第63話 水攻め攻略
アンジュが加わり、アブソリュート・ソレイユは5つ目の祠に向かっていた。車は大きくエリックは車の後ろにつかまっているのでアンジュは余裕で乗れた。前に座っていたリリーが小声で話しかける。
「…良かったのです?月影様――ルシファーのこと…」
アンジュは兜の手入れをしながら普通に笑っている。アンジュは女性だが結構イケメンでカッコイイ。
「構わない。今は月影様の幸福であればそれでいい。それに――」
アンジュは前のグレイヴ、ルート、後ろで鼻歌を口ずさむエリックに目を向けた。
「このチームには、3人もいい男がいるじゃないか」
リリーはそれを聞いて顔を真っ赤にする。
「ちょっと、グレイヴは渡しませんよぉ?」
「…付き合ってるのか?」
アンジュの質問にリリーは目を背ける。
「いえ、片思いです…」
アンジュは意地悪そうに微笑む。笑ったところがとても可愛らしい。
「それなら私が先にもらってもいいな?」
「…ひ、ぴええ~」
グレイヴはようやく2人がこそこそ話しているのに気づいた。
「…?どうした、2人とも。女子トークか?」
リリーはアンジュに目を合わせる。
「な、なんでもないですよ?…ね?」
「なんでもない」
焦っているリリーに対してアンジュは冷静に即答した。しかし、この話をリリーのちょうど隣にいたルートが聞いていた。ルートの存在を忘れて話を盛り上げていた。リリーはルートを軽視していたのだ。
(…いや、俺もいるんだが)
聞いてはいけない恋バナを聞いてしまい、ルートの食べかけのパンを握られた手はそのまま止まっていた。そこでコンパスは反応した。急に車の下が大きな落とし穴になって一同真っ逆さまに落ちる。
「うわあああぁぁぁ~~~!!!!?」
落ちた下は水が張られていた。車のタイヤが浮き輪のようになって浮かんでいる。バニラたちの技術だ。
「機能あるとは知ってたけど、こんなのもあるのか…」
エリックは咄嗟に後ろから席の上に乗ったので濡れずに済んだ。一方、チェルルは車のレバーを動かす。
「これかな?」
すると、変形してタイヤが真横になって車の側面にスクリューが複数現れた。ルートはパンを平らげ、それに感激する。
「これはなかなか…」
しかし、チェルルは動かしたが、――すごく遅い。
「スクリュー、小さすぎない?」
スクリューの半径が小さいので、車の推進力が足りないのだ。皆が焦る中、エリックは後部のトランクから4本の棒を出す。
「…グレイヴ~、オールあったよ」
「え?漕ぐのか」
アンジュは驚いたが、仕方ないので皆で漕ぐことにした。祠は川になっていて流れに沿って漕いでいく。現在、体力が一番少ない小柄なグレイヴと運転手のチェルル以外のメンバーで漕いでいる。しかし、のんびりボートを楽しんでいられない。丸太が何本か降ってきた。グレイヴは剣で風のカッターを連発して丸太を切るが、漕いでいたエリックに破片がぶつかった。
「あげっ!」
「あっ、ごめんな!」
丸太は切っても降ってくるし、破片がぶつかることもある。
(どうすりゃいいんだ…)
そこでアンジュが薙刀を手に持ち立ち上がった。
「…私がやろう」
アンジュにオールを渡されてグレイヴはすぐにアンジュと席を交代する。アンジュは席を立って、丸太に目を凝らす。そして薙刀を振り回した。刃で切らず、柄と刃の腹で上手く丸太を左右に受け流す。
(こ、これがウラヌスの幹部の実力…)
アンジュの薙刀の捌きには全員感銘を受けていた。しばらくして壁に洞窟が現れた。
「よし、曲がるぞ~」
グレイヴは指示をしたが、車が言うことを聞かない。チェルルは川を見て大声を出す。
「…川の流れ、速くなってる!」
「あっ、前が…」
続いたアンジュの指のさす方を見ると、大きな滝になっていた。滝の位置は洞窟の入り口の少し奥だ。入れなければ、間違いなく――落ちる。
しかし、アンジュは薙刀を真下に向けた。
「上手く固定する!」
薙刀は杭の役目を果たして、地面に刺さったが流れには負けてしまう。
「…ぐっ!」
そこでグレイヴはエリックに声をかけた。
「エリック!俺とベルトを洞窟のあの岩に巻きつけるぞ!2人で引っ張るんだ」
エリックはそれを聞いて嬉しそうにベルトを振り回す。そして洞窟の奥にあった大岩にベルトを巻きつけた。そこでルートとリリーが2本のベルトを掴む。
「お前らじゃ、力足りないだろ…!?」
「私たちも勇者パーティーなので…っ!」
2人の怪力で洞窟に車は回転しながら引き寄せられる。しかし、流れで車体は滝の真上に来ていた。しかし、車体が半分宙に浮いたところで、――無事川の方に戻された。
この瞬間、全員安堵する。洞窟にたどり着くと間もなく台座が出現した。コンパスをはめて、気がつくと車ごと落ちた地点に戻されていた。一同は6つ目を急いだのであった。
*****
――その頃、リアーナのサミットでは、カインが黒いスーツに身を包みホログラムの中央に立っていた。
「――それでは、魔王D-7846様。以前お話しされた瘴気について、ご説明を」
カインはそれを受けて咳払いする。プロジェクターに触れて画像を映し出した。立体の映像でどの角度からでも見られるようになっている。
「瘴気の発生源だが、アポローンの土地一体がそれだ」
会場がざわつく。そのうちの誰かが質問する。
「――しかし、瘴気の被害はリアーナの領地内ですよ?」
「女性の香水…」
カインは小さく呟くと会場は静まり返る。カインは言い直した。
「…おっと、今じゃ問題だったな、男女の話は。――まあいい、町を歩いていれば香水が酷く強烈な奴がいるだろ。――あれは自分が匂いに鼻が慣れて匂いが消えたと錯覚して香水を追加するからだ。アポローンの瘴気も同じ状態だ」
すると、他の誰かが意見を述べる。
「――つまり、アポローンの国民は匂いに慣らされている。言い換えれば、瘴気で汚染された状態に慣れて不都合に感じないというわけですか?」
「その通りだ。細かいことを言うが、――”つまり”と”言い換えれば”を並べて言うと少し鬱陶しいから控えるとなおいい」
カインはホログラムの装置に指を軽く当て、音で注意を引き付ける。とても品がいい。
「――瘴気は今国外にあふれかえっている。おそらく周囲の国境に隣接した他国も同じ被害を受けているのだろう」
1人手を挙げる。
「そろそろ、解決案を教えてもらえますか?」
その言葉を聞いたカインの表情に凍りつく。空気が冷え切ってブリザードのようだ。その激しく降り注ぐブリザードの中に大きな氷の華――カインが真顔で佇んでいる。
「…解決案、か」
わずかな彼の微笑みはこの上なく冷え切っていた。瞳は琥珀色に輝いている。
※この物語はフィクションです。




