第78話 列車奇襲の突破
カインはグレイヴとトランプをしながら、洗脳されたルートと会話を始める。あたかも初対面のような口ぶりで。グレイヴの気持ちがグルグル渦巻いているのをカインは手札のやり取りで悟っていた。
(この微妙な間…。それに指もわずかだが震えている。――余程ショックだったのか)
ルートは真顔で問い始める。
「お2人はどのようなご関係で」
「親子です。包帯が巻かれていますが、彼は私の息子です」
カインは落ち着いた口調で話をする。グレイヴは手札を取りながら、黙って映画のワンシーンを見るように様子を見続けている。アドリブと思えないほどあまりにも自然で綺麗で、声が出ない。
「この列車にはなぜ乗っているのですか」
ルートはグレイヴたちを見ているはずなのに、視線が合わない。
「…観光ですよ。息子が交通事故で下半身不随になってしまって…。慰めるために思い出の地を回ることにしたんです」
カインは滑らかに喋る。その顔に実は違うんだけど、とでも言うような気配は全く感じられない。
(えっ、俺下半身不随設定なの…?車椅子は確かに便利だけど…)
グレイヴは困惑した顔を包帯の下でしていた。ルートはじろりとグレイヴを観察する。
「息子さんからも話が聞きたいです」
(…まずい、俺に振られた!)
グレイヴの包帯がわずかに湿り肩も跳ねる。しかし、カインは冷静だ。
「誠に申し上げにくいのですが、声帯まで麻痺していまして…。ご期待に応えることはできません」
「なぜ反応が過敏なのですか」
「事故の記憶がずっと離れないようで…。あまり話しかけないようにしてください。存じ上げない他人が怖いようなので」
カインは残念そうな顔でルートの注意をグレイヴから自分に戻させた。グレイヴはジョーカーが手札から離れると同時に安堵した。
(…やばかった。カイン、ナイス)
しかし、ここでルートから変化球が放たれる。
「先ほど息子さんが立ち上がっているのを見ました。――あれはなんですか」
カインは目を細めた。ルートはさっきグレイヴが立ち上がったところを見ていたのだ。
(お、俺のせいでボロが…)
焦るグレイヴの一方でカインは黙っている。
「…」
ルートはさらに問い詰める。
「それにあなた…。もう少し若いのでは?その外見の歳だと腕がその吊り棚まで上がらないと思われますが…」
静けさがグレイヴの冷や汗を誘う。
(――流石ルートだ。全部見破られた)
そんな中、カインはゆっくり両手を挙げる。そして、ルートが勢いよく後ろに隠し持っていた警棒で殴ろうとしたその瞬間。
――シュッ!
カインは先ほど食べていた駅弁の爪楊枝をダーツのように投げてその警棒をルートの手から離させた。それが床に落ちる前にカインは左腕の腕時計をルートの顔に向ける。
「ぐっ…」
ちょうど太陽光で文字盤が反射してルートの目をくらませた。そして車椅子から瞬時にロープを取り出して拘束した。
「おー…」
グレイヴはカインの滑らかな動きに拍手している。カインは尋ねた。
「こいつのトドメ、刺すか?」
グレイヴは予想通りの反応をした。
「刺さなくていい。…ていうか、刺すな!」
カインは微笑んでルートの首筋をなぞるとルートは石化した。そして列車の座席のソファの座面を開いてそこに彼を隠した。
「これでしばらくは大丈夫か?」
カインは首を横に振る。同時にまばらな足音が大きくなることに気づいた。
「…増援が来る。話したことは覚えているな?」
「もちろんだ!」
グレイヴは車椅子から降りる。
*****
――30分後
ルートのように無機質な目の人物が複数車両に入ってきた。しかし、誰もいない。奥の方で石化したルートの顔についた紙が揺れている。裏返っていて遠くからは読めない。彼らは黙ってその紙に近づいて手に取った。それにはこう書かれていた。
『つかまえた』
すると、出入り口の天井に張り付いていたグレイヴとカインは飛び降りて、電光石火の速さで閉まりかけのドアをくぐり抜けてそれを外側から閉めた。カインはドアの取っ手を指でなぞり青い茨模様を出現させる。
「これで内側からは開けられない」
そして、グレイヴは列車の接合部に何度かキックをして車両を切り離した。しかし、そこでカインは手首からフックショットで切り離した車両の柵を引っ掛ける。
「早すぎたか…。もう少し――」
カインは自分の近くの柵にしがみついて体が持っていかれそうになりながらも後ろを確認する。そして、しばらくしてからカインは反対の手を銃のように構えて右側を撃った。
撃った先には、線路の切り替えレバーがあった。フックショットの長さもあってそこで2つの車両は引き離された。同時にフックも回収する。
「やったな!」
「まだわからん…」
カインは中に入らずに車両を見届ける。切り離された車両はコントロールを失っていたが下り坂だったので徐々に加速していき、その途切れたところから湖の中に沈んでいった。カインは静かに安堵する。
「…成功だ」
「…よし、第1関門クリアだ!」
これは最初のウラヌスの追跡を逃れるための策であった。
◇◇◇◇◇
――話は作戦会議に遡る。
カインは片目でホログラムを天照寺邸の白い壁に映しながら説明する。
「まず、行き方だが…。アレゴールの普通列車を使う。多少遠回りになって徒歩も長いが、ホテルに泊まらずにローレライに近づける」
グレイヴは町の画像を確認して質問する。
「なぁ、それどうして最後の車両に乗るんだ?」
カインは即答する。
「それはな、これを使うからだ」
カインが見せたのは、ペーパークラフトの客室車両だ。
「あの列車は途中駅もないし通過する駅もない。車両が1つ増えても誰もわからない」
そしてカインは画像を室内に変える。
「できるだけドアから見えやすいこの位置に座る。ウラヌスもこっちに乗ることを想定しているだろうからな。きっと洗脳者だらけだ」
カインは一瞬、間を置く。
「――憶測だが、おそらくお前の仲間を最低1人乗せて、こちらに探りを入れにくる」
グレイヴはつばを飲み込んだ。
「だからその前に列車のサービスをしているアンジュに通らせて、車椅子に隠れたマグネたちをカートに入れて、俺とグレイヴだけが列車に残る。そして探られたら、俺がなんとか会話して石化させる。連絡が途絶えれば他の奴らも来るだろう。そこで上手く入れ替わって偽の車両を切り離す」
カインは2つの似た路線図を見せた。
「これは昔と今の路線図だ。この枝分かれした廃線に偽車両をおびき寄せて、湖に車両ごと落とす。ペーパークラフトのスプレーを遠隔操作で効果を切ればクリアだ」
そこでチェルルが質問した。
「ねぇ、洗脳解いてリーたちを引き戻せないの?」
カインは首を横に振る。
「不可能なんだ。解き方を知らない。それに戦えば洗脳者は証拠隠滅で水にされる。だから尚更、攻撃もできない」
カインの「水にされる」という言葉に3人は悪寒を覚えた。戦闘だけは避けなくては…。カインは補足説明をする。
「余談だが、ウラヌスの戦闘員はおおまかに2種類。洗脳された改造魔族【幹部見習い】、ただの使い魔【アシガル】だ。前者は倒すとこういう風に溶けて消える」
カインが映したホテルの警備員の画像に全員背筋が凍った。カインは続ける。
「後者は元は泥だとわかった。だから水を使えば倒せる」
そしてカインはチェルルとマグネに目を向ける。
「お前たちとアルセーヌはカートに乗れば荷物にアンジュが送ってくれる。そうしたら、倉庫の天井のこのダクトから上に上がって出口付近で待機してくれ」
◇◇◇◇◇
――現在
グレイヴは変装を完全にとって椅子に座った。
「まさかカインの予想がここまで当たるなんてな。予知でも使ったのか?」
「…完全に推測だ」
カインも元の姿に戻って車椅子の座席の下部からバイクのヘルメットのようなものを取り出した。液晶マスクのヘルメット型だ。服を脱ぐと年季の入ったパーツが彼を覆う。
「それ、スゲーな。本当は新品なんだろ?」
「…ウェザリングだ。粉末状の錆びを付着させ、やすりで傷をつけて塗料を塗ることで古く見せる。サイボーグは基本中古パーツだからな」
グレイヴは狸姿で車椅子の取っ手のボタンを押した。すると車椅子は機械音をたてて変形して黒い空気清浄機に小さな4つのタイヤがついたものに変化した。その小さな入り口からグレイヴは入って中の操作盤と複数のモニターのある部屋の椅子に腰を掛けた。
「こんな形のサイボーグもいるんだな」
グレイヴはマイクで話すと黄色い小さなランプがそれに合わせて点滅する。カインもヘルメットを被ると液晶に【GET READY】と表示された。
「当たり前だ。サイボーグに限らず全員がお前の言う”人型”じゃない。変声器で喋ろ」
「これどうやって作ったんだよ。すげぇクオリティー」
グレイヴは機体の中のロボットアニメのような操作盤に興奮する。その一方でカインは冷静だった。
「リアーナの国境にあるサイボーグの墓場、スクラップと壊れた空気清浄機を改造して作った。ほとんどクロエに設計してもらって組み立てただけだがな」
「いい奥さんだな。俺も結婚してー」
「クロエにはウラヌスのことは話してない。『機械化手術を考えている者たちへの寄付』と言って作ってもらった。軍事用とも言っておいたからバトル機能も搭載されている」
カインはグレイヴの話を軽くスルーした。その会話の間に列車の先に大きな駅のホームが海をバックに待っていた。
※この物語はフィクションです。




