8加護
少年だと分かったローズは余程辛い過去があるのか自分のことは何一つ語ろうとはしなかった。名前はローゼンに変えられた。
診察した医師によると極度の栄養不足で記憶喪失ではないが、心に傷があるのは確かだという。
皆でローゼンを温かく見守ることにした。
あの日エレンが見たのはひたすら料理を作っているローゼンの姿だ。どう見ても少女にしか見えなかったと苦笑いをしていたが。
その顔には笑みがあった。ここで穏やかに過ごして欲しいと願った。
ローゼンの腕前は少しずつ上がっている。野菜の皮むきから始まり、今では包丁を持たせても危なげない。試しに朝食の目玉焼きとサラダを作らせてみた。
レタスとトマトに厚切りベーコンを切って焼いたものだ。それにパンとオニオンスープで出来上がりだ。
シェフのマイクは褒めることを忘れない。相手は傷だらけの子供だ。
「上手くなったな。目玉焼きの焼き加減が良いし、トマトが上手に切れたじゃないか」
庭師のビルが可笑しそうに見ていても無視をした。
ローゼンの固まった表情筋が動いたような気がした。
「もっと色々作れるように頑張ります」
「うん、地道に行こう。東方のことわざに千里の道も一歩からっていうのがあるんだ。そうだ、暇な時に字や計算を教えてやろう。レシピを見たり、買い物をする時に役に立つ」
「俺も教えてやる。裏庭に野菜を植えてもいいぞ」
ローゼンの目が瞬いた。
「あ、ありがとうございます!」
漸く将来が見えた少年のこの上なく幸せそうな笑顔がそこにはあった。
あれからエレンは祖父から投資のことを学んでいた。
引退したが王宮にはかつての部下が行政の官僚になっている。
その集まりで情報を掴んで帰って来るのだ。
新しい街道の建設予定や増税の情報を正式な発表前に小耳に挟んでくる。
教会や孤児院に寄付をしているが、そこには各地から巡礼者が集まってくる情報の宝庫だ。親しくしている司祭ネットワークを使い、いち早く知りたいことをゲットするのに役に立っている。
下層市民の不満を知りそれに対して提供をする商会を援助して投資をするのだ。
人助けにもなり少しばかりの儲けも出た。それが化けて大きな利益に繋がることもある。投資は奥が深い物だった。
世間知らずだったエレンは祖父の投資家としての腕を見て尊敬の念が湧きあがった。
情報を集め決めるのは祖父で、安全を見極めるのがエレンの仕事になった。
祖母は貴婦人のお茶会で噂話を仕入れてくる。
社交界復帰の練習の為にたまにエレンも付いて行くが、祖母の世代なので皆に可愛がって貰えるので居心地が良い。
あそこの令息が放蕩をしているだの、入婿のくせに外に愛人がいる等という話は女性が好きな話題なのだろう。何処の茶葉が美味しい、ワインが美味しいのだという話題と共に頻繁に出てきた。
それが直ぐ斜陽に繋がるわけではないだろうが、醜聞のある家との付き合いを考える手助けになる。
そういった家に近づくのを止めるのは良識のある貴族家では当たり前のことだった。
私の婚約破棄も話題になったのねとエレンは遠い目になった。
だがここには味方だけのようで居心地は良いままだ。
メアリー様の噂話のおかげもあるのだろう。攻撃的な夫人はいなかった。
祖母の人選に感謝した。
もう終わりという時間になって一人の夫人の後ろに映像が浮かび上がった。
中年の男性に縋りさめざめと夫人が泣いている。その後ろに控えているのは若い男性だ。侍従かしらと思ったが着ているものが高級だ。令息だろうか、とても悲しそうだ。名前はグローリー侯爵夫人だった。誰か家人が亡くなるのだろうか?
もやもやとした物を抱えてエレンは祖母と共に家路についた。
先見のことは公共の場で言う訳にはいかない。馬車の中で祖母に聞いた。
「お祖母様グローリー侯爵夫人のお宅にはご病人がいらっしゃるのでしょうか」と。
「いいえ、嫡男様夫婦が事故で亡くなられて、侯爵がお孫さんを育てるのだと頑張っていらっしゃるわ」
「さっき夫人が泣いている姿を見てしまいました。後ろに若い男性が見えました。もしかしたらこれから何か起きるのではないでしょうか?」
「グローリー侯爵家はワイン造りが盛んでとても美味しいのよ。家とも取引があるの。何かが起きると大変だわ。調べてみましょう」
「はっきりと見えなくて申しわけありません。声が聞こえると良かったのですが…。 でも私の能力を明かさずにどう伝えるのですか?」
「あの人に相談するわ。きっと何とかしてくれるわ」
エレンは能力を明かせない申しわけなさで胸が苦しくなった。
読んでいただきありがとうございます。中世の投資ってこんな感じかなと想像で書いています。
詳しい方が読まれたら穴だらけだと思いますが、空想の世界のことなので緩く読んでいただくとありがたいです。




