第4話 やってやろうじゃねぇか
父は、明るい人。そして忙しい人だった。
物心ついた頃には騎士団長として、仕事に追われていて。家には、中々帰ってこなかった。
それでも自分は父が好きで、父の剣を振る背中が好きで、父のようになりたくて。
たまに帰ってくると、いつも一緒に剣を振っていた。
とてもとても温かい記憶。
——そのはずだったのに。
いつからだろう。その父の背中が、遠く、大きな壁になったのは。
ああ、あの時だ。父に連れられて、貴族のパーティに行った時。
『"騎士団長"の息子さんですか! かわいいですね』
『"騎士団長"の息子さん、将来が楽しみねぇ』
『"騎士団長"の息子ですから、将来は父の後を継ぐのでしょうかねぇ』
その時、ああ、自分は騎士団長の息子なんだと、自覚した。
「弱ェなァ。——反吐が出るぜ」
初めての敗北は、ジオラスだった。
『"騎士団長"の息子が、"副騎士団長"の息子に負けた』
その事実はすぐに広まっていった。
◇◆◇
「はぁ!」
アドバイスをするたびに、あっという間にリヒトの剣は良くなった。ブレブレだった剣筋も、今はしっかりと軌道を描いている。
また、この感覚。
ライは歯を食いしばる。
「ねぇ——」
「今日はもういい時間だし、ここまでにしましょうか」
逃げるようにして、ライは剣を下げた。
「あれ、もうこんな時間なんだ」
リヒトも時計を見て言った。
「じゃあ片付けよっか」
「……うん」
ライはリヒトに背を向けた。胃が、焼き切れそうだった。
◇◆◇
それから一ヶ月。毎日早起きしては、リヒトに剣術の基礎を教え、また授業が終われば共に剣を振った。
「よっ、はっ!」
しかし、一ヶ月もすれば、見本などなくとも剣は振れる。
——いや、もう見本など必要ない。見本より上質な剣を振れるのなら。
教室を出たライは振り返り、机に置き去りにされた剣を見た。だがすぐに訓練場に向かって、歩みを進める。
「あ、ライくん。あれ? 剣は?」
「もう見本なくてもできるでしょ、リヒトくんなら」
訓練場の扉を開けると、リヒトはもうそこにいた。鞄を床に置き、座る。
「そっか。ライくんの剣好きだったんだけど」
「——好き?」
リヒトを見るライの目は、どこか鋭い。
「うん。ライくんの剣は綺麗で、積み重ねた努力が感じられるんだ」
「はっ」
嘲笑を漏らす。
「俺の剣なんか、好きになっちゃダメだよ。俺の剣は何もない」
「——ライくん」
同情でもするつもりだろうか。生憎、その視線に耐えられるほど、ライはできた人間ではない。
(……逃げ——)
「やっぱり君は、剣が好きなんだね」
「——は?」
拍子抜けだ。この弱音を聞いて、こんな感想が飛び出てくるとは。
「な、なに言って……」
「だって君は剣に対して、真摯だから。好きで、成長したいからこそダメなところを言えるんだと、僕はそう思うんだ」
「そ、そんな、わけ」
あれ?
なんで、言い切れない。
視界に光るものを見た。それは、剣。
「っ!」
「あ、ライくん!!」
ライは走る。
「はぁ、っ」
それでも、心の騒めきは収まらない。
「なんで、なんなんだよ」
結局、部屋に戻ってきた。リヒトのことがよぎらなかったわけじゃないが、体が言うことを聞かなかった。
「意味わかんねぇ」
視界が滲み、床に一滴、雫が落ちた。
この胸の騒めきを、どうにかしなくては。
「…………」
心の奥に騒めきを封印するように、体を縮める。
「……っ、ううぅ」
目を閉じる。暗闇の中、ひとりぼっちになった感覚。
「ああぁ……!」
苦しい。苦しい。
(誰か)
『一人じゃない』
「——っ?」
呼ばれた気がした。
(誰に?)
そんなこと、あるわけない。
けれど、抗えなかった。
目を開けた先に、あったのは。
「……剣」
埃を被ったままの、紫の装飾が光る剣が、そこにあった。
「また、剣」
でも何故か、目が離せない。
逃げようとは、思えない。
「…………」
立ち上がる。
ゆっくり、ゆっくり。でも、確実に。
気づけば、目の前にその剣はあった。
『誕生日、おめでとう。ライ』
『ありがとう!!』
「……父様」
いつも思い出す父の姿は、剣を振っているものだった。
それを、ライは後ろから見ているのだ。
背中は大きくて、頼もしくて——追いつける気がしない。
(俺は"この人《騎士団長》"の、"息子"なんだ)
そう思って。そう、ずっと思って、生きてきた。
「…………」
剣に、手を伸ばす。
『お父様、これ重くて振れない〜』
『はっはっは、ライには少し早いな。もっと大きくなったら、振ってみなさい』
剣を掴む。
それは、ずっしりと。とても手に馴染むもので。
軽く、振ってみた。
本当に、体の芯もブレブレのまま、軽く、片手で。
『お前は"一人じゃない"、ライ。父様がついてるからな!』
「……はは」
思い出した、声の持ち主。
剣を持つ手に、一層力が入る。
「俺はまだ……剣を振っていたいのか」
思い出される、温かい記憶。まだなにも考えず、ただ父と剣を振るのが、楽しかっただけの頃。
なんで忘れてたんだろう。
なんでわからなかったんだろう。
「お父様は一度も、『自分の後を継げ』なんて言わなかったのに」
勝手に期待されていると思って。勝手に作り出した期待に埋もれそうになっていた。
「馬鹿だなぁ、俺」
ふっ、と笑いが漏れる。
しゃがみ込んだまま、考えた。これから、どうすべきか。
どれくらい経っただろう。ライは立ち上がり、父からもらった真剣を腰に携える。
(今のまま、中途半端な自分じゃ、剣に失礼ってもんだ)
「やってやろうじゃねぇか」
——覚悟を示すための、大勝負ってやつを。




