた。そして諦めたかのような、決心したような瞳で見つめる。
「ねぇ信太」
彰が顔を寄せて距離がぐっと近づく。少しでも動けば唇が触れ合いそうな程に。
「な、なに?」
「バラされたくなかったらさ、提案なんだけど」
「はい……」
「これからは、全部僕の言う通りにして」
彰の呼吸が、唇にかかる。
「教えてよ、変態の気持ち」
たらりと、頬に冷や汗が流れる。
「全部教えて。僕の言う事全部聞いて、守って。そしたら秘密にしてあげる。これは罰で、復讐で――」
彰は涙の跡を残したまま、無理やり口角を吊り上げた。
「僕たちの“贖罪ごっこ”だよ」
ふと、脳裏に幼い頃の記憶がよぎる。俺達の遊びといえばごっこ遊びだった。それを今さら――
「わ、わかったからっ」
咄嗟に頷く。今の彰は何をするか分からない。それが恐かった。返事を聞いて彰は満足げな顔をする。
「よかった。じゃあ信太、最初の“罰”を受けようか」
彰は白いレースを指先で揺らしながら――
「これ、はいてみて」
時間が、止まる。
「え? でもこれは……」
「自分の罪を自覚して。その身に刻んで。何をしたか忘れないように」
「は、はい……」
震える手でズボンを脱ぐ。彰はそんな俺をじっと見て、目を逸らそうとしない。屈辱を感じながらゆっくりとパンツを脱ぎ、落とし物のパンツをはいた。彰はそれをみて一言、口を開いた。
「信太、可愛いね」
どういうつもりで言ったのかはわからない。俯いたまま、彰の顔をみることができなかった。
「明日もソレ、ちゃんとはいてくるんだよ」
パシャリと機械音がした。ハッと顔をあげると彰の片手には携帯が握りていて、恍惚とした満足そうな笑みを浮かべていた。
「言う事きかなきゃ、分かるよね?」
こうして、俺の地獄が始まった。





