第81話 転生者あるある
トークショーはしばらく進み、クラウスは懐中時計を確認する。
「…そろそろね。あと3分ってところかしら」
カインは電撃を感じて一瞬目を見開く。
「それでは、そろそろアレゴール婚約記念の宴が披露されるとのことなので私はこれで――」
カインが優雅にお辞儀をすると、白い煙になって消えていった。その神秘的な光景にその場の誰もが息を飲んだ。グレイヴも同じだ。
「すごいな。カインは…」
「当たり前よ。彼は役者だから」
すると、ステージのちょうど反対側の大きな階段の踊り場で男女がいた。格好からして貴族だろう。カメラやマスコミたちの視線も一気にそっちを向く。
クラウスはグレイヴに説明した。
「あれはね、アレゴールの王族で第1王子。名前なんて覚えなくていいわ」
「?」
その王子は声を高らかとあげる。
「…ジュリアよ。貴様のような女との婚約はここで破棄する!」
クラウスは「よっしゃー!」と「やはりそうなったか」の両方を言いたげな笑みを浮かべる。
「これこそ転生者あるあるその1、”大きな披露宴で婚約破棄”よ」
「えっ?これが!?」
グレイヴとクラウスは近くの階段から降りて人混みに紛れて様子を伺うことにした。
婚約破棄の話は続く。
「貴様は俺の顔を見るたびに文句ばかり…。だがこの女は俺を大事に思ってくれた。愛想のないお前が怖いのだ!」
(は?どういうこと…)
状況の飲み込めないグレイヴにクラウスは囁いた。
「彼はね、とんでもない浮気癖の男でね。元々他国で捨てられた貴族だったんだけど、婚約が破断になったの。知ってると思うわよ?”メアリー・天照寺”って…」
それを聞いてグレイヴの背筋が震える。
「つまり、あいつは姉ちゃんの…」
「…元婚約者よ。浮気癖のことが悪魔の力でネットで拡散されて貴族どころか国としての立場も悪くなったの。それを価値のわからない、とーっても優しいアレゴールの王族がね。拾ったの。子供できなかったし」
それを聞いてグレイヴは全て理解した。この男は自分の姉を追い詰めて悪魔と結婚させて自分の姉じゃなくした――家族を消した男。メラメラと心の奥底から炎が湧き上がる。
しかし、このジュリアという女は折れていない。
「…あの1つお聞きしてもよろしいでしょうか」
あまりにも平気そうな顔だったので王子は舌打ちする。
「なんだ?この期に及んで謝罪か?」
もちろんそうではない。それどころか、もっと意外だった。
「あなた、私と面識ありませんよね?」
…空気が、凍った。クラウスも固まっている。
「知らなかったのかよ!?」
「いや、私はただのカフェの経営者だから、社交界については…」
ひそひそと2人は話している。ちなみにこれはダクトで待機中のチェルルたちも聞いて、同じように固まっていた。
王子は焦っている。
「何を言う!この男は、ジュリアという女と結婚して金をふんだくられるんだぞ!よってお前とは別れる!」
王子の発言がどうもおかしい。まるで体と魂が別人のようだった。そして横でしがみつく女も――怖い。よだれを垂らして充血した目を目玉が今にもボロりと出そうなくらいに見開いて、過呼吸になっている。
「王子様、私と愛を誓いましょう…永遠に!」
(うわぁ…。絵に描いたようなメンヘラ女…)
見ているだけでこちらも寒気がする。いや、それよりも!問題はジュリアの発言だ。
(”面識がない”ってどういうことだ?)
すると、どこからか甘い匂いがした。グレイヴは少しだけ扉を開けて小さな鼻をスンスンと動かす。
「なにこれ?蜂蜜みたいな、甘酸っぱいような、夢みたいな…」
「…どれなのよ。これは金木犀よ」
クラウスの話にグレイヴは首を傾げる。
「なんでそんな匂いが?」
「これはね、あぶり出す香りよ」
しばらくすると、王子と横のメンヘラ女が首を押さえて苦しみだした。口から泡を吹いて、脂汗が全身から湧き上がる。
「大丈夫なのか?」
「王子、どうなされたのですか?」
会場は騒然となる。しかし、クラウスがそこで声をあげた。
「「そこで大人しくしなさい!――”飲まれるわよ”!!」」
魔王という立場もあり、会場の貴族たちは強制的に動きを止められた。まるで時魔法のようだ。
それはそうとして王子と女はその場でバタリと倒れた。王子の体から紫色のどす黒いオーラが湧き上がる。
「これは、瘴気!?」
グレイヴはカインの取り込んだ瘴気にそれを重ねた。しかし、それは形をなして巨大な1つの目玉を持つ怪物になる。会場には重くジメジメした空気が漂った。
「…なんだよ、これ」
「…転生者よ」
「え?」
グレイヴはクラウスの言葉に驚くが、無理やり機体に押し込められて、会場のクロスのかかったテーブルの下に一緒にもぐりこんだ。
「あれは、別世界の煙の怪異ね。祓いきれずこの世界の王子の体を乗っ取ったのでしょう。たぶんさっきの発言はフィクションの影響ね」
「怪異って、小説とか読むのかよ!?」
「目と手さえあれば、ね」
怪異は咆哮して会場の壁にひびを作る。それをグレイヴは黙っていられず機体から飛び出して人型になった。
「こいつを消さねーと…」
「いえ、そろそろ出番よ」
グレイヴが疑問に思う間もなく、何者かが2人の隠れたテーブルを踏み台にして飛び上がった。その弾みでテーブルは真ん中で真っ二つに割れる。
「うわっ!」
テーブルに潰されたグレイヴが見たのは、カインだった。変身用の仮面のルシファーとしての。
「…!」
カインは全く声を発さずに片手に生み出した巨大な鎌でその怪異を瞬時に切った。表情に感情は感じられない。だが、怪異は煙なのですぐに再生する。壁にいくつか穴まで空いてきた。
「少しは面白くさせてくれるな…」
カインは口角を上げると、宙で指を鳴らした。すると、カインの手から巨大な青い炎の鳥が現れた。鳥は広いホールを∞の字に何度か舞うと徐々に大きくなり、怪異を包み込むように体当たりして一気に焼き払った。怪異が見えなくなるのと同時にカインはすかさず仮面を外して元に戻った。体の関節の動きを確かめる。
「多少は持つか…」
重苦しい空気が晴れると、カインは指示を出す。
「「大変お騒がせしました!この男は転生者に乗っ取られていただけです!今回の件については、後ほど両家で話し合いを行ってください。そして浮気相手ですが、この女は新婚時代の私にラブレターを数え切れないほど送ってきたストーカーです。どうか、適切なご処分を!」」
それだけ言うとカインはバルコニーに姿をくらませた。そして壁をすり抜けて、清掃員としての変装に戻ってグレイヴたちと合流した。
「なかなか良かったじゃないの。暴れ方も適切で」
「当たり前だ。暴れるのはもう体に応える」
「その体で?いいわねぇ、私も手術考えようかしら…」
「いや、初期のリハビリがハードだ。それにメンテもこまめにしないと立ち往生だぞ?」
「あら、ならよく考えないと、ね」
魔王2人で話に花を咲かせる。それをグレイヴが断ち切った。
「待ってくれよ!さっきの何だよ!あと、お前ストーカーされてたのかよ!?」
カインは舌打ちしたが、説明をした。「やれやれ」とでも言うような顔で。
「あれが転生者の始末。今回は魂だけだったから、血を浴びることはなかったが…実際に殺しもする。それでストーカーの件だが、あいつは狙った男を永遠に付きまとう奴でな。転生者じゃないから扱いに困っているんだ。リアーナでは追放にした。鉱山や漁船送りにしても必ず帰ってきたからな」
「うわ、怖…」
カインは椅子に座り込んで開封済みのウイスキーを1本ボトルのまま飲んだ。
「あぁ、蓄えた魔力が…」
「お疲れ様です…」
さっきの壮絶な光景にグレイヴは思わず敬語で話した。同時に女が二度と戻ってこないことを心から祈った。
しかし、カインは両目を魔眼にしてボトルから離した唇についたウイスキーを舐めて口を開く。
――「転生者の騒動はこれだけではない」
※この物語はフィクションです。




