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第8話 月の魔の手

 カインはリアーナで税関検査を受けていた。資料が無くなり、ほとんど空のバッグが丁寧に調べられていく。


「…勝利は何度も経験しているが、今回は――ふっ」


 優越感が彼に笑みをこぼさせる。魔法も攻撃もしないこの勝利は、カインが経験したことのない幸福を誘った。


 自宅に向かう途中、カインは妙な魔力の流れを感じ取った。悪寒に近いそれはカインの胸騒ぎを誘う。


「…ケーキでも買おう」


 カインは近くのケーキ屋でケーキを人数分買って視界に映る我が家に歩んでいった。


 自宅に到着してドアに鍵をさして回した。しかし、軽かった。


(…開いてる?)


 予感を感じたカインは左手を機械音を立てて変形させてマシンガンにして構えた。魔法弾も仕込んである。ドアをゆっくり開けて見ると中は夕日に照らされていてベランダの窓が開いている。レースカーテンの揺らめくその姿は部屋の静けさを引き立てていた。


 ――部屋には誰もいなかった


 キッチンにはつけっぱなしのコンロがあったのでカインは慌てて止める。ケーキを冷蔵庫にしまい、2つの子供部屋に向かうと投げ出した幼稚園のバッグがあった。


(…これは)


 わずかに感じた魔力の流れ。これはクロエや子供たちに使えるような代物ではない。何か大魔法だ。


「…白紙の(シミュレーション)真相(・アイ)


 カインは特に魔法が濃いリビングで詠唱した。彼の瞳は燃えるような赤に変わる。これは魔法の痕跡やわずかな物のずれや配置から状況を再現して脳内に映し出す、機械義眼を持つ魔王のカインだからこそできる技だ。


 *****

 ――読み取れた状況はこうだ。


 クロエがティアとノアを連れて帰宅した。しかし、クロエが夕飯の支度をしているとインターホンが鳴り、クロエは出た。ドジなので鍋に火をかけたまま…。


『クロエ、鍵を忘れたから入れてくれないか?』


 そこにはカインがいた。しかし、そのときまだ日は高く、その頃カインはアポローンでグレイヴに会っていた。つまり、このカインは…。


 そうとも知らないクロエは開けて中に入れた。すると、カインが真っ黒の人型の”ナニカ”になって部屋全体を覆い、檻になってクロエと子供たちを閉じ込めた。そのまま窓が自然と開いてどこかに魔法でワープした。


 *****

「これは巧妙なトラップ魔法だ。クロエの怪力でも壊せるわけがない」


 黒い目に戻しカインは家族を探すため転移魔法の使用されたベランダに向かおうとしたそのとき――


 カインのマジホが鳴った。


(…電話か?まさか…)


 開くと仕事の連絡だった。明日の会議の1つが中止になったというものだ。


「…チッ!」


 カインは舌打ちしてマジホのスケジュールを組みなおしていると、今度はメールが来た。


「今度はなんだ?」


 カインはマシンガンを戻してメールを開く。


 ――グレイヴからだった


(…なぜ俺のメールアドレスを?)


 カインは目を細める。しかし、その目はすぐに見開かれていた。


『お前の家族は預かった。返してほしかったらアポローンの中央噴水広場に来い』


 完全に脅迫メールだ。しかし、カインの胸の奥には靄が残ったままだ。


「グレイヴの魔力であの魔法は無理だ。それに魔法の気配が明らかに違う」


 歩くと足跡がつき、物を触れると指紋が残るように魔法にも使用すると残る気配がある。それは特別な装置が必要だが、カインの特注の機械義眼でも読める。昼間のグレイヴの気配と部屋に残された気配は全く異なる。だいたいかなり上級者向けなのでグレイヴには不可能だ。


「この気配、まさか、な…」


 カインは気配に腕を組んだ。その目は細められている。しかし、それよりもクロエたちの心配をすることにした。クロエのマジホはリビングにある。子供たちは幼稚園児なので持っていない。


「…こっちも穏便にはしない」


 カインはマジホを閉じて液晶マスクをつける。


 ――『CALL』


 緑の文字が液晶マスクに浮かび上がる。カインはその場で電話をした。相手は月影商会の所有するヘリポート。


「俺だ。カイン・月影だ。突然で悪いがヘリを出してくれ。俺も乗るから重量は余裕持っておけ。向こうで女性1人と子供2人乗せる」


 カインは短く要点だけを述べる。


『…それって奥様とお子さんでは――』

「ん?何か言ったか?詳しくは言えんがヘリを出せ。コピー?」

『…ア、アイコピー』


 カインは電話を切って自室でダークグレーのシャツに黒いズボンに着替えてスニーカーを履いて自宅を出た。すぐに空中を飛んで月影商会の屋上のヘリポートに向かうと既に月光に反射して青白く輝く黒いヘリコプターがあった。側面には月とヒガンバナがイメージの銀色の紋章が入っている。


 カインの脳裏には一瞬で火の海と化した村の光景が蘇る。


「…ぐ、くぅ」


 カインの胸が締め付けられる。その架空の痛みがカインの心に鞭を打つ。


「…待ってろ」


 ヘリコプターに乗り込むと中にあった黒いロングコートに袖を通して操縦士に指示を出す。


「まず、向こうで俺の妻と娘たちを乗せる。乗ったらすぐにリアーナの病院へ行け」


 操縦士の肩が跳ねる。


「…し、しかし、月影様は…?」


 たじろぐ操縦士の言葉にカインは即答する。


「俺のことはいい。俺はしばらく交渉して事をおさめる。」


 カインの声に緊張感が含まれる。


「…いいか?これは国家問題だ。国家資金や魔導インフラの主軸である俺の家族に手を出したのだからな。この件は放っておけば、最悪血を見ることになる。公になる前に火の始末をするぞ」


「アイコピー!」


 ヘリコプターのドアが閉まってリアーナの夜空に浮かび上がる。


(…俺は、もう傍観者には、…ならない)


 いつものことだが表情に変化はなかった。しかし、カインのその黒い瞳にはわずかな青白い光が差し込んでいた。

※この物語はフィクションです。

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