第10話 剣よりも冷たく強い力
夜のアポローンの白い満月が雲に覆われる。その噴水広場ではグレイヴの胸ぐらを掴んだままのカインがいた。カインは温度のない声を出す。青白く光った目で。
「俺は言ったよな?『これがどういう意味かわかってるか?』と」
その冷え切った空気はグレイヴの喉を塞ぐ。
「…そ、それは」
カインはそれを遮る。逃げ道を徐々に塞いでいくように。
「わからないだろ?これはリアーナからアポローンへの信頼を消す行為だ。俺は国とも繋がっているからな。もしも俺がいたらさらっていたとも推測がたつだろ?」
カインの口は止まらない。
「お前、10年ほど前からスカーフやハンカチが急に手に入らなくなっただろ?」
「な、なんでそれを!?」
グレイヴは思わずふさがった喉をこじ開ける。カインは不気味に微笑む。
「…俺がやったんだよ」
「?」
カインの瞳は黄金色にやや赤みがかった色になる。
「皿は片づけない、勉強も仕事も雑、さらには使用人に愛の証を差し出してその使用人ごと踏みつけた。他にも食い方が汚い、風呂は月に1度入るか否か、誰でもできる魔導インフラの整備もしない、剣を持っているのに振っているところは見たことない。節約しろと言っても平気で散財する。これをジルの頃日記に細かくまとめてな。社交界である貴族の荷物に紛れ込ませた。」
グレイヴの顔は赤くなる。カインから告げられたのは「絶対結婚したくない男の特徴」だ。
「人は自分が不快に感じる情報を伝える性質がある。その日記は他の貴族たちに伝言ゲームのように渡されている」
グレイヴは酷く暴れた。
「…や、やめろ。このままじゃ…」
「おいおい、暴れるな。落とすぞ。…残念だが無理だ。俺にも日記の場所はわからないからな。これで一生独身だな。ご愁傷様」
「…なっ!?」
カインの放った”一生独身”という言葉はグレイヴを狸に戻した。カインはそっと地面にグレイヴを降ろす。瞳は黒くなっている。
「もうわかっただろ。このままだとアポローンもお前の将来も危うい」
グレイヴの足元はぐっしょり濡れている。それをカインは――
――優しく撫でた。
「へ?」
「言っただろ。『この世には”力”で統治する道理がある』と」
カインは穏やか笑ってグレイヴを見る。
「だから俺は”情報の力”で復讐した。そして、そこから這い上がるべきじゃないのか?」
カインはグレイヴの前に1つの黒い紐のついた鈴を置いた。
「…こ、これは?」
「”魔読鈴”、それは魔獣のもとへ導く。そいつらを倒せ。これは貴族の――いや英雄の権利だ。義務じゃない。やるかやらないかはお前が選べ」
カインは立ち上がってグレイヴに背を向ける。そのまま離れて振り向かずに呟く。
「本当に救いたいんなら、態度で示せ。…考えてやる」
最後に小さく、言った。
「…使用人のとき、お前といて幸福だと思っていた。」
そのあと、カインは暴風と共に姿を消した。
グレイヴは人型に戻り鈴の紐を持つと、わずかに傾いていた。その涙は月光を受けて輝いていた。
※この物語はフィクションです。




