第3話 愛憎の剣
夜。どれだけ体が重くても、腹は減るものだ。
食堂はライと同じく夕食を食べにきた寮生たちで溢れていた。
ライは普段と同じ定食を頼むと、席に座ろうとする。
「あれ、あなたもしかしてライくん?」
「……?」
思わぬところで呼び止められたライは、声の方を振り向いた。
「あー、やっぱり! リヒトくんからねぇ、優しい学級委員長に助けてもらってるって聞いてたのよぉ」
声の主は、食堂のおばちゃんだった。
「リヒトくん、に?」
「そうそう! 一品、おまけしといてあげるからね」
そういうとおばちゃんは、ポテトサラダをライのお盆に乗せる。
「ありがとう、ございます」
そう軽くお辞儀をして、ライは席につく。
ポテトサラダを一口。味はわからなかった。
「あれ、ライくん?」
お盆にずっと目線を落としていたライは、またもや声をかけられる。
「あ、やっぱりライくんだ。隣、いい?」
「……うん」
そう返事をすると、リヒトはシチューが乗っているお盆を机に置き、座った。
「いただきます」
リヒトはシチューを、一口、二口と食べていく。
「ねえねえ。僕さ、剣の使い方があまりわからなくて」
思わず食べる手が止まる。
「……あのジオラスに勝ったのに? リヒトくんは謙遜が上手いんですね」
お盆に目線を落としたまま、ライは言う。けれどリヒトは恥ずかしそうに、頬を掻きながら言った。
「それはその、なんていうか剣の腕で勝ったんじゃなくて、こう、感覚……かな? そんな感じがしたからさ。こっから攻撃が来るぞー、って感じの」
確かに、ジオラスと戦っていたときも、剣に慣れている感じではなかった。どちらかといえば元の身体能力で、ジオラスを上回った感じがする。
それでも、ジオラスに勝った。その事実が、胸に残る。
「でもこれからは剣をちゃんと学んで、立派な騎士になりたいな」
そうリヒトは笑って、シチューを食べ進める。視界の端に入るその笑顔に、ライは胸の中がぐちゃぐちゃに混ぜられたような感覚を覚えた。
「それでね」
リヒトが、続けて言う。
「先生にさ、剣術の補習授業をしないかって言われてね」
「……よかったですね」
お盆を見つめながら、パンを一口食べ進めた。
「それで、その補習を学級委員長であるライくんにも手伝って欲しいんだって」
パンが不自然に喉に引っかかるのを感じて、咳が止まらなくなる。
「大丈夫?」
「げほっ、だ、大丈夫」
リヒトが差し出した水を飲み、喉の違和感は過ぎ去っていった。
「僕としてもライくんに教えて貰うのが、成長への近道だと思うんだ。無理なら、断ってもいいけど」
その純粋な剣への眼差しが、ライの胃を撃ち抜く。
「……ちょっと、待って。考えさせてください……」
思わず目を逸らして、何もない空間を見ながら、頭を回す。
剣のことを思い浮かべた瞬間、爪が手のひらに食い込んでいた。反射的に何かを言おうとした口を閉じて、息を呑みこむ。
そしてリヒトを見て、口を開いた。
「わかり、ました。学級委員長として、補習に付き合います」
「ほんと? ありがと」
(委員長として、か)
その責任から、ライは逃れられないでいた。
◇◆◇
「では、リヒトの剣の補習を始めてくれ。私は教員室に戻る」
「ちょっと待ってくださいよ」
ライは扉を潜る先生の肩に手を置き、引き留めた。
「なんだ、女性の体に触れるとは。けしからん奴だ」
「先生の役目を放棄しようとしている人間に言われたくありません」
あろうことか、この補習はライに丸投げされたものだったのだ。
「あのな、先生は忙しいんだ」
「これも先生の役目ですが??」
「教える側も勉強になるというじゃないか。じゃあ、サボるなよー。まぁ、委員長がいれば大丈夫だろうが」
そう言って、先生は扉の向こう側に行ってしまった。
「……しょうがない。じゃあ始めましょうか、リヒトくん」
「はい、よろしくお願いします、ライ先生!」
「…………」
剣を前に、腕が震えた。
「……ふぅ」
息を吐く。体の力を逃す。
「……っ!」
剣を掴む。心が重たくなるのと同時に、体がなぜか軽くなった気がした。
剣を持てば、嫌でも自然と体が動く。
「今のが基本の型。これが一般的だけど、慣れたら自分の型を見つけた方がいいです。とりあえず今見たものを真似してやってください」
「はーい」
リヒトが剣を振る。それを、ライは見ていた。
(……うん。体運びも自然だし、重心も上手く使えてる。ただ、やはりまだ初心者特有のぎこちなさがある)
息が漏れた。
「はぁ!」
「…………」
「どう?」
「……え? ああ、えっと、まず——」
リヒトのアドバイスをする中で、ライはぎこちなく笑った。
自分がまだ剣を見て、『好き』だなんて。




