第9話 不死の亡霊
アポローンの中央噴水広場、白いYシャツに赤いズボンのグレイヴが檻の前で行ったり来たりしていた。
そこに黒光りしたヘリコプターが上空から現れて1人の男が降りてきた。黒いロングコートを風になびかせる彼は――カインだった。
カインの様子にグレイヴはつばを飲み込む。
「…なんだよ、あれ。昼間と違うぞ…」
カインは無表情で彫刻のように美しい佇まいだ。だが、彼の周りだけぽっかりと穴の空いたようなオーラが満月の夜を暗くする。カインは1歩ずつ確実にグレイヴに歩み寄って距離を置いて立ち止まった。
やっとカインは口を開く。
「…お前、これはどういう意味なのかわかってるのか?」
冷や汗はあるがグレイヴは獣のように笑っている。
「一言目がそれか?こっちは人質がいるんだぞ!?」
「…要求は、加護か?」
「あぁ、そうだよ!」
カインは再び歩み寄り少し距離を詰める。その間に檻を観察していた。黒く反射しないそれの中にクロエたちが眠っている。
(…やはり、他者のものか)
カインは檻の魔力で全てを理解した。
「1つ聞かせろ。その檻はお前の魔法か?」
カインは檻を指さす。
「…これか?そ、そうだ!俺がやったんだ」
グレイヴの顔が引きつっている。カインはわずかに口を歪める。
「…そうか。俺も初めて見るんだ。それの詠唱とイメージコマンドを教えてくれ」
「は?」
カインはグレイヴの反応に噴き出した。
「…ふっ、アハハ!…おい、嘘は良くないぜ?詠唱はわかるだろうが、これは特殊でな。イメージを膨らませないとできない魔法なんだ。…お前にできるはずがない」
カインの最後の冷めた顔のセリフはグレイヴを怒らせた。
「…こ、この!俺を馬鹿にするなぁ!」
グレイヴは片手から黒い鎖を現した。カインはそれに目を丸くする。
「使える魔法は簡単な変身魔法だけじゃなかったのか!?」
魔法の鎖はカインの胴体と両手両足を拘束した――はずだった。
「は?なんでだよ…。」
瞬きの後に鎖はカインの衣服に絡みついていた。その後、――
――ガン!
背後で金属音がした。グレイヴが振り返るとそこには檻の上であぐらをかいているカインがいた。カインは身体のラインの見える黒いインナーを着ていて、二の腕の半分まで隠す長い黒い手袋、足をすっぽり隠すタイツでヒール付きのブーツを履いている。スパイ映画の主人公のようだ。
「…人質は返させてもらったぞ」
「なんだよ、その格好?」
「…これは俺の戦闘服だ」
カインは片手を高く挙げて指を鳴らした。
――バサッ…
世闇に小さな黒い球が現れて布となった。やがてその暗幕が檻をカインごと包んだ。しかし、――
「…な、なんだ?」
暗幕は檻の形しか縁どらない。あるはずの人型がなかった。
「…に、逃げても無駄だぞ!」
グレイヴが暗幕を外すと檻の中にはカインがいた。背後ではヘリコプターが空へと消えていく。カインが頬杖をついてグレイヴを見つめる。
「相変わらずだな。お前は目の前の1点しか見ていない。だからこんな簡単な手品の真似事にも気づけないんだ」
「だ、黙れ!」
グレイヴは檻の鉄柱を蹴る。
――ガンッ!
「…っ、い、イッタ!」
グレイヴは足を抱えて転がり込む。それを呆れて見るのはカインだ。
「何やってるんだ…」
カインは鉄柱を握ると檻は鈍い金属音と共に崩れ落ちた。溶接部分が全て外れたのだ。カインはその後ゆっくり倒れこむグレイヴに近づき、しゃがみ込む。その目はとても上品で美しかった。
「この世には”力”で統治する道理がある。お前は”血縁の力”で、俺を従わせようとした」
「…」
カインの手によりグレイヴは金縛りにあってしまい、動くことができない。体をよじることも悲鳴を上げることもできなくなった。カインは続ける。
「俺はかつてアポローンの一部の土地の小さな村で、恩人でもある村長に言われたんだ。『不老不死であるあなたにこの土地を永遠に守ってほしい』とな。」
カインはその場に座り込み月を見上げる。
「ちょうどこういう満月だったか?マサムネに村と恩師の命を奪われたのは。」
その一言はグレイヴに首を絞められるような感覚を与える。だが、喋れない。
「お前が崖に俺を落としたとき、目が覚めた。”村がないなら、こんな国に執着する必要はない”。そうわかった」
カインはグレイヴに目をやった。その瞳は真っ黒だった。
「…今の俺が、お前に対する感情…何だと思うか?」
グレイヴはわかっていた。でも喋れない。息をするのも辛い。
「…”復讐心”だ」
カインはグレイヴの胸倉を掴んで持ち上げた。グレイヴは金縛りが解けたが、暴れるのも怖くてできなかった。
「じ、ジル…」
「その名前で俺を呼ぶな。俺は、――カイン・月影。悲嘆に暮れる不死の亡霊だ」
カインは呼吸が荒かった。その息は白い。
――美しい男性の皮を被った、恐ろしい獣が夜の荒れ地に立っていた。
※この物語はフィクションです。




