第90話 揺れる船
翌日、グレイヴたちは船のデッキで風を感じていた。だが、晴れ渡る青空の下でグレイヴの心は晴れない。
(本当ムカつく…)
そこへルートがアイスを2つ持ってやってきた。
「おい天照寺。これでも食ってちょっと落ち着け」
「あ、あんがと」
グレイヴはアイスを食べることなくため息をついていた。ルートは6杯目のダブルのアイスを食べながらグレイヴに話しかける。
「月影のことか?」
「あ、まあ…」
グレイヴは考えを見抜かれ一瞬驚いたがすぐに視線を落とす。
「謝りたいんだけど、納得いかねーんだ。あいつ形だけ謝られるの嫌そうだし」
ルートは輝く水面を見つめる。
「…なるほどな」
しかし、ルートはアイスをほおばりグレイヴに目を向けた。
「”正義”は辞書には正確に意味が記載されてない。考え方の違いじゃないか?だから誰もがぶつかり合って喧嘩して、そして仲を――再検討する」
ここで「仲直り」を使わなかった。それが終わりじゃないことをルートはなんとなく知っていたからだ。
「考え方?そんな問題だったら不公平だろ?実際、俺とカインの頭は天と地の差があるんだぜ」
「それを言ったら俺たちだってそうじゃないか」
その言葉にグレイヴは言い返せなかった。一方でルートはそこで「そういえば」とコートの内ポケットから何かを取り出した。
「お前って婚約者いたのか?」
「は?」
話の脈絡がわからず思わずグレイヴは聞き返してしまった。ルートが持っていたのは小さな手帳だった。
「『ジル』という女性がお前との同居生活の愚痴をここに書いていたぞ」
「そ、それはど、どこで手に入れたのでしょうか…」
グレイヴは震える手で手帳を指さしていた。手帳は濃いブラウンの革製の表紙に黄金色の王冠と剣、そこに太陽と重なったマリーゴールドの紋章がしっかりと刺繡されていた。
――間違いなく、”天照寺家の家紋”だった。
仕方がないのでグレイヴは洗いざらい全てルートに話すことにした。カインが20年程前に使用人として入ったことも、グレイヴがそんな彼を盲目だからといじめていたことも、使用人を昔死んだ自分の弟と重ねていたことも。その話は近くのチェルルとマグネもしっかり聞いていた。話を聞いたルートは両腕を組んで深く息を吐いた。
「…なるほど、相当怒っているな月影は」
「だろ…。まあ俺も噂の力がどれだけ貴族にとって大打撃なのかよくわかったよ」
「探偵だというのに俺も『ジル』を女性と思ってしまった。俺もまだまだだな」
「いやそこ…」
グレイヴにさらにルートは追い打ちをかける。
「全部読んだが、まずこんな男とよく付き合い続けられたなと思った」
「そんなに…?」
ルートは手帳の内容をかいつまんで読み上げた。
「『グレイヴ様が帰ってきてソファに座り、飲み物を要求。生憎茶葉を切らしており水にレモンを入れて出した。しかし、彼は”こんなものよくこの俺に飲ませられるな。見えねーなりに礼儀よくしろ”と水を私に頭からおかけになった。盲目でもわかる。彼は戸棚から勝手にクッキーを取り出し、破片を床にボロボロ落としながら説教していることに。これがアポローンの礼儀作法なのか。メモしておこう』」
「あ~、なんかあったなそんなこと」
グレイヴはその内容に目を泳がせる。棒読みで少し冷や汗をかいていた。それに対してルートは内容が真実であることに驚いていた。だが、正直半分真実味があった。
「事実だったのか?他にもな――」
――『今度は茶葉をしっかり取り寄せた。私の内職の金で。しかし、今度は紅茶の色が弱いと言われた。私はしっかり砂時計で測り、紅茶も安いなりにいいものを選んだ。だが貴族の舌はかなり肥えている。とても今日の夕飯に出したカレーが実は昨日の肉じゃがの残りで作ったものだとわからない者と同じ舌だとは思えない』
――『グレイヴ様が夕飯をいただかなかった。どうやら外で食べてきてしまったらしい。せっかく今日は彼の大好物のいなり寿司を多く作ったというのに。連絡くらいされても良かった。そうすればいなり寿司が乾燥せず廃棄物を減らせたというのに』
――『初めて帳簿を拝見した。専用の魔道具が読み上げてくれたので盲目でも記載内容がよくわかる。どうやら税を徴収できていないようだ。農作物を収穫できたのはいつなのか、この帳簿には記されてない。しかも国民が旅商人から金銭を奪う事件が最近多発している。しっかり記そう。この指や汗の跡の無い帳簿ではなくこの日記に』
ルートはアイスを食べ終えると同時に読み上げるのをやめた。
「これは洗脳された状態で船の荷物を整理していたら見つかった。どこかの貴族の荷物に入っていてな」
「…あ~、全部思い当たるのにぼんやりとしか思い出せねー…」
グレイヴは日記の内容に絶句した。だが既に広まっているのでさっきから貴族の女性の視線が痛い。
「あれは例の日記帳ですわね」
「私も読みましたの。あの色はおそらく中盤ですわね」
「ジルという方もご苦労なさって」
(…え?まだあるの)
さらにグレイヴは顔面蒼白になった。ルートは手帳をグレイヴに渡した。
「お前が持て。しっかり自分を磨くことだな。俺自身もイライラした」
「…はい、読ませていただきます」
話題はそこで自然と切り替わり今後のことを話すことにした。
「エリックとリリーについてなんかわかるか?」
「すまん。途中で散り散りになってな。2人とも別行動してる。洗脳者のテレパシーなら通じているがどこなのかまでは…」
「そうなると戦力が欲しいな。カインに相談するか?」
「いやまず謝ろう」
「そうだな」
グレイヴは謝罪のメッセージをカインに送った。だが返事はすぐに来なかった。
「忙しいのか?月影様だから」
「きっとそうだ。――そうだ。船内で少し小耳に挟んだんだが」
ルートに全員が注目する。しかし、ルートが口を開きかけたその瞬間に――
「あ!」
グレイヴが持っていたアイスをうっかり落としてしまった。床にべっちょりついてしまい食べられない。
「俺まだ一口も食べてないのに…」
そこにスタッフがモップを持ってやってきた。
「大丈夫ですか?」
このときルートはなんとなくスタッフのイントネーションがおかしいことに気づいた。まるで方言を誤魔化しているような。同時に背中を刺すような冷気も感じた。アイスを拭き終わるとルートはグレイヴの手を引っ張った。
「…で、話って?」
「場所を変えよう。少なくともここはまずい」
グレイヴは彼の冷や汗から全てわかった。平静を装っているがルートだって怖いのだ。
「…カインと合流しよう」
小声で囁くとグレイヴはチェルルとマグネを連れて船内に入っていった。
*****
「――それで俺の元にというわけか」
カインは船内の貴族や企業から全て話を聞いてやっと自室のスイートルームで休んでいたのだが、そこへグレイヴたちがやってきたのだ。その上昨晩のプールのクラフトの飛行機の後片付けやウラヌスの痕跡、セキュリティをいじった証拠も全て隠滅させていたので疲れが残っていてカインは少し苛立っている。
「俺はな、もうアポローンの関係者じゃねぇ。そういうのはご自分でお考えください」
適当に話を切り上げようとするカインにグレイヴは土下座してしまった。20年前とは完全に真逆だ。
「お願いします!どうかお力を…」
「…何度も言わせるな。嫌なものは嫌だ」
怒りの形相でカインは声を荒げた。そして脇のルートを指さす。
「まずお前の仲間からの情報だろう。順番違ぇんだよ!」
カインに喝を入れられて、ルートはやっと話を振られたので1歩前に出た。
「…あ、アポローンの国境外で、”サイボーグだけの集落”があるらしいんだ。噂だがそこには捨てられたサイボーグや魔族なんかが住んでいるらしい」
「ふ~ん」
「”ふ~ん”ってなんですか。良い情報ですよ」
素っ気ない態度のグレイヴにマグネは怒る。
「サイボーグには軍事用もいるから戦力にもなるし、そこの協力もあればさらなるアポローンの発展にも繋がるというわけですね」
マグネの解説にルートはうなずいた。カインは椅子から立ち上がりグレイヴの頭を掴んで無理やり上げて自分の顔を近づける。
「いいか、まずアポローンのことだけ考えろ。ここで俺からも情報。最近リアーナを含めた多くの国がアポローンを武力で制圧しようとしている。――善は急げだ」
カインはそれ以上何も言わなかった。アポローンに極力関わりたくないのと、もう1つ――
――彼には話さない理由があった。
※この物語はフィクションです。




