2-02 S級異能力者 鹿見堂カンナ処分計画
「カフェオレ飲みたいから、買って」
「わ、分かりました」
「ガムシロップは2個。覚えてね」
『異能力』が存在する現代日本。
対異能力調整官の鷹野が空港で待ち合わせていたのは、学生に見えるほど若い女・黒曜だった。
初っ端から国際指名手配犯、さらに国家秘匿任務のために呼ばれたとは思えない奔放さの黒曜に鷹野は振り回されることに。一方で、何十年もの間異能力者を斬り捨ててきた彼女の強さの片鱗も見せつけられる。
黒曜が呼び出された理由は、たったひとつ。
不可解な事件の関係者に必ず浮上する、人気アイドルグループリーダー鹿見堂カンナを殺害することだった。
あらゆるものを斬る能力の黒曜と、あらゆる人を「ファン」にする能力のカンナ。
鷹野はふたりの少女のあいだで振り回されながら、来たる激突の日に立ちあうこととなる。
アイドルの衣装に身を包んだ少女が、通路に貼られた古いポスターを眺めていた。
『異能力かな?と思ったら! 異能力者相談センターまでご連絡ください!』
わざとらしいほどに明るい色調とイラストで描かれたそれに、少女が手を伸ばす。端を摘まみ、力を入れて裂こうとする。
同時に、曲がり角から色違いの衣装を着たメンバーが顔を見せた。
「カンナ、ここにいたの? みんな待ってるよ!」
「はぁい、今行く」
にっこりと笑顔で答え、少女はポスターを冷たく一瞥したあとにその場を去っていった。
□
某都内国際空港、第一ターミナル到着ロビー周辺――。
ロビー出口周辺には報道陣や一般人が詰めかけている。さらにその様子に興味を持った者たちが続々と加わっていくので時間が経つごとに増えていった。
空港警備員や警察が目を光らせているが、人の多さに圧倒されているようにも見える。
僕――対異能力調整官の準新人、鷹野優介はその様を少し離れた場所から眺めていた。
ビジネススーツにネクタイ、黒の短髪と、ごくありふれた身なりである。
まんじりともせず立っていると、耳につけた通話デバイスからわずかなノイズ音が聞こえた。音声情報を暗号化しているのだ。
『よお、雨は降っているか?』
通話先は先輩の石川だ。
そして、当然ながらここからは空模様など見えない。
「こんにちは、僕はA定食を頼みました。そちらは?」
『そうか。こっちは晴天だな』
簡易的な本人確認である。デバイスが奪われ、なりすまされた場合に対応できるようにわざとこうしてちぐはぐな会話をしている。『晴天』ということは先輩側も問題はなさそうだ。
『鷹野、ヤツが手荷物受取場を出た。エスコートの準備はできているな?』
「はい」
ちょうどその時、到着ロビー出口に人影が現れた。直後に割れんばかりの拍手と歓声が響き渡る。
あまりの騒がしさに僕は思わず眉をひそめるが、到着ロビーから目は離さない。
カートを押しながら出てきたのは――海外の有名俳優だ。彼が主役で出演した映画が日本で大ヒットしたので、配給会社が招待したのだ。
ファンの黄色い声と警備員の注意が入り混じる大騒ぎの人混みが有名俳優の動きととともに流れていく。
その後ろから現れた人物を見て、僕は声に出さずにつぶやいた。
「……黒曜」
長旅で疲れた表情のフライト客たちに交じったひとりの少女。
肩甲骨まで伸びた黒髪。黒のスラックスに、ワイシャツの上から黒いカーディガンを羽織り、黒い石のループタイを身に着けている。
荷物はスーツケースひとつと、背中に担いだポスターケースだけだ。
一見すれば単なる旅行帰りだ。彼女の周囲にいる者たちは、まさか彼女が裏で国際指名手配を受けているとは思わないだろう。
「接触します」
短くデバイスに告げると、僕は動く。事実上の作戦開始だ。
きょろきょろと周りを見ていた少女は、まっすぐ自分のもとに向かってくる僕に気づくと数歩歩み寄ってくる。
「依頼人?」
「はい、はじめまして。私は鷹野優介と申します。……詳しい話はまた後ほど」
緊張で口の中がカラカラであったが、どうにか伝えられた。
「うん。わたし、黒曜。よろしく」
そう言って黒曜は頭を下げた。
僕は驚き、つられるようにして頭を下げる。――失礼な話だが、礼節があるとは思っていなかった。
「車を待たせています。あ、お荷物お持ちいたしますね」
「いい。自分のだから」
「……申し訳ありません」
平静を装っているが、僕の心臓は全力疾走したときと同じぐらいにバクバクと脈打っていた。
失敗するわけにはいかない。露見するわけにもいかない。
これは、国家秘匿任務なのだから。
ここで機嫌を悪くされて姿を眩ませられたら困る。そうなった場合僕ひとりだけでは負えない責任が発生する。
とにかく丁寧に接するように、と先輩方からありがたいアドバイスを頂いていたがまったく扱いが分からない。
考え事に潰されかけているそんな僕の心情を知ってか知らずか、黒曜は近くのカフェを指さした。
「カフェオレ」
「え?」
「カフェオレ飲みたいから、買って」
「わ、分かりました」
「ガムシロップは2個。覚えてね」
なにかの暗喩かと疑ったが、本気でねだっているだけらしい。
買いに行く間にいなくならないだろうなと警戒したが、黒曜はおとなしく僕についてくる。
『どうした? 合流したんだろ?』
「……カフェオレ買ってから行きます」
『何してんのお前』
それはこちらのセリフである。何してんだ僕は。
レジ横のお菓子を黒曜はじっと見つめたあと、注文の際にフィナンシェを無言でレジに置いた。
無事にカフェオレとフィナンシェを購入すると、ようやく駐車場へ向かう。
待ち合わせの駐車場へ繋がるエレベーターまであと少しというところで、黒曜はぼそりとつぶやいた。
「三人」
「え?」
「尾行。三人いるけど、いいの」
彼女のその言葉を聞いて、それまで張りつめていた緊張がすっと抜ける。
そういう対応なら慣れている。女の子のエスコートよりもずっと。
振り向かないまま、近くのガラスの反射や装飾のなかに組み込まれている鏡をさりげなく確認する。何度か道をずらしても同じ人影が一定の距離ついてきている。
「コバンザメがいます」
『二人だろ。把握している』
「……二人?」
黒曜は三人と言っていたのに。
対異能力調整部内の諜報分野は当然プロが集まっている。だというのに黒曜の示した数と合わないというのはどういうことだろうか。黒曜が数え間違えているのか?
困惑していると黒曜が僕の肩をつつく。そのころにはついてきていた人影は『回収』されて消えており、人気のない空間に僕と黒曜がいるだけだった。
――あとひとりは、どこにいる?
「これの分は働いてもいいよ」
必死で思考を巡らす僕の横で、彼女はカフェオレを顔の前に掲げて揺らしてみせた。
「いえ、こちらで処理しますので」
「そう。持ってて」
黒曜は僕にカフェオレを押し付けた。困惑する僕は、次の彼女の動きに息を呑む。
腕を大きく振り上げていたのだ。
とっさに身体が動く。防御姿勢に入ろうとして、カフェオレがこぼれた。飛び出した液体の冷たさ。意識がわずかに逸れる。
まずいと思うと同時に、黒曜はまっすぐに腕を振り下ろす。
僕ではなく、虚空に向かって。
肉を打つ鈍い音とともに「ぐぎゃ」と情けない悲鳴が何もない空間から聞こえた。
「……え? なにが……まさか、『不可視』の能力者!?」
僕の間の抜けた疑問に答えず、黒曜は見えないものを押さえつけるようにして屈んだ。
「これが腕。これが肩。これが首。感覚で分かる。姿を見せたらどう?」
変わらない口調と温度で彼女は淡々と言う。
「うっかり、折ってはいけないところを追ってしまうかも」
次の瞬間、黒曜に組み伏せられた若い男が現れた。
やはり『不可視』の能力者だったか。肉眼では見えないのだから数えられないはずだ。
「なっ、なんで分かったんだよ!?」
『不可視』の異能力者は僕に手錠をかけられながら騒ぐ。彼の手からGPSアクセサリーが転がり落ちた。これを僕か黒曜に仕込むつもりだったのか。
半分ほど減ってしまったカフェオレをさみしそうに眺めつつ、黒曜は答えた。
「勘」
追跡者を駆けつけた同僚に任せ、僕らは迎えの車がある駐車場で目当ての車に近づく。車体を軽くノックすると、ドアロックが外された。
まず僕が運転手の顔を確認したあとに、黒曜のスーツケースをトランクに入れる。後部座席に先に彼女を乗せてその横に自分も乗り込む。
「運転席から失礼します、黒耀様。はるばる日本へお越しいただきありがとうございます」
運転の石川が朗らかな笑みを浮かべている。
客人を迎えに来たにしては少ない人数だ。だが、これは黒曜側の要望でもあった。あまり大人数が好きではないらしい彼女は、最低限での人数を希望したのだ。最も、数台の車は他で待機しており、こっそりと付き従うのだが。
黒曜はポスターケースを抱きかかえるように持った。
その中身は見当がついている。彼女の武器で、トレードマークともいえる刀だ。
――彼女は刃物であらゆるものを斬ることができる。それが、黒曜の異能力であった。
車は真っ直ぐ東京の中心部へ向かっていた。
窓の景色を眺めていた黒曜は、ふいに口を開く。
「音量あげて」
「かしこまりました。……ラジオ、お好きですか?」
「日本、久しぶり。ちょっと思いださないと」
公式の記録では、彼女が最後に日本に来たのは60年前である。当時は20歳前後の見た目と言われていた。
しかし、隣にいる少女は大学生、いや高校生でも通用するぐらいの見目をしている。
長生きであるのに若い姿であること、しかも見た目の年齢が時々大きく変わることが黒曜をミステリアスな存在にしている一つの事象でもあった。
『それではお次の曲行きましょう! ジャム・ジェル・ジュエリーで『乙女のキラメキ予報』!」
ポップな音楽とやや甲高いとも言える少女たちの歌声が流れ出した。
僕と石川は、バックミラー越しに気まずい視線を交わした。
ジャム・ジェル・ジュエリー。発表曲がヒットし、今やテレビやコンビニで歌を聞かない日が無いほどに売れっ子アイドルグループだ。
鹿見堂カンナはそのグループリーダーだ。メインカラーはピンク。
そして――危険度S級の未登録異能力者でもある。
国は鹿見堂カンナの殺害命令を決めた。
そのために、『異能力者殺し』たる黒曜が来たのだ。





