2-16 転生悪役令嬢は推しカプのハッピーエンドが見たい!
百合ノベルゲーム『ベネクス・リリィ・シンフォニー』の世界に転生してしまった青木侑芽、16歳。しかし転生先は、作中で主人公のアリスと、ヒロインのフィオナの恋を邪魔する悪役令嬢レティシア・ベルーグだった?!
「だったら私が、二人を幸せにすればいいじゃん!」
原作知識と公爵令嬢の権力を駆使し、アリスを狙う貴族たちを退け、ふたりの仲を取り持ち、推しカプのハッピーエンドへ一直線!
……のはずだった。
「レティシア様、私と婚約してください!」
「レティシア、私と国を背負ってはくれないか」
「どうしてそうなっちゃうの?!」
推しカプを成立させたい転生悪役令嬢と、彼女に惹かれていくアリスとフィオナ。原作とは異なる恋の行方を巡り、三人の想いが交錯する。
果たして侑芽は、推しカプのハッピーエンドを見届けることができるのか──?!
華やかな衣装で着飾った紳士淑女の間を、私は推しカプに手を引かれてすり抜ける。
煌々としたパーティの喧騒から遠ざかり、見上げれば満天の星空の広がるお庭へと連れてこられてしまった。
(ここのスチル、今思い返しても最高だったなぁ。それをまさか、この距離で見られるなんて)
これから、幾度の困難を乗り越えた主人公のアリスと、ヒロインのフィオナが、永遠の愛を誓う最高のエンディングが始まる。
それなのに、私の手はふたりに握られたまま。
そして互いに目配せし合うふたり。その様子を“一番の特等席”で見ている私は、今にも尊死しそうなんだけど。
右手を握り締める小さな両手に、きゅっと力が込められる。
手袋越しにでもわかるほど、アリスの手は熱を帯びていた。それからじぃっと翡翠色の瞳に見つめられて。
「レティシア、様。わ、わたしとっ婚約してください!」
「ゑ」
口から漏れ出た私の情けない声。
アリスはアリスで口を結んで、震えながらこっちを見上げてくる。
「アリス、君という人はまったく。抜け駆けはいけないだろう?」
混乱する私の脳内に澱みのない滑らかな声が入り込んできて、ハッと視線を上げた。
星光を受けて輝く金髪と、ビシッとした碧眼。心臓が跳ね上がり、背中がそわそわしてきてしまう。
「レティシア。私とこの国を背負ってはくれないか」
片膝をついて、ゆっくりと手を引き寄せてくるフィオナ。手袋越しに、第二王女の柔らかな唇が、私の手の甲に降ってきた。
「お待ちください王女殿下。まだ状況が──」
「ふふっ、聡明な君でも、わからないことがあるんだね」
イタズラな笑みに、思わずドキッとする。
「フィオナ様っ! 抜け駆けはいけないって──」
「そうだったかな? でも、これが最も私らしい伝え方だと思ってね」
砂埃をさっと払い立ち上がるフィオナと、頬を膨らませるアリス。
その様子はまさしく、エンディングで見たアリフィオてぇてぇエンドそのもの。
なのになんで?!
「ふたりは! ふたりは愛し合っていたんじゃ──」
口走った。
なのにふたりともニコニコと、しかしちょっとだけ頬を赤らめながら互いを見つめ合う。
「もちろん、アリスのことは愛しているさ」
「ですが、レティシア様──」
「わたし、フィオナ様と同じくらい、レティシア様のことを考えてしまうんです」
「私はアリスと変わらないくらいに、レティシアには側にいて欲しいんだ」
目の前いっぱいに星空が広がる。さーっと、全身から力が抜けていく。
そんなつもりじゃなかったのに……
ふたりのすごく慌てた声が、遠くから聞こえてきた。
すべてはもう遠い過去。私がまだ、青木侑芽として現実世界の日本で暮らしていた頃に遡る。
***
(あ〜〜買えた買えた買えた買えた! 『ベネクス・リリィ・シンフォニー』のスピンオフ、発売日当日に買えちゃった!)
友達からの誘いを断り、一直線に向かったあにめぇと。新作ゲームの棚で神々しいパッケージを発見した瞬間から、もうスキップをしたくてたまらない。
一応、人目があるからしないけど。
この手のラノベゲームのスピンオフなら、別カプにフォーカスしそうなものだ。しかし本作は、メインカプの“アリス×フィオナ”のその後を描いた作品となっている。
はやる気持ちに押されて、なんとも足取りが軽い。なんならこのまま羽ばたいてしまいそう。
手元のビニール袋を覗けば、なんともえっちに頬を赤らめた主人公のアリスと、彼女のあごに手を添える(これまたえっちな)ヒロインのフィオナが向かい合っている。
表情筋に力を入れているのに、ニタニタが収まる気配はない。すっかり暮れた通学路の見慣れた景色が、足早に過ぎ去っていく。
たぶん今の私、かなり不審者だ。
だけど、それでいい。
一刻も早く、まだ見ぬアリフィオに出会えるのなら──
突然。真横から照らされる。
あまりの眩しさに振り向いた時には、もう遅かった。
咄嗟にビニール袋を抱き抱えて、次の瞬間には視界が真っ白に染まった。
私、まだアリフィオを見られてないのに──
私の現世での記憶は、そこで途切れた。
***
「レティシア様、いかがなさいまして?」
目を開ける。白んだ世界に色がついて、眼前に広がる悠然とした庭園と、テーブルを囲む麗しいご令嬢たち。私は絶句した。
「お気分が優れませんか? あの男爵令嬢は私たちで“注意”致しますので、レティシア様は寮でお休みになられても──」
『ベネクス・リリィ・シンフォニー』には、何人かの明確な悪役がいる。
その筆頭。公爵令嬢、レティシア・ベルーグ。
私に向かって話しているのは、その取り巻きのひとり。
「待って! ……待ちなさい、その必要はありません。アリッ──あの小娘など、私ひとりで十分です」
息が詰まる。私がレティシア? あの悪役令嬢の? というか私……転生したってこと?!
「出しゃばった真似を申し訳ございません。どうか、お許しください」
顔を青ざめるピンク髪のご令嬢。私は私で、金の装飾があしらわれたティーカップを震える手で持ち上げた。
静まり返った東屋に、鐘の音が響き渡る。
「気にすることはありません。皆さん、今日はお帰りになって下さい」
座っているご令嬢たちから「かしこまりました」と小さな声がパラパラと返ってきた。
背筋に力を入れて、足早に離れる。とにかく、姿見へ急いだ。
腰まで下ろされた紺色のストレート髪。目元は吊り上がっていて、紫色の瞳は謀をしているように昏い。それに全身鏡に映る私は、アリスやフィオナが纏っていた制服に身を包んでいる。
白亜の頬は、少し熱を帯びている気がした。
間違いない。私、レティシアに転生しちゃったんだ。
ゲームの世界に転生できたらなんて、何度も妄想してきたことだけど。
レティシアじゃなくてもよくない?!
彼女はアリスとフィオナの恋路を散々邪魔した挙句、フィオナに告白して——失意のうちに悪事が祟り破滅してしまうのだ。
キャラとしては嫌いじゃないけど……なぜ転生先が悪役令嬢なのか。
神様がいるなら、絶対に恨む。
「これじゃ最後まで、見届けられないじゃん……」
瞳に浮かんだ一粒の涙。
作中では見られなかったレティシアの泣き顔が、目の前にある。
(そっか。なら見届けられるように、変えちゃえばいいんだ)
原作のやり込みには自信がある。アリスとフィオナをくっつけつつ、私がふたりのそばにい続けられるよう破滅を回避する。
というか、そうしないとスピンオフを見られないままの私が報われないじゃん!
私はすぐにとある教室へと走り……歩き始めた。
ここがあの世界なら、この教室に──
扉を開ける。すると、ガタンっという物音と同時に黒髪の女の子が立ち上がった。
主人公アリス・オーランド。
小さな身体は制服に着られているみたい。そして強張った表情で、でも瞳だけは真正面から私を捉えてくる。
「お待たせしてすみませんね。さて、お話をしましょうか」
「は、ひゃいっ」
ちょっと噛んだ推しも可愛い。
私は頬の疼きを押さえつけ、ずかずかと足を進めて窓際へと彼女を追い詰める。
ほぼゼロ距離で見下ろしたら、さっぱりとした柑橘系の香りが漂ってきた。こればっかりは解釈一致というか、らしさがありすぎる。
「ベルーグ公爵令嬢様っ、ちかいですっ」
こちらを見上げる主人公は、生まれたての子羊のように震えていて。
(やばいやばいやばいっ! 生アリスちゃん小動物すぎるっ)
できる限り原作をなぞらえるような台詞を思い出す。しかし、口から出たのは
「あなた、フィオナ様をどう思っているの?」
完璧に間違えた。
「わたしが、生徒会長様を?」
アリスは不思議そうに首を傾げる。
流石にまだ、そういう感情は──
「会長様といると胸がポカポカする気がして……安心、します」
薄い胸の上で手を組み、気恥ずかしそうにこちらを覗く美少女。
(はぁっ?! 致死量のアリフィオてぇてぇっ)
仰け反りそうになった。危ない。
「そ、そう。随分と素直ね」
「だってその……ベルーグ公爵令嬢様は、クラスで初めて、わたしと『お話がしたい』と誘って下さった方なので」
視線を自分の胸元に下げて、もじもじとスカートをいじるアリス。
(やば……アリスちゃん可愛すぎ。この子、私のお嫁さんだったっけ──っ?! いや絆されちゃダメ。私は悪役令嬢レティシアなんだから)
燃えるように熱い頬を、胸元からバッと出した洋扇で覆い隠す。
「勘違いしないことね。私は、あなたが生徒会に入り浸っているのが危険だと言いたかっただけ。貴女は目立つのだから──これ以上、私の心配事を増やさないでくださる?」
完璧だ。この上なく悪役令嬢らしい台詞が出せた。
それなのに少女は顔を赤く染め、夕日に瞳を輝かせて──
「き、気をつけましゅっ! ごきげんようっ」
と言い放ち、私を押し退け走り去ってしまった。
「ごきげん……よう」
ひとり取り残された教室で、プレイ中に何度も見た夕暮れの学園を見下ろす。
間違いない。この世界には確かにアリスがいて、私は悪役令嬢で。
(決めた。私、レティシアとしてアリフィオをくっつけて絶対に、彼女たちのエンディングを“一番の特等席”で見届けてやるからっ)





