第71話 未来の天秤
グレイヴたちが東屋に到着して、ベンチに座ったカインに駆け寄り、剣を奪った。
「…おい、カイン!お前なぁ…」
「待ってください、グレイヴ。こいつ、”抜け殻”!」
マグネが怯えている。カインのYシャツのボタンは全て外されて機械の腹が空洞だ。
――ゴゴゴ…
地面が揺れ始める。グレイヴたちは咄嗟に地面に伏せた。
「な、なんだ?」
「…将軍」
城の一部が地響きと共に崩れて下からあるものがゆっくりと這い出してきた。
――赤黒い渦巻いた模様が特徴的な巨大なムカデのような怪物だった。長い胴体は複数の節目があり、長さも形もバラバラな触手が大量に生えている。
グレイヴは怖くてカインの体に抱き着いた。
「なんだよ、あれ。カイン、起きろ!」
涙と汗をにじませる彼の肩にマグネは手を置く。
「…あれこそ将軍ですよ」
「へ?」
理解できない。だが、カインがサイボーグだということで辻褄が合い、抱き寄せた腕の力が緩む。
「あれが、将軍の――そのサイボーグの、”本体”なんですよ」
真夜中の中庭でその巨大な化け物にグレイヴは尻餅をついてしまった。
*****
――その頃、リアーナでは
クロエは病院のベッドにいた。まだ昼の空を窓から眺めている。
「カイン、仕事入ったって言ってたけど大丈夫かしら…」
横でアレックスは笑顔を見せる。
「兄貴は無敵ですよ?大丈夫以外言葉はありませんって!」
安堵するクロエの一方でアレックスは見られないように暗い表情を浮かべている。
『すまないな、アレックス。急に電話して』
『いいですよ。それでなんですか?』
『妻が産気づいた。だが、俺にはアポローンの”始末”をする任務がある』
『し、始末!?』
『ああ、そこで頼みだ。俺の代わりにクロエの側にいてくれ。彼女には「急な仕事」と伝えてある。病院にはテレビを置かず、マジホでニュースもSNSも出すな。病室は予約した。アポローンと反対向きで音も聞こえづらい東向きの窓辺だ』
『…はい』
『…ありがとう。俺もしばらくしたら、”そっちに行く”。妊婦を安心させてくれ』
アレックスは全ては知らないものの、カインに頼まれてた。同時に病院に向かう前に、ビルの液晶でカインが怪物になって暴れ出したことも知っている。だからこそ、この顔を見せられない。
(――兄貴、どうか戻って来てください)
彼は密かに願っていた。
*****
――アポローン
正体を現したカインは触手で辺りを破壊する。
「ニクイ、ユウシャ。ウセロ!」
複数の混ざった声が怪物から聞こえる。グレイヴは剣を抜かなかった。
「カイン、目を覚ませ!俺だよ、グレイヴ!マグネもいるぞー!」
しかし、彼には響かない。瓦礫がグレイヴに襲い掛かる。
「うわっ!」
グレイヴは目を瞑ってしまった。そこでマグネが反射魔法で瓦礫を反射させた。
「大丈夫?」
「…あぁ」
グレイヴは東屋に逃げてマグネに尋ねた。ちょうど魔剣も持っている。
「なぁ、マグネ。どうしてあんなに暴れてるんだ、カインは?」
マグネは真顔で話し出す。顔が普通過ぎて笑えるのをグレイヴはこらえていた。
「おそらくその魔剣です。”アポローンに長年眠っていた瘴気や悪霊を取り込む”と資料にもありましたし。しかし、裏を返せば――」
グレイヴにもわかった。
「もう一度刺せば、あいつの瘴気を吸い込める!」
「刺さなくてもかざすだけで大丈夫だよ…」
グレイヴは剣を握って走った。ムカデの足にしがみつく。しかし、伸縮自在で切り離せるのでグレイヴは落ちてしまった。
「やっぱ、ダメか…」
どう考えても危機的状況。生と死の瀬田際でグレイヴは踊らされている。
「でも、面白れー!」
彼は謎の高揚感で満たされていた。グレイヴは今度は城のトーテムポール状のガーゴイルを登って胴体にしがみついた。すると、カインは地面に潜り始めた。
「逃がすかよ!」
グレイヴは体を密着させて自分のダメージを軽減して振り落とされないようにした。しばらく潜って地面から出ると、グレイヴは頭に駆け上がる。
「魔王って表面がヘドロみたいだな…」
沈みそうな不安定な表面を走って頭の触角に捕まる。グレイヴは魔剣をかざそうとしたが、突然大きく揺れた。その拍子に魔剣は真っ逆さまに落ちてしまった。
「…しまった。マグネ!魔剣取ってくれ!」
「ごめん、こっちも襲われてるです!」
マグネの敬語がすごく変だ。しかし、状況は最悪のままだ。
「どうしよう、何もねー。なんかないか?」
全身のポケットを探る。そのとき、胸ポケットから小瓶が出てきた。グレイヴは見覚えがあった。
「これって、ルートの秘薬!」
どうやら、車の破壊のときに飛ばされた反動でグレイヴのシャツの胸ポケットに入っていたようだ。グレイヴは思考を巡らせる。
(…確か、強敵を退けたんだっけ?でも、そしたらカインが…)
しかし、真実はわからないし、状況も変わらない。グレイヴは決断した。
「…わかんねーけど、これに賭ける!」
瓶の蓋を緩めた。「ごめんな、カイン」と小さく言ってそれを頭からかけた。
すると、カインは湯気を出して呻き始める。体を芋虫のように動かして苦しみ、倒れた。倒れたところでマグネから魔剣をもらった。
「グレイヴ、こちらを!」
「お、サンキュ」
魔剣をかざした。すると、カインの全身から真っ黒な霧状のものが現れ刀身に吸い込まれる。その量にグレイヴは後ろに押される感じがした。
「…あいつ、こんなのを消そうと」
吸われる瘴気の量が減ると、マグネはカインの機械の体を怪物に近づけた。これで一件落着、と思いきや――。カインのサイボーグの体がむくりと起き上がった。ムカデは既に消えている。
「カイン、戻れた――」
喜ぶグレイヴにカインは魔剣を持つ手を掴む。カインは今まで以上に睨んでいた。
「…お前、どうして瘴気を抜いた」
グレイヴは訴えかける。
「なんでって、そんなのお前を解放したかったからに決まってるだろ!」
「”解放”?正義ごっこも大概にしねぇか!!この化かし野郎がッ!!」
カインはこの上なく、――キレていた。
「メールで伝えたよな?”瘴気をなんとかしろ”と」
「ああ、読んだよ」
「いつだ」
「ついさっき…」
グレイヴは目を泳がせる。その隙にカインはグレイヴの腕を引っ張った。
「早くその魔剣を返せ!この地の霊魂を祓わねぇと、アポローンどころか世界中に危害が及ぶんだぞ!」
「ああ、それは初めて知った!」
「開き直るな!」
カインは冷静じゃない。完全に頭に無い血が上ってる。グレイヴは深呼吸した。
(落ち着け、流されるな。あのカインが怒ってるからって…)
瘴気は未だにカインから抜け続けている。グレイヴは会話を続けた。
「カイン、少しクールダウンしないか?」
「あ”?貴様、何様で言ってんだ。冷却装置は正常だ!」
「いや、そうじゃなくてな…。お前らしくねーよ」
そこでカインは固まった。
(意外と引っかかった?――よし…)
「”お前らしい”って…。魔王は不安定だ。性別も外見も全部自分で決める」
「それはすげーよ。でも、お前は確かにここにいて大事な奥さんも子供たちもいるじゃん?」
「…」
グレイヴは笑った。それ以外、いい顔が思いつかなかった。
「俺は、独身だし、勉強もダメだ。――それにお前みたいにこの国に執着できなかった。お前はずっと自分の魔力を削ってまで守っていたんだからな」
「…どうしてそれを」
「忘れたのか?100年前にタイムトラベルしたのは俺とルート、アルセーヌだよ」
カインは歯を食いしばった。そして胴体の前の部分に巨大な窪みを出す。
「黙れ黙れ!やはり、お前にはわからねぇようだな!はっ!このまま全部飛ばしてやる!」
すると、マグネが砲台前に来た。
「やめてください、将軍」
カインは砲台の光を消す。
「マ、グネ…?」
「この人は信じていいと思います。それにこのまま感情的になってしまえば、あなたは本当に悪い魔王ですよ?」
そのタイミングで瘴気は全て抜かれた。カインはグレイヴに倒れる。グレイヴは突然のことに顔が赤くなる。すごく、重かった。
「か、カイン!?」
「感情的になるのは疲れるな…。老体にはきつい。少し休ませてくれ」
オイルが滴る中、グレイヴはカインを背負って崩れた城から仲間たちがいるであろう門に向かった。
しかし、そこにあったのは――石化したエリックたちだった。
「ま、間に合わなかった…?」
ただ明らかに違う。仲間たちは巨大なコンクリートブロックに入った状態でかためられていた。すると、上から吸盤のついたワイヤーが垂らされてそのブロックを持ち上げた。
上を確認した。そこにいたのは、イルカ忍者隊、東雲、リッパーを載せたヘリコプターだった。黙ってヘリコプターに収納されるのを見届けると、ヘリコプターが去ろうとする。そこでカインが起き上がった。
「は!」
「カイン、目覚ましたか!今、仲間たちが…」
「…大丈夫だ。見て全部わかる」
カインは乱れたジャケットの内ポケットから名刺サイズの紙を出した。そして、それを投げようとしたが、右手の指の動きが鈍い。すぐに左手に持ち替えてカードを回転するように投げた。
カードはヘリコプターに刺さる。それには”explosion”と書かれていた。
カードは閃光と共に激しく爆発。だが、その前にワープホールで逃げられてしまった。
グレイヴは地面に突っ伏して泣きじゃくる。カインはその側で膝を屈した。
「リアーナに転移しよう」
そして3人は転移してアポローンから姿を消した。
※この物語はフィクションです。




