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第11話 決断と決別

 噴水広場から転移魔法でリアーナの病院に来ていたカインはクロエと合流した。幸い怪我はなく眠らされていただけだとわかった。待合室でクロエはカインにもたれかかりカインはそれを優しく受け止めた。


「…そう。私偽物も見抜けないだなんて、妻失格ね」


 クロエは全てをカインから聞くと視線を落とした。


「別にいい。それよりも鍋に火をかけたままの方が問題だろ」

「それは…ごめんなさい」


 クロエは視線を落とす。一方でカインは檻の魔力の気配を思い返していた。


(…あの魔力は、まさかとは思うが――)


 その気配の感覚はカインの胸を締め付ける。しかし、沈黙が気まずくなったのでクロエに話題を出した。


「俺、使用人というよりも世話係でな」

「え?」


 突然話題が変わってクロエは起きる。


「ちょうどあいつがティアたちと同じくらいだったか?そのくらいで雇われて、いつも留守にしてる親の代わりに世話をしていた。別れたのは…15歳くらいだな」


 カインは重いため息をついて全身の力を抜くように喋る。


「初めはガキのことだと思っていた。だが、成長しても心は成長しない。学校でマナーや貴族の嗜みのイロハくらいアポローンでも教わる。それなのに…」


 カインは両手に力を入れる。


「食事中は物音たてる。口は閉じない。他にも泥だらけの靴を拭こうともしない。使わない部屋の魔導灯はつけたまま。料理は褒めず小言ばかり。掃除しても目の前ですぐに汚す。――言い出せば結構不満でな」


 カインは顔を下にして深いため息をつく。


(…なんか、同居して愛想の尽きた彼女みたいな文句ね)


 クロエはカインの発言に眉をピクリとさせる。同時に「自分はカインの妻で良かった」と心から思った。


「貴族社会って怖いわね」

「本当だな。風の噂だが、『日記を書いたのはかつてのグレイヴの婚約者だ』という話になってるそうだぞ。日記には名前は書かないで天照寺家の紋章だけあるんだが…。誰がそんなデマを」

「まぁ、どうでもいいでしょ?リアーナには貴族いないけど、私も刺繡したハンカチ渡したし。」


 クロエの笑顔はカインの心を晴れやかにした。同時にズボンのポケットからハンカチを取り出す。あのとき脱いだ服は転移魔法のとき同時に回収して着替えたのだ。


「これだろ?結婚1周年の」

「そう、それ!私の刺繡したムスカリの花言葉は…」

「『寛大な愛』『明るい未来』『何も言わなくても通じ合う心』だ」

「…下手だけど、通じ合えた」


 クロエの頬は赤くなる。そしてカインはもう1枚スカーフを出した。


「当然だ。これはあいつのハンカチだ。花言葉わかるか?」


 クロエはスカーフの整った黄色の花をじっくり観察する。その後、すぐに目を丸くした。


「黄色いガーベラ…。『究極の愛』!?これは本命ね」

「…だろ?転生者のお前でもその反応だ。これを俺に差し出して踏んだ。もったいないよな」


 クロエはそれに苦笑する。カインも少し笑った。2人が話し合っているとカインのマジホに着信音。


「…すまん。グレイヴからだ」


 カインは席を離れて外の風に吹かれて電話に出た。電話番号のことを聞きたかったが、やめることにした。


「…考えは決まったのか?」


 少しの沈黙。


「おう、俺はこの鈴で、魔獣を倒す。アポローンを再現する」

「…それを言うなら、”再生”だ」


 グレイヴのその言葉には偽りはなかった。決意と覚悟が電話を通してカインに伝わる。


「…俺は不老不死だ。今のままではお前との思い出が風化しても何とも思わない。」


 カインは冷静な声で語りかける。


「…だから、俺に助け舟を出すならその意思と悪あがきを見せろ。」


 グレイヴの「…う、うぅ」という声にカインは笑みを浮かべる。


「あぁ、必ずお前の承諾を得てやる!印鑑準備しとけよ!?」

「…全く、もっと自力でやろうと思え」


 カインはそのときグレイヴと久しぶりに笑った。その喜びは20年前とは違っていた。そしてカインは思い出す。


「聞きたいんだが」

「…ん?」

「あの檻をどうやって手に入れた?」

「あぁ、あれはな…」


 ――ピュルルル…


 カインの冷却装置の音が聞こえて鼓動も速くなる。


「あれは気づいたら庭にあってな。手紙と一緒だったんだ」

「手紙?内容を一言一句余さず伝えろ」


 カインは声が少し大きくなった。自分の機械の鼓動が激しく速くなる。


「えっと、『これを使ってくれ。そうすれば望みは叶う。D7(ディー・セブン)より』だ」

(やはり、あいつか…)


 カインはその"D7"という言葉に目を細める。同時に彼の脳裏には1人の男の後ろ姿がよぎった。その記憶はカインを歯ぎしりさせる。


「…わかった。感謝する」


 そういうとカインは電話を切ろうとした――が


「待ってくれ!」


 グレイヴは強く止めた。カインは呆れる。


「…なんだ。俺明日も仕事なんだ。冒険には付き合えないぞ」

「…ち、違う。俺さ、弟がいたんだ。生まれてすぐ死んだけど…」


 カインはため息をついて投げやり気味に答える。


「”他人”のお前の身の上話なんか興味がない。」

「まぁ聞けよ。俺、寂しくて。だから使用人に――お前に弟の名前をつけたんだ」

「じゃあ、本当の弟に対しても蔑むつもりだったのか?」


 カインは煽りを入れる。


「きっとそうだよな…。」

「否定しないのか?お前らしくない」


 カインは鼓動が一定のリズムを刻み始めると、ゆっくり語り掛けた。


「その鈴は、有害な魔獣の魔力に反応してその方向に傾く。その後、どうするかは――お前が決めろ」

「…」


 グレイヴは黙ったままだ。向こうで激しくうなづいているのがなんとなくカインは察し、わずかに微笑む。


(相変わらずだな…)


「あと、お前の剣錆びれて刃こぼれしていたから帰るときに時魔法で新品にしておいた」

「…え?待ってくれ、今確認する!」


 グレイヴはマジホを顔と肩で挟んで腰の剣を抜いた。剣は月光を受けて冷たい銀色の輝きを放っている。グレイヴは少し振ってみた。体が前のめりになって片足でバランスをとる。


「これ、なんかバフとかないのか?」


 グレイヴは期待を込めてカインに尋ねる。一方でカインは首を傾げる。


「”バフ”とは…何だ?」


 カインは見た目は若者だが、実年齢は3桁だ。少し流行や現代の言葉に疎いところがある。実はマジホも慣れていない。グレイヴは少し噴き出した。


「…ぶ!お前本当に爺さんなんだな!」

「失礼だな…。だから婚約途絶えるんだぞ?」

「…ぐっ」


 グレイヴは傷に塩を塗られて肩が跳ねた。すぐに咳払いをする。


「その、”バフ”は――この装備持つとスピードが速くなるとか、炎系が強いとか、そういうのだよ…。」


 グレイヴは頬を赤くして、頑張って説明した。カインは納得した。


「”小規模型加護魔法”のことか?――ない」

「お前もう少し優しく言えよ!」


 カインの冷たい発言がグレイヴの胸に刺さる。


「事実は事実だろ?」

「…正論だ。言い返せねぇ」


 カインの冷静な判断にはグレイヴは頭が上がらない。そんななかカインは話す。


「…続けていいか?…お前は自由だ。仲間を得てもいい。そのバフとやらもだ」


 グレイヴは半泣きでカインに問い返す。


「仲間ってそんな金――」

「世の中金じゃない」


 カインのはっきりしたその声は”世界を代表する皇帝”のようだった。


「お前は気づいてないようだが、アポローンは魔獣が多く、あらゆる旅人が修行で訪れている。そいつらからお前が好きな――仲間にしたい奴を選べ。」


 カインは穏やかに微笑む。


「アポローンは、お前が救うんだろ?」


 カインのその言葉は温かく、グレイヴを笑顔にさせる。グレイヴは窓の月を見上げてはっきりと答えた。


「…あぁ、俺は――アポローンの英雄になる」


 *****

 こうして、かつてチート能力で無理に自分の理想郷(ユートピア)を生み出した転生者の子孫は、元使用人(魔王)にことごとく”ざまぁ”を受けた。しかし、その男――グレイヴ・天照寺は持ち前の鋼のメンタルで冒険をする決意をした。あいにく、その使用人――カイン・月影は暗い過去により決別を決めたが、グレイヴはこの後それ以上のものを得ることになる。


 ――”D7”


 これが何を意味するのか…。


 ◇◇◇◇◇

 箱入り狸の没落貴族、グレイヴの冒険はこの夜、魔王の手により始まった――。

※この物語はフィクションです。

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