第83話 カジノルーム
――話は少し遡る。グレイヴたちがキッズステーションに向かうことを知る前、カインはある人物を見つけた。
(あの男、ニット帽と眼鏡で顔を隠しているが…あの歩き方の癖、ディエゴか?)
カインはモップを肩に担いで近づこうとしたが、壁に青い眼球が浮かび上がるのを確認して立ち止まる。
(これは、百目鬼の力…。仲間に気づかれたか)
カインはこのときグレイヴの冒険仲間のことがよぎったが、確信には至らなかった。わかったことは「百目鬼かその能力を持つ洗脳者が船内にいる」という事実のみ。憶測をしないのがカインなのだ。
しかし、目つきからして、カインの変装は見破られたようだ。
カインは前後に動いて目が明らかに追っているのを確認する。
(――よし、プラン変更)
カインは掃除用具の壁掃除用のスプレーを目に噴射して目くらましさせた。目が力強く閉じられるとカインはトイレに逃げ込んだ。そしてトイレから1人の男が出てきた。
男は茶髪で透けたサングラス、そして高級感のある薄いベージュのベストに橙色のYシャツを袖をまくって指輪やピアス、色とりどりの宝石のアクセサリーを身につけている。
――しかし、その正体はカインだった。
(――まさかダミーの顧客情報がこれだけ生き残るとはな…。おっと、歩きにくいな)
カインは床のわずかな出っ張りにつまづいて踏みとどまる。慣れないサングラスのせいで見えにくいのだ。
(サングラスに適応した義眼にすべきだったか…)
この軽そうな外見が幸いしてカジノルームに目立たず入ることに成功した。ディエゴが座ったテーブルを壁で知人と待ち合わせするフリをしながら監視する。
(武器は――扇子のみ。右足首のズボンにナイフを隠し持っているな…)
そこにボーイがカクテルを複数載せた銀色のお盆を持ってカインの前に止まる。
「お1ついかがですか?」
カインはサングラス越しに琥珀色のそれを見る。
(これはガラスじゃないな…。アクリル製か、そうじゃないとこんな細い男が片手で持ち上げられるはずがない。男はサイボーグでも洗脳者でもないか…)
長考しかけたが不審に思われると注目されてしまう。カインは声を明るいものに変えてグラスを受け取った。
「あっ、ども」
声はカインとはまるで別人で外見によく合っていたのでボーイは顔を曇らせることもなく立ち去った。それと同時にディエゴはルーレットの席に座る。ディーラー待ちのようだ。
カインはグラスを揺らしてカクテルを天井の照明に軽くかざす。
(沈殿は…ないな。妙な濁りもない。魔法薬はないか)
やっとそこで1口含む。その刹那に先ほどのアルセーヌの行動を伝えるグレイヴのテレパシーを受ける。そして移動を開始し今度はルーレットの近くのスタッフルームの前に行き、壁をすり抜けた。そして中でシフト表と顔写真を暗記すると着替えていたディーラーを電撃で気絶させ、代わりにそのディーラーに化けてルーレットに向かった。
(…すまないが、姿を借りる)
カインはロッカーに押し込めた本物を確認して部屋を後にした。ディーラーは中性的な女性で背もカインより小さかったがカインは全く同じに化けてみせた。
「お待たせしました。これより回して参ります。参加者はどうぞお座りください」
声もディーラーに合わせて準備を進めた。テーブルにディエゴがいるのを確認して。ゲームはしばらく続いた。
(俺は長年の間両手両足では数え切れないほどの豊富な経験を重ねているんだ)
カインは慣れた手つきで進行を続けて会話も続ける。少し温まってきた頃合いを狙った。
「おや、あなた様はあまり賭けないのですね」
黙ったまま睨み続けるディエゴに話を持って行った。ずっと観察を続けて他の客が一気に彼に注目する話題とタイミングを計算していたのだ。ディエゴは小さく口を開く。
「…いや僕はこういう賭けにハラハラしないんで」
(標準語で話せるのか…)
このときカインはディエゴの方言なしの喋りを初めて知った。隣の客が話し出す。
「おいおい、そんな数枚じゃ損も得もないぞ?兄ちゃんだって困ってるじゃねぇか」
「…私は女ですよ、お客様」
「おっと、すまねぇ…」
カインは笑顔で少しずつ話を膨らませていく。ディエゴは目をこちらに向けたがカインは微動だにしない。
「まぁ、面白さも大事ですよね。こういう派手な場には」
目を細めたのをカインは見逃さなかった。
(”面白さ”?”派手な場”?どれもウラヌスの隠語じゃないか…。えっと確か――)
カインは100年前の記憶を探る。そして解読した。
(面白さは”大量の屍”。派手な場は――”爆発物”!まさか船内に…)
悪い予感を察知したカインは船内に設置した紙狐を操作すると壁や床、物置、さらには装飾品にまで無数の爆弾が仕掛けられていることに気づいた。そして、もう1つ気づいたのは――
(…こいつは、もう俺がウラヌスの関係者だとわかっている)
わざわざ暗号を話したのだ。ルーレットの音がカインの胸を突き刺す。うるさいはずなのに静けさがただ怖かった。しかし幸運にも紙狐は自分の手足、爆弾も簡易で仕組みは過去のものだったので解体なら紙狐でもできる。そして最終ラウンドだ。
「今回はこちらで最後になります。どうぞ、ご自分の直感で賭けてください!」
すると、ディエゴは手持ちを全て賭けた。周囲は騒ぎ出す。
「ちょ、賭けすぎだろ!?帰りの交通費は取っといてるよな?」
「…いえ」
「随分と極端だね?あ、でもアタシらも悪いか」
カインはこのゲームのやり取りでこの男の心中はわかっていた。
【無駄な動きをしない。そして最後の最後で全て出し切って頂く。それが僕らのやり方】
(あいつらしい…)
カインは微笑んでルーレットを回すと、ディエゴの数字にピタリと止まりテーブル客は騒然とした。ディエゴは簡単に数字を当てて何倍もの金貨を手に入れたのだ。イカサマだなんだと騒いだ奴らはガタイのいい人物に引きずられて部屋の外に出された。カインはディエゴと2人きりになったタイミングで話しかけようとしたが――
「お見事です、お客様――」
「カインはんやろ?君」
カインは目を細めた。
(まさかそこまでとはな…)
隠さず声だけ元に戻す。
「どうして俺だと?」
ディエゴはクククと笑う。
「船内の情報を調べたんや。でも君のように全員の情報を細かくは覚えられへんから、君のお兄さんの部下を使って1番人の少ないカジノルームに誘い出したんよ」
「…はめたのか。だが、ディーラーになるのは予想外だったようだな」
(決してあいつは俺の兄ではないが…)
ディエゴはオーバーに驚く。
「どないしてそこまで!?」
「お前わかりやすいんだよ。ポーカーフェイスの練習をして俺をうならせてくれ」
ディエゴは目をそらして変装を取る。
「だって男みたいな女とはいえ女性だし?化けるのは嫌やないかと思うて…」
「現役時代、俺は老若男女化けてたぞ」
「…ギクッ!」
カインは睨み続ける。ルーレットは個室になっていて防音もバッチリ。ここで話し合っても証言は得られない。もう少し探りを入れる。
「さっき、壁に百目鬼の目があったぞ。まさか、グ――アホ狸の仲間を使ったのか。どこまでも卑怯な奴だな、お前は」
絶対にカインはディエゴの前でグレイヴの名前を言いたくなかった。ディエゴは笑顔を絶やさない。
「そうや、彼は頭脳も優秀で船の情報も瞬時に洗い出してもらったんや。でも残り2人はカスやったな」
「…!」
カインは思わず口を開きかけたが、やめた。
(…俺の関わっていい範囲じゃない)
カインは少し考えた。前回のように罠にはまれば今度は誰も助けられない。それに向こうも何かしら変更しているはず。
「なあ、お前の計画は…これで合ってるか?」
カインは片手の親指と人差し指で円を作った。ディエゴはうなづく。
「ようわかったなぁ」
「そうだな。お前がデータゼロのドローンを囮にし、アホ狸をイカれた仲間に会わせて翻弄した辺りからわかった。憶測だがな」
カインは胸ポケットのリップを取り出してゆっくり後ろに下がる。その緊張感のある空気の中、グレイヴからテレパシーが来た。本人の意思とは無関係の警報の。
(早く終わらせてくれ…。集中できない)
ルートに追いかけられていることをカインは軽く説明して相手から切れたので安堵する。
(はぁ…世話が焼けるな)
気を取り直してカインはディエゴに目を向ける。少しでもそらせば相手はどう動くかわからない。見ることで相手を縛り付ける作戦だ。ディエゴの目から涙が1粒落ちる。
(瞬きもできないのか…俺は義眼だが)
カインは話をする。
「目、辛そうだな。目薬あるぞ」
「そないなこと言うて、ほんまは催涙か毒使うんやろ?うぅ、恐ろしいわぁ…」
カインは内心舌打ちする。ズボンのポケットの特殊な目薬を思い出しながら。
(…こういう勘だけは鋭いんだよな)
その瞬間、ディエゴは蜘蛛足でナイフを取り出そうとした。しかし、その前に足ごとカインは手首の関節から覗かれた小さな銃口から白いものを出して止めた。
「…なっ!」
接着剤だった。がっちり張り付いて足を動かすこともできない。
「さぁ…反撃の開始だ」
カインは瞳を見開いてそこに宿る線香花火のような燃える炎を見せつけた。
※この物語はフィクションです。




