第80話 船の上に咲く彼岸花
カインとグレイヴは無事、ラピスラズリ・ローレライに清掃員として潜入した。グレイヴは目の前に泊まる巨大な豪華客船に目を輝かせる。貴族でありながら極貧生活で地位も危うい彼にとって豪華客船は縁の遠い存在だった。正直列車もだった。
「うおぉぉ…」
ラピスラズリ・ローレライは7階構造の船で名前に偽りのないディープブルーの船体に星空のような金がところどころ散りばめられている。それはちょうど上がった朝日に照らされて、さらに神秘的な輝きを放っていた。
グレイヴがうっとりしているとバイトの責任者がメモを大きな声で読み上げる。
「えー、ようこそ清掃員バイトへ。これから君たちに地図を渡すので、適当にやってください」
説明がとても雑だった。グレイヴは歯を食いしばる。
「なんだよあれ。これじゃあ何すりゃいいかわかんねーじゃんか」
すると、地図を受け取ったカインが片手でガタガタ動く機体を止める。
「むしろこれは自由行動できるということだ。清掃員なら証拠隠滅のための焼却炉だって入り放題だ」
少し楽しそうなカインにグレイヴは驚く。
「焼却炉あんの?ここ…」
「あるわけないだろ…。船だぞ」
そして2人は中に入っていった。
「なぁ、俺地図受け取ってないけど…」
眉をひそめるグレイヴにカインは穏やかに話す。
「大丈夫だ。申し込みで俺とお前でペアにしておいた。チーム制だったからな。だから俺さえ地図を持っていればいい」
「でも、俺も見るよ。怖いし」
マジックハンドを機体から出すグレイヴにカインは一瞬眉が動いた。
「本当に、お前変わったな」
カインはグレイヴによれた紙の地図を渡した。しかし、それにグレイヴは顔をしかめる。
「きったな!絵にすらなってない!これじゃわかんねーよ」
「…だろ?サイボーグの扱いを機械だと思っている連中が多いから仕事が雑なんだ。だから掃除するフリさえすればいい。早く行くぞ。A-1537の魔王が待っている」
カインはグレイヴを連れて乗船した。
*****
船の中も名前に劣らず豪華だった。首が痛くなるほど高い天井に大理石の太い柱が無数に設置されたダンスホール、客室は一般でもベッドは高級の羽毛布団。さらにはデッキに巨大なプールがウォータースライダー付で設置されている。実際に参加できないのが残念なくらいだ。
「なぁ、さっきのA…なんだっけ?」
「A-1537の魔王だ。あいつはアレゴールの魔王でな。今では有名なカフェの経営者だ。”ピンクロイヤル”という店のな」
ピンクロイヤルは世界的なカフェのことで支店の数は千を超える。そこは質素なコーヒーやスイーツでなぜか幅広い世代に人気がある。経営者が魔王だというのはグレイヴは初めて知った。
歩いているとデッキのベンチに黒い袴を着た深い緑色のカインくらいの長さの髪の男が座っていた。カインは手を軽く振る。
「久しぶりだな。A-1537」
「あら、D-7846じゃないの。話は聞いているわ」
女性のような口調の彼は香水のボトルを複数並べている。そのうちの1つをカインに渡した。
「…最近香水作りにハマっているの。1ついかが?あなたに似合うわよ」
「ありがとう。それで例の件は?」
カインは側で掃除をするフリをしながら問い始める。香水はグレイヴが受け取った。
「まず、今の私は、”クラウス・剣山”と名乗っているの。そっちは”カイン・月影”だったかしら?」
「あぁ、好きに呼べ。こっちは…」
「グレイヴ・天照寺。さっきも言ったけど話は全て聞いたわ。ウラヌスが復活するだなんてね。早く始末しましょう。でも、その前に――」
カインは静かに紙ナプキンをベンチに置くと、クラウスはそれを受け取る。中には暗号が小さく書かれていた。
「このパーティー会場で間もなく、転生者あるあるが発生するわ」
(転生者あるある?)
グレイヴが眉をひそめながらも、カインは納得して立ち上がる。
「それはいつだ」
「…27分後」
(細かいな、おい)
カインは壁の時計に目をやるとうなづく。それと同時に噂が聞こえた。
「そういえば、今日は月影様も出るそうよ」
「え?でも、出港してもうリアーナから離れてるじゃないか」
「それが、ここだけの話。なんか無断キャンセルしたみたいなの」
「え?約束を放棄するような男だったのか?」
それがカインの耳を何度も突き刺した。そしてクラウスに何かをテレパシーで伝えると、カインはその場を1人離れた。わけがわからず、グレイヴは追おうとしたが念力で止められた。
「え?」
クラウスはゆっくり機体に手を添える。
「一旦、事を治めるそうよ。すぐ戻ってくるわ」
やがて、ダンスホールの照明が暗くなる。そして1人の司会と思われるスライムがマイクを取っていた。
「皆様、この度は大変ご足労をおかけしました。そしてお待ちかねの魔王・月影のトークショーですが…」
それにグレイヴは声をあげた。体を柵から乗り出したかったが、ゴツンと機体がぶつかった。
「は?トークショー!?」
「ちょっと静かに」
グレイヴをクラウスは制する。司会は続ける。
「大変申し上げにくいのですが、実は当人が――」
そのとき、白い霧が辺りを包んだ。
「何?」
「火事か?」
「いや、何も警報出ていないし、これひんやりしてる」
会場はざわつき始めた。やがて霧はステージの1か所で集まって白い大きな球体になる。わずかに輝くそれは少ない霧が渦巻いてとても神秘的だった。
――シュー…
その球体が完全に霧を吸収すると頂点から花のように開かれて、中に白いスーツを着たカインが現れた。霧の花は彼岸花の形をしていた。――変装していない、普段のカインだった。
「おー、派手」
「時間稼ぎね。イリュージョンの間に着替えて変身魔法を全身にかけていたのよ」
グレイヴは感動している中、クラウスは解説した。カインは呆然とする司会に目をやるとスピーカーを大きくして権力者の象徴のマントを翻して発言した。
「この度はご心配をおかけしました。これは私のサプライズです。前回、このような会場で硬すぎるとのコメントがあったので少しユーモアを持たせました」
カインはしなやかな白銀の指先で自分の胸に当て、落ち着いた雰囲気で話し出す。色気も感じられるそれは完全にビジネスモードだ。カインは客の熱気の中、冷静に演説する。
「それでは、トークショーを始めましょう。改めまして、カイン・月影、魔王です」
ただ名前を改めて名乗っただけなのにアイドルのライブ会場にあるような応援団扇や無数のハートマークのオーラがグレイヴには感じ取れた。
「…これが、”月影様”?」
「そう、凛としていて大人びた、クールだけど冷たすぎない、カリスマ性ある美男。それが月影様。この世に”月の皇帝”がいるとしたら、彼のような顔をしているのでしょうね」
「…月の、皇帝」
壮大過ぎて想像つかなかったが、目の前の男にグレイヴは目を奪われた。到底さっきまで隣にいた男とは思えない――こともない、その男と自分を比べてグレイヴは大きな壁のような、溝のようなものを間に感じてしまった。
(こんなのと平気で話せるクロエさんと子供たちって、すごいな…)
思っている間に前方の新聞記者が手をあげた。
「…質問よろしいでしょうか、月影様」
「えぇ、遠慮なく申し上げてください」
カインが丁寧に話すと背後の壁に記者は指を指す。そこには大きな月影商会のロゴが描かれていた。
「なぜ、月と彼岸花なのですか?」
「おや、彼岸花は縁起が悪いと…?」
少し目を細めたカインに記者は顔を赤くして目を泳がせる。すぐにカインは返事をした。
「月は、私の名前のときも言いましたがどこかの国では月食により己の住む惑星の形を知った者がいるそうで。つまり、月は”相手を映す鏡”。彼岸花は確かにあの世に咲く花とも呼ばれていますが赤い彼岸花の花言葉に由来します」
さっきと別の記者が立ち上がった。
「確か、”情熱”でしたでしょうか」
「確かにそれも。だが、私が伝えたいのは――”独立”です。私がアポローンからリアーナに新たな1歩を踏み出したことを表しています」
しばらくして、今度はテレビのアナウンサーがマイクを向けた。
「600年前の勇者騒動で月影様は被害者だと聞いておりますが、現在アポローンをどう思っていらっしゃるのですか?」
それにグレイヴの肩が跳ねる。
(うっわ、バケツじゃないか!)
それを言うなら”墓穴”である。だが、グレイヴ自身も聞きたいことでもあった。カインは唇を一瞬噛んだ。空気が一瞬重くなる。
「それを聞いて後悔するとは思わないのか?」
「はい、”公開”します!」
アナウンサーがボケる。それにカインは微笑む。
「いいだろう。正直、アポローンがどうなってもいいと言えば嘘になる。だが、かつてほどあの地を俺は愛せない」
その言葉に込められた重く冷たい空気が聞き流せるものではないことを強調する。カインは指を唇に当てると儚げな目をする。
「――正直、俺にもよくわからない。思い出があるから守りたい。だが勇者を名乗る者のせいで思い出を大切にする気持ちも冷めつつある」
カインの瞳が月のように青白く輝くと、笑顔を作った。
「…この質問には”わからない、成り行きに任せる”とでも返しておきましょう」
再び、カインは”月の皇帝”に戻る。それをグレイヴは遠くからモニターで見ながら小さなモフモフの手を握った。
※この物語はフィクションです。




