2-01 青嵐の迷わし鳥
「ちーちゃん、ひろおう!」
姪の一言により、千影はある夜とてつもない美男を拾ってしまった。
訳ありっぽいけど、この美男、どうする?!
「ちーちゃん、ひろおう!」
「はい!? みーちゃん犬猫じゃないんだよ?! 大の男の人なんだよ!?」
二人の眼前には血だらけの美男(痴情のもつれか分からない)が倒れていた。顔には泥と血がつき、乱れた藍白色の着物も相まって、儚げで耽美だ。
まぁ、その人を踏んづけてしまい、奉行所に駆け込もうかどうしよう悩んでいたのは、痘痕顔のふっくらとした女性、三國矢千影だ。
そして拾おうと発言したのは、さっきほどまで泣いていた千影の姪っ子、関口美琴6歳だ。
二人は、倒れている美男の顔を覗き込んでいた。
「だってここで拾わなかったら、足跡でちーちゃんが、犯人にされちゃうよ? とどめさしたって思われるよ?」
そう言いながら、腹を指さした先には、藍白色の着物の上にくっきりと千影のブーツの足跡がある。完全に下足痕で足がつく、足だけに。
「ううううう!!!」
「しかも、こんな美男そう簡単に拾えないよ!?」
「いやいやいや、人は拾っちゃダメよ。みーちゃん」
(だめだ、6歳のみーちゃんの常識をちゃんと正さないといけない、でも! 今問題を増やしたくない! 特にこの時間帯はクソ邏卒(下級警察)しか対応してないからお世話になんてなりたくない。我が家は今いろんな問題を抱えている真っ最中なのに!!)
心の中で葛藤をしつつも、千影もこの時まともな思考をしていなかった。
邏卒の態度の悪さを思い出し、美男を襲った痴女として認定されかねないと思った瞬間、腹を括って美男を背負い、家に連れ帰ってしまったのだ。
(ただいまの時刻は丑三つ時! 隠密活動には最適!!)
「うぉっ、意外に筋肉があって重い」
「ほそマッチョっていうでしょ! みーちゃんしってる!」
二人は完全におかしなテンションだった。
幸い、彼女たちは喪服だったため、暗闇の中目立たずに移動できた。
いそいそと美男を裏口から家に連れ帰り。とりあえず、昔女中さんが寝泊まりしていた板張りの部屋で寝かせ、美琴も寝かしつけ終わったら、千影は急いで汚れてしまった着物を脱いで、紺の着物に着替えおえたら、美男の汚れた着物も脱がした。
すると腹にはサラシの中に板がはさまれている事に気づいた。
「もしや、これのおかげで私の体重がのっても助かった?」
少々冷や汗をかきながらも美男を褌姿にして、汚れを拭う。顔を拭えば、ますます男の美しさが際立ち思わず千影は呻いた。
「うぅぅ、近年稀に見る玉顔!!」
頭部にはたんこぶと切り傷があった、顔の血はその切り傷からだ。薬を塗り湿布薬も塗っておく。
板で守られていた箇所以外には薄く切り傷が数箇所あり、これは消毒液をひたした布で拭って塗り薬を塗った。
背中には痣と刺し傷があり、同じようにとりあえず拭ってガーゼに塗り薬をたっぷりつけて包帯で巻いておく。美男のうめき声が凄いが目を覚ます様子はない。右腕と左足は紫色に変色して腫れている。
「骨折か打撲かわからないなー」
軽く触ってみるも折れてはなさそうな気がするが、触るたびに痛がる様子にとりあえず折れていた場合が怖いので、お裁縫の竹の物差しを当てて包帯を巻いた。
汚れた着物は全て水を溜めた桶に突っ込んでおく。持ち物を調べれば、お金が少しと中身のない小刀の鞘が一つ、携帯用の筆と紙、呪符が数枚と身分証と旅券証には隣の藩から来た押印がされていた。
旅券証は旅人にとっては身の安全を保障する上にも必須。無くせば牢に入れられてしまうし保釈金にはそれなりにお金が必要になる。
「……これを人質にすれば」
一瞬邪な思いに駆られたその時、柱時計がなり響く音に驚き霧消した。時計を見れば針が|虎の真ん中(4時)を指していた。
「はぁ、もう寅の正刻か。……徹夜だわ」
のろのろと立ち上がり、居間に入ればそこには骨壷が二つ並んでいる。後ろには若い男女の遺影が置かれていた。お線香をつけて手を合わせると、思わず愚痴をこぼしていた。
「もう、お姉ちゃんと義兄さん一緒に亡くならないでよ。半年前に父様が亡くなったばっかりだよ? 四十九日が終わってやっと一息ついたと思ったらさー! はぁ〜、お店は義兄さんの叔父さんに取られちゃったし。みーちゃんは、なんとか死守するつもりだけど……。私一人にはきついよぉー……。あの糞じじい。あーもう〜! 美男拾ってきちゃったし。なんで拾っちゃうかなー。みーちゃんが悪夢で飛び起きてさー家を飛び出して追いかけたら踏んづけちゃったんだよね、あーもうだめだ、自分でもよくわかんないや」
ごろんと横になると、襖の隙間から白い光が細く差し込み始め、うっすらと千影の顔を照らした。
「一日が早いな。もう陽が昇ってる……朝ごはん作らなきゃ、あと着物も洗って、お供物し、今日こそはお札を全部書いて納品しないと……」
ノロノロと起き上がり、台所へと向かう。亡くなった父親の趣味で作られた台所は白いタイル張りの土間だ、少しひんやりとするタイル張りの床に降りて釜戸に火をつける。水は水道が通っているおかげで蛇口をひねれば勢いよく出た。
父親の四十九日が終わった際に女中を解雇してしまったので、食事も自分で作らなくてはならない。
お米は3合炊いて、朝食用以外は全ておにぎりといなり寿司にする予定だ。
「あーあの美男、お粥がいいかなー? とりあえずいっぱいお湯作っておくか。お味噌汁とお粥用にして、余りは何か茹でるか」
料理の方針を決めれば、あとは炊いている間に食糧庫から西京漬けにしているシャケを3尾だし、網に乗せて焼いて行く。油揚げも地下の冷蔵室から取り出す。炊き上がったお米をお櫃に入れ直し、濡れ布巾で被せる。次にすり鉢に少しだけとったお米をお湯とほぐした魚を少しいれてすり潰した。
「私、頭よくなーい?! 飲み込めるようにすれば重湯だよ! いいんだよー!」
完全に徹夜のテンションでおかしくなりかけながら、重湯の完成だ。次に漬物と梅干し、海苔を自分たちの皿に盛り付けた。
「ちょっと魚焦がしたけど、まぁいいでしょう」
台所の近くの部屋に朝食を運び、フードカバーを置き終われば、次に美男の様子を確認するついでに重湯と水を持っていく。扉を開けば眠れる美しい美男が、と思っていたら瞳が開いていた。声をかけるも焦点が合わず、反応もない。
とりあえず、水を飲ませるとちゃんと飲んだが、そのまままた眠ってしまった。
「ダメだこりゃ」
「寝ちゃったね」
「うぉ! みーちゃん。おはよう」
千影の横にしれっと座ってきた美琴は、まだ少し眠そうに瞼を擦っていた。
「おはようございます、ちーちゃん」
「お着替え一人でできたんだね、偉い! さて、どうしよっかねー。この美男」
「ねぇねぇ、ちーちゃん」
「こら、みーちゃん勝手に荷物を漁らないの」
「これ見て! みぶんしょー! パパがこれあれば結婚できるって。ちーちゃん結婚しないと はなればなれになっちゃうでしょ!」
「いや……そうだけど、勝手に身分証を使って婚姻を交わしたら詐欺罪でしょうが」
「じゃー、ちーちゃんはこのままみーちゃんとはなれてもいいの!? バレなければいいじゃん!」
「そんな殺生な……ん? バレなければ良いか?」
我が家の問題の一つが美琴の親権だ。やばい叔父が親権を主張してきたのだ。
美琴は母親に似てとても可愛らしい少女だ。大人になれば美人間違いなし、大名にも嫁げるのではないかと言われた姉である母親にそっくりだ。実際、姉には婚姻を迫る男性が多かった。つまり変態も寄ってくるのだ。叔父が変態なのか、政略結婚に使う気なのかは謎だが碌でもないのは確実。
未婚の千影では、婚姻済みの親戚の方が有利になるらしく、一緒に暮らしているというのにこのままでは連れてかれてしまうと役所に言われいたのだ。
そう、千影が婚姻さえ結べば、一緒に暮らしている千影が有利になり親権を持てる。
「「……」」
今なら確かに書類を作成し、婿養子として婚姻を結べば、用済みになった際にはこちらから離婚ができる。相手には黙っていればバレないだろう。この怪我だ、しばらくは動けないはず。
そんな思考に駆られると同時に腹の虫が鳴った。
「……とりあえず朝食できているから食べようか。ちょっとお腹空きすぎて思考が回らないわ」
「うん。朝ごはん!」
庭にある小さな社にお稲荷をお供えしてから朝食だ。食べ終えれば二人で洗い物をしながらもやはり話題はあの美男を婿養子に入れるかどうかだ。そのためには、美琴が外でうっかりバラしてもいけないし、千影も口を滑らしてはいけない。
何よりも周りにどう誤魔化すか、そして本人にはどう説得するかという話をしていると、美男がいる部屋で食器が倒れる音が響いた。
「もしかして起きたのかな?」
急いで部屋に向かうと、枕の横に置いておいた水差しをこぼしていた。そしてうずくまる美男。
「ちょっと大丈夫?」
「……すまない、ここはどこだろうか?」
「ここは、阿須野よ」
「阿須野……君は?」
「私は、三國矢千影。貴方は?」
「………誰だろうか思い出せない」
美男の言葉に思わず千影と美琴は顔を見合わせた。その瞬間素早く動いたのは美琴だ。
「あのね! あのね! おにいちゃんは千影ちゃんのお婿さんなんだよ! わたしのパパが選んだお婿さん!」
「みーちゃん?!」
「だからね、千影ちゃんとすぐ結婚してね!じゃないとみーちゃん連れてかれちゃうの!あのね、野党に襲われてね!怪我しちゃったんだよ!だからねあのね!怪我しちゃったんだよ!でね、ちーちゃんとみーちゃんが見つけたの!」





