第77話 アレゴール魔導列車
カインとグレイヴ、その他大勢はリアーナから航空機でアレゴールの空港に到着した。グレイヴは空気を吸う。
「…ここがアレゴールかー。なんかアポローンやリアーナと違うな」
アレゴールは産業革命時代のロンドンのような街並みで、歯車を使用した伝統あるからくり工芸品がとても有名だ。そこにグレイヴたちは到着したのだが、グレイヴは車椅子に包帯を全身に巻いて大きめのコートを着ている。その後ろでカインは紳士的な貴族の40代後半くらいの眼鏡をかけた男性に変装して車椅子を押す。サイボーグパーツまで魔法で普通の肉体に見えるよう、さらに長袖長ズボンで魔法が解けても時間稼ぎができるようにした。
「――いいか、作戦通り」
「わかってるよ、お父さん」
追尾を避けるため、航空機から降りてすぐに変装した。車椅子は持ってきたキャリーケースを変形させたもので中には道具とチェルル、マグネが入っている。アルセーヌは入らないのでペットのフリとしてカインがリードを掴んでいる。ここでのグレイヴとカインは「事故で車椅子の息子と、彼と観光しに来た父親」という設定で入っている。
「それじゃあ列車のチケット買う前に店で飲み物でも買おう」
「うん!」
グレイヴは元からだが子供らしい演技で上手くカインと合わせた。カインは車椅子を自然に押す。しかし、全員で送りあうテレパシーは激しかった。
『電話ボックス横の新聞の男はクロ』
『じゃあ迂回するか?』
『いや、まずはアレゴールの店に入る。車椅子はただでさえ目立つからな』
そのままカインたちはある時計店に入った。中では年老いた男性が両腕を組んで眠っている。カインは動く懐中時計を取り出す。
「すみません、シリアルナンバー6487でお願いします」
するとうたた寝していた店主が起き上がって目つきがはっきりしていた。
「ご用件は?」
カインは帽子を取り、喋り出すが同時に足を揺らす。これは魔界用のモールス信号で、音や振動で伝えられる。
「はい、ここ最近針が止まってしまって…水がかかったのでそれが原因かと」
【これより山奥の普通列車で港へ向かう。そこに例の組織あり】
店主――手下の部下もカウンターテーブルを指で規則的にたたき始めた。
「なるほどそれは大変でございますね。何しろそれはあなたの妻の形見でしょう」
【了解。適切なナビを致します。チケットはお持ちで?現場で購入がおすすめです】
「おや、記憶が混同しているのでは?これは息子が小遣いで初めて買ってくれた宝物ですよ」
【無論そのつもりだ。これからラピスラズリ・ローレライに乗船するが、何か任務は】
店主はあちゃ~と頭の後ろに手をやって近くの壊れたタイプライターで信号を続ける。
「これは申し訳ございません。常連客の顔は覚えられるのですが細かいことは…」
【ならば、これから1つ聞いていただけますでしょうか】
カインはまるで店主と古い仲であるかのように語り始める。
「私も最近肩や腰が悲鳴をあげていまして…お互い老けましたね」
【よし、聞こう。1対1を所望する】
2人の会話が終わると横のグレイヴは目を丸くしていた。
(なんかわかんねーけど、もはやスパイじゃね?これ)
あっけにとられていると店主はグレイヴに膝掛けを被せた。
「あ、どうも…」
カインはグレイヴにテレパシーで話す。
『これなら下の奴らと顔見て話せる、と言っている』
その後、グレイヴたちは奥の部屋の外でしばらく待機し、カインは店主から仕事を聞いていた。しかし、何も聞こえない。少ししてカインは出てきた。
「よし、修理できた。チケット買おう」
「え~飲み物は?」
カインは2つペットボトルを取り出す。1つはブラックコーヒーでもう1つはオレンジジュース。
「ちゃんと買えた。…急ごう、列車に乗り遅れる」
店のドアを真っ直ぐ出るとカインたちはロープウェイに乗りアレゴールの山の中腹に向かう。
「俺、ロープウェイ初めてだよ」
「そうだったのか?…アポローンにあるわけないか」
カインはロープウェイの景色を眺めながらクロエとのデートを思い出して少し微笑む。
(クロエ、全然高いところ平気だったな)
付き合いたての頃の遊園地で観覧車の記憶だ。他のアトラクションは全てクロエが苦手で観覧車しか乗れなかったのを覚えている。
(あの頃のクロエは本当に怖がりだったな。前世の記憶のせいで今まで普通だったものが普通に思えなくて怖かったんだろうな)
それをグレイヴたちは首を傾げていた。到着すると列車があった。カインはロープウェイの出発地点で購入したチケットを駅員に渡し、車椅子を押して入った。
「ありがとうございます」
車椅子用の板を設置した駅員にグレイヴは手を振る。駅員も笑顔で手を軽く振り返すとドアがしまった。
そこでカインたちは最後尾の車両の席についた。
「ここでなら喋っていいぞ」
「…ふう、疲れた」
皆変装を少し緩めた。カインは帽子と眼鏡を外す。
「どれくらいかかるんだっけ?」
カインはチケットを見せる。
「3時間かかるな」
そして彼は前かがみになってコーヒーを飲んで一息つく。
「確認したところ、車掌以外は全員クロだった。客がいないここなら安全だろ」
「…じゃあ暇つぶそうか」
カインは進み始めた慣性力で体が動きながらぼんやり窓を眺める。
「それにしてもお前、テレパシーもできるようになったのか?」
「まぁ、受け取ったり送ったりは。でも読心術はできねー」
「安心しろ。読心術はエスパー系魔法の中でも難関レベルの魔法だ。――お前みたいな若造にはまだ早い」
そこで1人の女性がカートを押して車両に入った。
「お飲み物は?」
しかし、カインは見抜いていた。背もたれに体を預け見上げる。
「アンジュ、無事だったんだな。入るときは礼をするのがマナーだ。注意しろ」
「…はい」
アンジュの無事に彼らは喜びたかったが、グレイヴとカインは普通に注文することにした。
「飲み物はいいや。でもそのアイス1つ」
「…俺は駅弁を2つ」
アンジュは注文通りに品を渡すとそのまま礼儀正しく去っていった。グレイヴは鼻歌まじりにアイスの蓋を開ける。
「洗脳されてなかったな」
「…そうだな。グレイヴ、アイスは時間置いた方がいいぞ」
「へ?」
グレイヴがアイスにスプーンを刺すと、硬くて刺さらなかった。カインは少し噴き出している。
「こういうところのアイスは冷蔵機能が強いんだ。それにそれは底にあったものだからかなり硬いぞ」
「俺のアイス…」
グレイヴの狸の耳が出て、ぺたりと倒れている。するとカインは駅弁を1つ渡した。
「これでも食べとけ。俺はこんなに要らん」
グレイヴはカインの不器用な優しさに胸が高鳴った。
「ありがと~お父さ――」
――ドカッ
カインが飛び掛かろうとしたグレイヴに軽くチョップを与える。
「…車椅子」
「はい、すんません」
グレイヴは立ち上がったところから車椅子に腰を落とした。
流れる景色の中、2人は駅弁を完食すると外が真っ暗になった。
「え、もう夜?」
「違う。トンネルだ。山脈多いからな」
「暇だし、ババ抜きしようぜ。トランプ持ってきたんだ」
カインも黙ってうなづき、2人はトランプの束を持つ。すると、1人の男性が入ってきた。
「…お取込み中申し訳ございません」
「…!」
その男性にグレイヴは包帯越しの目を見開いた。男性は見覚えのある名刺をテーブルに滑らせる。
「私、こういうものでして…」
前にグレイヴたちが見た、『ルート・東祭』と書かれた名刺。声のトーン、容姿、全てルートだった。だが、彼の瞳は鉛玉のように鈍い輝きを放っている。
カインはテレパシーを始める。
『こいつは洗脳されてる。絶対に――』
『――知り合いだと向こうに悟られるな、だろ?わかってる…』
『ここは俺だけで喋るからお前は黙ってトランプに集中しろ』
『…わかった』
グレイヴは感動の再会というわけにもいかず、俯いてしまった。カインは自然な笑顔を作る。
「…それで、探偵がどのようなご用件で?」
どこか冷え切った空気が3人以外誰もいない静かな車両を満たしていた。
※この物語はフィクションです。




