第7話 盲目の使用人ジル
――20年前
グレイヴが幼い頃、サイボーグを1人、使用人として雇った。その名前は剝奪されていたが、天照寺家は「ジル」と呼ぶことにした。
そのサイボーグは家事や防衛には長けているが、機械義眼を持たず常に杖を持ち歩いていた。
「…なぁ、ジルは目が見えないだろ?これやるよ」
グレイヴは一枚のスカーフをジルにスイカ割りの布のように縛る。ジルはスカーフに触れる。
「これは、花の刺繡でございますか?グレイヴ様」
ジルは丁寧で優しい口調でグレイヴに尋ねる。
「これ、いっぱいくれるんだ!」
ジルはそのまま黙って会釈した。
両親が普段海外にいるのでグレイヴとジルはアポローンで過ごしていた。仲は悪くなく喧嘩もしたことがない。その様子は本当の家族のようだった…。
ある日、グレイヴは聞いたことがある。
「ジルの杖って、音が変わってるな。鈴みたいって言うか」
「これは盲目者用の杖で音が鳴るようになっているのです。これなら杖が手から離れても場所を音で知られるのです。」
スカーフ越しでもわかるほどの優しい笑顔はどこか儚げだった。
◇◇◇◇◇
――現在
アポローンの天照寺邸でカインは視線で目の前のグレイヴを射抜く。
「…わかるよな?あ?」
威圧的な態度はカインの黒い瞳と合わさり、顔に陰を落とす。しかし――
「…お前も、見えなかったのか?」
この馬鹿には通じなかった。グレイヴはきょとんとしている。
(…気づけよ)
カインの両手に力が入る。ギシギシと金属の擦れる音が静かな部屋に響く。
「…」
今度はスーツの胸ポケットから白い何かを取り出してテーブルに置いた。
「…それって」
グレイヴも血の気が引いた。カインが置いたのは、黄色いガーベラの刺繡の入ったスカーフだった。カインは真っ青な顔で黙り込むグレイヴに真っすぐ向き直る。その顔には黒い何かがあった。
(この馬鹿には、直球がいいな。)
「…そうだ。ジルは俺だ。俺は20年前に潜入捜査のためサイボーグ化手術を受けた。」
グレイヴの体はわずかに震えている。
「…せ、潜入捜査?」
カインは鋭い目でにらみ続ける。静かで色気のある彼の声に徐々に力がこもる。
「あぁ、『アポローンを保護すべきかどうか』、アポローンに最も縁の深いこの俺が勝手にやった。俺は”役者”だからな。盲目にしたのはサイボーグのメンテナンス代の大部分を減らせて選ばれやすいと思ったからだ」
――キュイーン
カインの冷却装置の音がグレイヴの耳をさす。彼の顔に恐怖はなかった。
「それなら、家族の吉見でなんとかしろよ」
グレイヴの言葉にカインは嘲笑う。
「…はっ!馬鹿だなお前。お前は俺を盲目だからと虐待してただろ?」
「…ぐっ!」
そう。グレイヴは学校に通うようになると、盲目のジルに杖を持たせずかくれんぼの鬼を強要したり、魔法で地面を凍らせて転ばせたりなどして、それで困るジルを笑い者にしていた。さらには給料が支払われなかったり、食事が用意されなかったりと一家全体でもジルは蔑ろにされていた。
それを思い出したグレイヴの喉が詰まる。胸の奥で何か悪いものがこみ上げる感覚がした。カインは感情のこもっていない目をしていた。その瞳は黄金色になっていた。これはカインの”怒り”だ。
「…お前は、7歳のとき俺を谷底に落とした。『手袋を拾ってくれ』と言って俺を崖に案内して、そのまま俺は…」
その言葉はグレイヴの背筋を凍らせる。一方でカインは崖での体の浮いた感覚と途中の岩や木にぶつかる感覚を思い出していた。
「…あ、あれは――」
「いいんだ。あれで確信した。『アポローンの崩壊を見届けよう』とな。あの後、俺は候補にあったリアーナの魔導結界師となった。声は変えず顔を変えてな。それから投資もして、経済力で俺は成り上がった。」
――ポン!
グレイヴは狸に戻ってソファに倒れた。こうしてカインの究極の手札、”奥義・黒歴史”は彼に軍配を上げさせた。カインは立ち上がって液晶マスクを外す。瞳は黒に戻っている。
「俺は帰らせてもらう。暇じゃないからな。」
倒れたグレイヴを背に出口のドアに向かうと、カインは振り返る。
「おっと、忘れ物だ。せっかくの”愛の証”だって言うのに…」
テーブルの上のスカーフが浮かび上がりカインはそれを受け止める。グレイヴは号泣している。
「花の刺繡の入った白いスカーフを贈るのは令嬢が婚約を申し出る貴族の嗜みだ。それを使用人に渡すのは、ラブレターで折り紙するようなものだ。…あ、わからねぇか。」
部屋のドアを閉める前にカインは顔だけ部屋の中に出してトドメを刺した。
「ちなみに黄色のガーベラの花言葉は『究極の愛』。これは本気だったな」
スカーフを鞄にしまってドアを閉めた。
カインが立ち去ったあとのグレイヴの目には熱い何かがあった。
※この物語はフィクションです。




