2-19 一円玉の怪
親と同居しているマンションを引き払う事になったが、在学中の為、転居先に同行できない大学生。
大学に相談し、斡旋された借家の敷地には、曰く付きの祠があった。復讐の御利益で有名だという。
賽銭箱を置いてみたところ、結構な金額が貯まったにも関わらず、一円玉が全く入っていない事に気が付いた。しかし、防犯カメラの記録では、一円を入れた参拝者も確かにいる。
どういう訳か確かめて見ようという事になり……
ある日の夕食時。両親から、今月中に家を出て独立して欲しいという話があった。
住んでいるマンションの建て替えが自治会で可決されたが、我が家は権利を売却して退去する事にしたというのだ。住み続ける場合でも工事中は仮住まいに一時転居する必要があるし、建て替えの負担金が馬鹿にならないらしい。
遠方にある父方の実家が、祖父母が亡くなって以後空き家になっているので、早期退職してそちらにUターンするそうだ。地元のツテで、再就職のあてもあるという。
だが、大学二年の僕は、転居先へついて行けない。そんな大事な話を、何故急にするのかと父を問い詰めたが、うっかりしていたの一言で済まされてしまった。
今住んでいるのは、それなりに人口がある地方都市の郊外だ。父の郷里は、本当に何もない過疎地で、僕にとっては全く魅力がない。
年度途中なので、大学の寮に入居するのは難しい。退去期限までに、どうにか落ち着き先を見つける必要があった。
大学の学生支援課で事情を話して相談すると、ある空き家を紹介された。元は資料を購入していた、大学の出入り業者の店舗兼住居だという。
近年に廃業して以後は無人状態となっていて、現在は大学を運営する学校法人が、暫定的に管理を委託されているそうだ。
場所は、大学の最寄り駅から三駅離れた、駅前商店街という。
*
とりあえず、どんな処かと行ってみると、ずいぶんと寂れていた。シャッターが閉まったままの空き店舗がほとんどで、人通りも少ない。
物件はその一角で、線路とは道路を挟んだ対面に位置する、鉄筋二階建てだ。築四十年、正面に駐車場が三台分。古書店を営んでいたそうだ。
また店舗には祠、いわゆるお堂が隣接していて、店の敷地に含まれている。
生活支援課から預かった鍵を使って店の中に入ってみると、中は営業当時のままの様だ。商品の古本も、書棚に整然と並べられている。さすがにレジは空だった。
置かれていた本は昭和の刊行らしい、古い郷土資料や地理書が多く、洋書もあった。試しに一冊、現在の価格をスマホの検索で調べてみると、何と十万円もするお宝である。ちなみに付いている値札は三千円で、印刷されている定価は五百円だ。
閉店した後でプレミアが急騰したのだろうか。めぼしい物は大学が買い取ればいいのにとも思うが、予算の都合もあるのだろう。
二階はごく普通の住宅で、キッチンやトイレ、風呂がある。
部屋の一室に、四十代ほどの男女と、セーラー服姿の少女が映った、色あせた写真が飾られていた。元の住人と思われる。
家具類もそのままになっていた。電気や都市ガス、水道の手続きさえすれば、すぐに生活出来る環境だ。
とりあえず問題なさそうなので、ここへ住む事にした。
備え付けの家具類はそのまま使っていいというので、持ち込む物は、ノートPCや着替え位だ。
そこで改めて気になったのが、隣接する祠である。格安で借りられる条件の一つとして、ここも管理しなければならない。
一階の隅に、大きな賽銭箱があるのを見つけたので、祠に置いてみることにした。元々は祠に置いてあった物の様だ。うまくすれば、小遣い程度にはなるかも知れない。
*
新居での生活を始め、早くも一ヶ月が経った。
祠にはお参りする人が意外といて、賽銭を入れて拝んでいる姿を見かけるのも珍しくない。少し期待しながら賽銭箱を開けてみると、小銭に混ざって、五百円玉や千円札も結構ある。集めてみると、何と三万円余りとなった。
こんな祠に、何故、結構な数の参拝者がいるのだろうかと不思議に思い、由来をネットで調べてみた。
祠が建てられたのは意外にも新しく、二十年前の事だ。建立者は古書店の店主である。突然に失踪した一人娘の無事を願っての事らしい。
当時、店主の娘は、中学校で執拗ないじめを受け続けていた。しかし教育熱心かつ内省的な店主は、娘に対し、まず自分に悪い点がないか反省する様に厳しく諭し、強引に学校へ通わせ続けていたという。
そしてある日、朝になっても起きてこない娘の部屋に行くと、その姿はなかった。自殺の可能性もある家出として公開捜査されたにも関わらず、娘は現在まで失踪したままである。
娘の無事帰宅を祈願して建立された祠だが、何と現在は、一種のパワースポットとして認識される様になっているという。
いじめを行っていた首謀者が、娘が失踪したのと同じ夜、心臓発作で死亡した為だ。全くの偶然だろうが、いじめに悩む被害者からは、復讐の御利益があるという噂となった。
店主は困惑した物の、いじめに悩む子供達の慰めになるならばと、祠の撤去はしなかったという。
そして娘を待ち続けた店主夫妻は、一昨年に相次いで病没し、古書店も閉店して現在に至っている。
「なるほどねえ……」
賽銭が多く集まるのは、いじめに対する苦しみや憎しみに苦しむ人が、それだけいるという事でもある。正直言って複雑な気分だが、その辺りはきっぱり割り切る事にした。
祈った位で憎い相手に報復出来るなら苦労はない事等、解りきった事だ。それでも、一種のうっぷん晴らしの効果はあるのだろう。
いじめ被害者が、実際にナイフとかで報復殺人でもやらかしたら大変だ。ここに祈る事で気が紛れるなら、少しは役に立っている事になるだろうし、僕の懐も暖まる。
賽銭泥棒に狙われないかが心配になったが、チェーンで賽銭箱を縛ったりすると、参拝者に悪い印象を与えてしまうだろう。
そこで思いついたのが、監視カメラの設置である。ネットオークションで出物を探すと、中古が五千円で買えた。可動品なら充分である。
参拝者の顔と、何を賽銭箱に入れたかが映る様にセットしておけば、賽銭泥棒への牽制になるだろう。
結構な金額が集まるし、家賃分は出るかなと、この時はその程度に考えていた。
*
カメラを仕掛けてから十日目、月が変わった初日。
その日の講義を終え帰宅してみると、駐車場にポルシェが駐まっていた。祠の前では、見覚えのある女性が手を合わせている。学生支援課の課長だ。
彼女は理事長の娘で、後継者と目されている。要は大学の経営陣の一人で、僕の住まいの相談に対応してくれたのはこの人だ。
「課長さん、いらしてたんですか」
「あの子がいなくなったのが、一日だからね。行方不明だけど、実質、月命日みたいな物だし」
「ああ、この家に住んでいたという中学生の子ですか。お知り合いだったんですか?」
「遠縁の幼馴染みなんだよ。私と同年」
確かに、二十年前の失踪当時に十五歳だったというから、存命なら三十五歳の筈だ。
「惨いいじめに遭っていたそうですね……」
「そう。私は中学は私立だったから、あのクズ共から守ってやれなかった……」
課長は唇をかみしめ、いかにも悔しそうな顔をした。
首謀者は事故死した筈だが、肝心の当人が行方不明では、全く慰めにならないだろう。
「ところで、その賽銭箱は?」
「あ、一階の隅に置かれていたので、家賃の足しになればと……」
賽銭箱に目を付けられたので恐る恐る弁解すると、課長は苦笑して手を振った。
「悪いけど、中身は大学の収入にするよ。その代わり家賃と光熱費をタダにするから、管理はよろしくね」
「まあ、そういう事なら……」
賽銭と引き換えに、家賃と光熱費が無償になるなら、こちらとしてはむしろ面倒が無くていい。
「気になってて、確かめてみたい事もあってね」
「どういう事ですか?」
課長は少し考えるそぶりをした後、口を開いた。
「賽銭箱の中身を見て、気付いた事はないかな?」
「結構入ってましたね。復讐の御利益があるという評判みたいですけど」
「うん。で、その中身だけどさ。一円玉、入ってた?」
「いえ、全く」
前に中身を開けた時には、確かに一円玉は全く入っていなかった。
「賽銭に一円玉なんて、せこい人います?」
「財布の中身にたまって、処分がてら賽銭箱とか募金箱に入れる人、結構いるもんだよ。自販機じゃ一円玉は使えないしね」
確かに、買い物の釣り銭で一円玉を受け取っても、使う機会が限られるので存外と困る。
最近はキャシュレスが普及しつつあるが、電子決済不可の店は存外とあるし、財布の中の一円玉が溜まるという悩みは根強いかも知れない。
「なら、一円玉だけを狙った賽銭泥棒がいるとでも?」
「確かに、アルミの工業需要は強いから、自販機の横にある空き缶入れが荒らされる話は聞くけどね。賽銭泥棒なら、中身を一円玉だけ選り分けたりしないで、丸ごと持って行くと思うよ」
「課長はいつ、賽銭に一円玉がない事に気付きました?」
「店主夫妻が亡くなる前に相次いで入院した時、管理の問題があるから賽銭箱を撤去したんだけど。その時に中身を確認して、何となく疑問に思ってたんだ」
「防犯カメラを仕掛けてますから、見てみます?」
とりあえず課長を室内に上がってもらい、一緒に確認してみることにした。
まず、現在の賽銭箱の中身を開けたが、総額は一万円程度。五円玉から千円札まで様々な金種が入っていたが、一円玉は一枚も入っていない。
次に、録画を見たが、参拝者の内、十六人が一円玉を投入したのが確認出来た。
「……何なのでしょうね。オカルトというか怪現象というか……」
「不思議をそのままにしないで、まずは調べてみようよ」
課長の提案で、賽銭箱の中にも防犯カメラを仕掛け、賽銭箱に入れられた筈の一円玉がどこへ消えるのか、さらに確認してみる事にした。





