2-20 限界聖女ポポルは、余命一年の推しを救いたい
「もう限界です……推しのところへ行かせてください!」
復元の聖女ポポルは、赤毛で不憫な辺境伯バルドを激推ししている。前世の記憶を持つ彼女にとって、推しは絶対に幸せにしなければならない存在だ。
推しを救うためならば、無機物を瞬時に直すチート能力も乱用し、荒れた辺境も開拓する。
そんなポポルにバルドも少しずつ絆されていくが、彼には二十歳で魔物の贄となる残酷な運命が待ち受けていた。刻、一刻とその時は迫る。
「推しが死ぬのは絶対にダメえええっ!」
限界聖女が、推しのために、全力で運命をぶっ壊す話。
聖女ポポルは、教会のど真ん中で土下座した。
「もう限界です……推しのところへ行かせてください!」
ステンドグラスから差し込む七色の光を浴びながら、白銀の長い髪を敷石の上に散らし、ポポルは司教に懇願していた。
オーパル色の瞳には涙をあふれさせ、二十二歳という年にしては、痩せすぎた体を小さく小さく丸めている。
そんな彼女の姿を見て、司教はみるみる青ざめた。
(復元の聖女が壊れた! 働かせすぎたか!?)
そう、内心で慌てている顔だった。それも当然である。ポポルは聖女となってから、十年間、黙々と働き続けてきたのだから。
ポポルの力【復元】は、無機物であれば、いくら粉々でも元に戻す奇跡だった。ポポルは崩れた城壁を蘇らせ、欠けた武器を直し、落とされた橋を元に戻してきた。
魔物被害の絶えないルルリラ神聖帝国にとって、ポポルの能力は便利なものである。ゆえに教会は、彼女を年中無休で酷使した。
そんなポポルが膝から崩れたのだ。
これは、事件だった。
「や、休みが欲しいのか。それならば一日、休むといい」
「司教様、違います。推し不足です」
ポポルは祈るように指先を組み、はらはらと涙を流した。
「……もう二ヶ月も、辺境伯閣下を拝めておりません」
「んんんん?」
「魔物の暴走が起こって以来、辺境伯閣下の記事をかわら版で拝読できていないのですっ! 今までは月一で見られましたのに!」
「あ、あー……なるほど。辺境は大変な状況だからな。でも、閣下はしっかり戦っておられる。安心しなさい」
「司教様は分かっておりません!」
「ひぇっ」
「推しの活躍を見られないなんて、わたしにとっては生きる屍になれと言っているようなもの! かわら版の文字を紙に写して、スクラップにできないではないですか!」
「お、……おお」
「どうか、わたしを辺境へ行かせてください! 供給不足なんです!」
――ゴン☆
ポポルは再び、敷石に額を叩きつけながら土下座した。
司教は天を仰いだ。
危険な辺境に行かせたくない――と顔に書いてある。
ポポルはそんな態度の司教に奥の手を使おうと心に決めた。
懐に手を入れ、一冊の本を取り出す。そして本を差し出した。
「司教様、こちらを――」
「そ、それはっ! 十二巻目の本!」
司教は嬉々と本を受け取った。
「無事に復元できました」
「そうか。よくやった!」
司教は目を輝かせ本を読み始める。心ゆくまで物語を堪能し、最後のページをめくると、全身を震わせた。
「ここで終わるのか……! ポポル、続きも復元してくれっ」
ポポルはにっこりと笑った。
「次は最終巻です。わたしを辺境に行かせてくれるなら、完結巻を復元します」
司教は生唾を飲み干した。
「完結まで、読みたいですよね?」
「あ、あ、あっ……」
司教は膝から崩れた。
ポポルが復元しないとエンディングが読めない。それは司教にとって耐えがたいことだったのだろう。
「へ、辺境に行くことを許す……頼むから、続きを! ……って、ポポル?」
ポポルはすでにその場にいなかった。
脱兎のごとく駆け出していたのだ。
(やった! お許しがでた!)
聖堂を飛び出したポポルは、そのまま聖女寮まで走る。
寮に入ると、二階にある自分の部屋の扉を開いた。ポポルはチェストの引き出しを開け、継ぎが当たった麻袋に荷物を入れていく。
しまい込んでいた黒髪のカツラは、すぽっと被った。
「よしっ、これで誘拐されないわね」
聖女は白銀の髪色と決まっており、実に目立つ。その能力を狙って、ポポルは誘拐されることが多かった。そのため司教から、聖女の髪色を隠すカツラを支給されていたのだ。
ポポルは麻袋を担ぎ、意気揚々と寮を出た。空を見上げ、口笛を吹いて使い魔を呼ぶ。
クルックー。
どこからともなく白い鳩が飛んできて、ポポルの肩に止まった。
『ポポル、どうしたの? ご機嫌だね』
『オリーブ! 今からバルド様の元に行くわよ!』
『バルドって、ポポルが毎日、尊い!と叫んでいた奴だよね……』
『そうよ。わたしの推し。幸せになってもらいたいの』
ポポルは目をきらきらと輝かせ、推しに思いを馳せた。
(前世でも、わたしは推しを推しまくって生きていたわ。みんな……途中で死んじゃったけど)
そう、ポポルには前世の記憶があった。三十代という若さで病死したが、ポポルはアニメや漫画、小説のキャラが大好きであった。
だが、推しは誰ひとり幸せにならなかった。
赤毛は生存率が低く、金髪と黒髪もよく死んだ。
(どうして推しが幸せになってくれないの⁉ なんの呪い⁉)
前世の因縁をかなり引きずったまま、ポポルはこの世界に生まれ落ちたのだ。
前世を思い出したきっかけも、やはり推しとの出会いであった。
聖女となって六年後。
ポポルは双子の王子、レオンと、後に推しになるバルドの会話を聞いてしまったのだ。
『ねえ、バルド……本当に辺境に行くの……?』
『行く。俺が人柱になれば、辺境の地もおさまるんだ』
バルドは魔物の贄になることが決まった子どもだった。真っ赤な髪はその証。
双子の弟、レオンは金髪で、赤毛ではない。十四歳ながらバルドは静かに運命を受け入れているようだった。
『でも、バルドだけが犠牲になるなんてっ』
『俺ひとりの犠牲ですめばいいだろ……!』
バルドは叫んで、レオンを突き放した。
『おまえは王都に残って、国を支えるんだ。俺のことは忘れろ』
そう言われたレオンは声を殺して泣いていた。バルドは振り返らなかった。レオンが見えなくなると、バルドは爪を立てて胸のあたりをかき抱いた。
「……泣くなよ。俺だって、死にたくない」
バルドが呟いたのは、小さな願いだった。
必死に感情を押し殺し、泣くまいと堪える彼の姿を見て、ポポルの頭にピシャンと雷が落ちた。
(――これは、救わねばならぬッ!)
不遇な彼の姿を見て、ポポルは前世を思い出したのだった。
それからのポポルは、推しのために聖女の力を磨いてきた。
どんなに辛くても「推しが頑張っているから、わたしも頑張れる!」と耐え抜いていたのだが。
(供給が途絶えるなんて、絶対におかしい!)
これは推しのピンチだろう。
魔物の贄となる日が近づいているのかもしれない。
「推しが死ぬのはダメえええっ!」
ポポルは全力で辺境へと向かった。
一か月かかる道のりを気合で三週間に短縮し、夜通し山道を歩いて、ポポルはようやく辺境領にたどり着く。ふらふらなポポルを、オリーブは冷めた目で見ていた。
『着いた瞬間に、倒れてもしらないよ』
『だ、だ、だいじょうぶっ……』
『あ、城壁が見えてきたよ。あれ? 兵士が倒れていない?』
「えっ! どこ⁉ 赤毛はいる⁉」
二名の兵士が地べたに座っていた。洋なしのように膨らんだ鉄兜は血と泥で曇り、胸当ても傷だらけだ。
「トム、しっかりしろ……すぐに閣下が来るからな」
「う、ううっ」
(赤毛じゃないけれど、怪我をしていそう!)
どうやらひとりは重症のようだ。草の上に捨てられた長槍は、折れて使い物にならない。ポポルは彼らに走り寄った。
「大丈夫ですか?」
その場で膝を折り、兵士の様子を伺う。
兵士は急に現れたポポルに目を泳がせた。
「あ、あなたは?」
「聖女です。(推しを)助けにきました」
ポポルはカツラを投げ捨てた。
「その髪色は……!」
ポポルは迷わず自分の袖に噛みついて引き裂く。それをさらに手で裂いて包帯を作ると、麻袋の中から薬草を取り出し、兵士の武具を外して傷にあてた。
「うっ!」
「ごめんなさい。しみますよね。ちょっと我慢してください」
最低限の応急処置をして、ポポルは折れた長槍を手に持つ。
カタチアルモノ イツカコワレール!
オリジナルの呪文を唱えると、あっという間に長槍が新品同然の輝きを取り戻した。
「えええっ!?」
「あ、(経費削減のため)防具も直しますね」
「ほ、本物の聖女様……?」
ポポルが夢中で力を使っていると。
(あれれ?)
視界がぐにゃりと歪んだ。
『馬鹿ポポル! 限界だって言ったでしょ!』
オリーブの声を遠くに感じて、ポポルの意識はふっと薄れた。
(んんん……なんだか、固いものに包まれているわ……)
しかも、リズムが良い。体が適度に揺られて、心地が良かった。
ポポルがまぶたを持ち上げると、燃えるような赤髪が視界に飛び込んだ。
日に焼けた肌。きりりと太い眉。意志の強そうな切れ長の瞳。
眉間には深い皺が刻まれ、口元は険しく引き結ばれている。
それなのに渋面さえ絵になってしまう、とんでもない美丈夫だった。
(はて……?)
ポポルは首をかしげた。夢だと思った。
「聖女よ。気がつかれたか」
いや、夢ではなかった。
ポポルを抱きしめているのは、推し、本人であった。
「俺はバルド・フォン・ガーディアン。我が兵士を助けてくれて感謝するが、来てくれと頼んだ覚えはない。――何が目的だ」
腹に響く低音で告げられ、ポポルの心に性癖という名の矢がドスドス刺さる。
(い、いい声すぎる!)
警戒する視線も、ポポルにとっては推しのドアップというご褒美だ。拝むしかない。
(バルド様が生きてた……良かった……!)
ポポルは涙ぐみながら手を合わせ、再び気絶したのだった。





