第91話 突然の来訪者
ラピスラズリ・ローレライのパーティーが終わり、グレイヴたちはアポローンに帰り天照寺邸でとりあえず作戦を練っていた。カインはリアーナの者である以上、グレイヴたちと別れてリアーナに戻った。
――天照寺邸
グレイヴはルートが発見したカインの復讐の手記を全て読んだ。全部思い出せるが今更謝罪しても彼は許さないことをグレイヴはなんとなく感じていた。
(こんなの、普通じゃね…?)
未だに納得できなかった。使用人は主人に従うもの。だからこれはただの仕事に過ぎない。それがグレイヴの考えだった。
――チリン…
玄関でベルの鳴る音が聞こえた。グレイヴは起き上がろうとしたが代わりに偶々ドアの近くにいたルートが出ることにした。
「はい、どちら様で――」
「あの~、ここって天照寺君の家ですよね」
やってきたのは綺麗な角を持つ美女だった。頭に桜のような髪飾りを身につけている。グレイヴは遅れてきて驚いた。
「く、クロエさん!?なんでここに?瘴気は大丈夫でしたか?」
アポローンの瘴気は耐性がある程度なければ体調を崩しかねない。クロエは可愛らしく笑って答える。
「この髪飾りのおかげで瘴気は平気よ。今日はカインから伝言を預かってきたの。ちょうどアポローンの観光もしてみたくて。アポローンは自然豊かだって聞いたけど、――本当だったわね」
アポローンはリアーナに比べると都会らしさが全くない。それどころか社会が成り立っていない時代遅れの国だ。それを聞いてグレイヴは顔を真っ赤にした。
「すいません。お茶も用意できるような感じじゃなくて」
「いいのよ、全然」
クロエの目はなんだか冷たいものを秘めていた。
「少し散策に行ってくる。最近町の方見てなかったからな」
「そういや、ある程度店とか工房もできたんだよな?後で俺も合流するから」
「ワガハイもついていく」
ルートはマグネを肩に載せてアルセーヌを連れてクロエと入れ替わりに外へ出た。アポローンは少しずつ活気を取り戻し、大地のひび割れもほとんど無くなって所々店ができるようになり国民は必要最低限の暮らしができるようになってきた。だが、それでも草木は疎らで国の予算もマイナスのままだった。何より、青空が狭く風や空気もよどんでいる。
「それで、話ってなんです?」
「敬語はやめてよ、天照寺君。私たち同い年でしょ」
「いやでも、人の奥さんに…」
目線を下げたグレイヴにクロエは目を細める。「ははーん」とでも言いたそうだ。
「もしかして、カインのこと?喧嘩しちゃったんだってね。内容は知らないけど」
(良かった、知らなくて…)
ウラヌス関係の話はクロエにはしない、ということがカインからの”友達”としての約束の1つだ。グレイヴはできるだけ隠し通そうと思い少しずつ言葉を選んでいった。テーブルの下に手記を隠し持って。
「じ、実はカインと行き違いがあって…。まあ割愛すると、”互いの中の正義”が違ってるって話で」
「深いわね。まあ、カインはもうすぐ1000歳だしそういうのはあなたじゃわからないんじゃない?」
「…要は年齢の問題ってわけだよな。一応謝ったんだけど、…向こうどうです?」
グレイヴは目を泳がせ手記をしっかり握りしめていた。クロエは涼しい顔のままでカインほどではないがそれなりの緊張感がグレイヴの冷や汗を誘う。
「カイン?そうね、最近飲酒量がかなり増えたわ。魔力が不足してるみたいで…。ほらカインって昔アポローンの減少し続けていた魔力を補っていたでしょ?しかもリアーナでもたまに結界の綻びを繕っているから、この前無茶するなって医者に言われたのよ――それと敬語出てるわよ」
「あっ…、ごめん。確かにあいつは計画的っぽいのに少し無謀な所あるし、謎だらけだよな」
グレイヴは不自然なため口で話して腕を組んだ。その拍子に持っていた手記をクロエの視野に入れてしまった。
「それってカインの復讐の手記?ざっと500冊あるようね、それ」
「ご、500!?」
「そのサイズじゃ書ききれないことだったのよ」
「そうか…」
グレイヴの顔色を見てクロエは彼が納得いってないことを見抜いた。
「私にも読ませて。こういうのは他者の意見も大事よ」
「あ、じゃあお願いします」
クロエは目を輝かせて時々笑ったりハラハラして、本を閉じると何か憑き物が落ちたような顔をしていた。
「はあ、なんかスッキリしたわ」
「スッキリ?どういう意味で」
「こういうクズがやりたい放題やってるのを怒りを込めて、しかも面白おかしく書かれているものは最近のブームなの。大方聞いてたけど実際に読む方が臨場感あるわ」
「クズって俺?」
グレイヴの問いかけにクロエは笑顔で即答する。
「そうよ。だって連絡もせずに外食、しかも大好物用意しても文句だけ。目が見えないのに紅茶の色や服の色の質問だなんて嫌がらせでしかないわよ」
「実際そうだった…」
「反省した?こんな男、お金も無ければ――いやあったとしても絶対玉の輿でも狙わないな、私なら」
グレイヴは持っていたハンカチで汗を拭っていた。クロエはさらに話を追加した。
「しかもこれによると、”カインは外部で内職をして個人的に購入した魔道具でインフラの整備をしていたけど、それをグレイヴがあたかも自分でやったかのように振舞った”って書かれてるわよ。もしかしてアポローンの上下水道や流通がおかしくなったのって…」
「完全に俺のせい…。そういや税の取り締まりも10年くらい前になくなったな」
クロエはグレイヴの絶望的な表情に微笑んでいた。
「転生者としての意見だと、あなたは微妙」
「微妙?」
「完全に自業自得ではあるけど心の奥底までクズじゃない。つまり変わるチャンスのある人物よ。前世の小説なんかでは大抵生きる意味や存在価値を無くすか国を滅ぼす、というか勝手に自滅するパターンが多かったけど、あなたは自分を見つめ直して変わろうとしている」
クロエは理解の及ばないグレイヴの顔から視線を変えて奥の方を見て明るくなった。
「スライム!」
「え?」
グレイヴは振り返ってみるとチェルルが2つのティーカップを持っていた。
「お茶できたよ~」
「私スライム触るの夢だったの!触ってもいい?」
「いいよ~。チェルルはチェルルだよ~。月影様の奥さんだよね?」
「クロエよ。よろしくね」
クロエはチェルルを撫でてすごくはしゃいでいた。この純真無垢の愛らしい姿にクロエは虜になっていた。そして撫でながら話を続けた。
「カインはね。昔から他人を信じないの。私だって同居始めてからしばらく警戒してたの」
「へ、へえ~」
そこでクロエは思い出したように手を叩いた。
「そうだ、カインの伝言!」
「あ、早く教えてくれ」
グレイヴもティーカップを置いて前のめりになる。クロエは素人なりに声を低くしてカインの真似をした。
「『俺はな、お前のとこで働いていたとき賃金が払われず内職していた。謎のネットサービスがあってな、そこでアルバイトをいくつかしていた』――だそうよ」
「嫌味じゃねぇか!」
「まあ、素直じゃないからね。それとグレイヴ君がカインを落とした崖ってもしかしてここ?」
クロエはマジホの地図アプリでグレイヴに崖を見せた。グレイヴはそれに目を丸くする。
「はい、確かにそこだ!なんでわかった?」
「なんでって、カインはリアーナの国境のアポローン側、そして崖の下に太くて流れの速い川があったのならこの場所かなって」
クロエは地図を移動させて「つ」の字に曲がった川を見せた。
「ここは重いサイボーグなら確実に打ち出される場所なの。リアーナ政府がよく巡回しているポイントで川があってアポローンが上流って絞っていったら崖もわかっちゃって」
「…あの、クロエさんってなんかの専門家?」
クロエは「言ってなかった?」という顔である卒業式の写真を見せた。
「私はリアーナ国立大学魔導機械工学科の卒業生よ。こう見えて首席合格、首席卒業だからね」
「え!?」
そのときだった。2人の背後の窓に何か小さなものがはりついた。
「ま、マグネ!」
グレイヴはボロボロのマグネを窓から中に入れる。勢いからして何かに飛ばされたようだ。
「ぐ、グレイヴ…」
マグネはかすれた声でグレイヴの顔を見る。
「ど、どうしたんだ!」
「襲撃者です。吸血鬼の青年が『勇者マサムネと会わせろ』と町で暴れてて…」
そこでマグネは力尽きた。クロエは真っ青な顔でチェルルを抱き寄せる。
「そんなに治安悪いの?ここ」
「襲撃者?ルートが心配だ。町に向かうぞ、チェルル!クロエさんはここで待っててください」
「あ、うん…」
こうしてグレイヴは町の方へ走り出した。仲間を奪われないためにも。
※この物語はフィクションです。




