第62話 決戦、アンジュ
グレイヴたちは気が付けば朽ち果てた時計塔に倒れていた。金属が激しくぶつかり合う音で目を覚ます。グレイヴはルートを探した。
「…る、ルート!アルセーヌ!どこだー!」
一生懸命声を上げると、グレイヴの下からかすれた声が聞こえた。
「お、重いから早くどいてくれないか?アルセーヌがいるんだ…」
グレイヴはアルセーヌを上に載せたルートの上にいた。すぐにグレイヴは黙って降りると、ルートは体を起こした。すると、遠くから悲鳴が聞こえた。
「きゃあーー!!」
リリーのものだった。彼女の怪力とアンジュはいい勝負だ。きっとピンチに違いない。グレイヴとルートは瓦礫から顔を出すと、リリーは薙刀で完全に追い詰められていた。エリックとチェルルは影縫いにやられていて動けない。ナイフなので東雲だろう。
「…ルート」
ルートも黙ってうなづく。ルートは矢でアンジュに攻撃した。当然鎧であっけなく弾かれて視線はルートとグレイヴに向く。エリックは涙目で安心していた。
「…グレイヴにルート!今までどこにいってたの?3時間大変だったんだ」
(…3日が、3時間?)
時間の感覚がおかしくなりそうだ。しかし、そんなこと彼らは気にしていられない。
「…アルセーヌ、ラン」
アルセーヌは不規則に走り出して小さな青い炎を吐き出す。それをアンジュは薙刀で受け止める。次にグレイヴが変化した。消火器だ。
「これでも喰らえ!」
消火器の中身を一気にアンジュにぶちまける。
「…!」
アンジュの時代に消火器はなかったので、それを使ったのだ。
(…やっぱり古い奴だなw)
その隙にルートは影縫いのナイフを丁寧に抜いてエリックとチェルルを解放した。
「怪我はないか?」
「平気だよ…」
全然平気そうじゃない。グレイヴは消火器のガスの中に人型で入ってアンジュに近づいた。だが、どこを狙えばいいのかわからない。グレイヴは過去のカインのことを思い出す。
(…そうだ、相手を観察。必ず綻びはどこかに…)
すると、一瞬だけアンジュの首元が見えた。そこは鎧がガラ空きでさらに見えたものにグレイヴは笑顔が浮かぶ。勝機が見えた。
「おい、アンジュ!」
「…なんだ!」
アンジュは声のした方を勢い良く向くとグレイヴは狸の姿でアンジュの顔面に飛び込んで強い頭突きをした。
――バリン!
アンジュの顔の液晶に大きな亀裂が入ってアンジュの視界が悪くなる。そして、その流れでグレイヴはアンジュの首にある札に手をかけた。
(これはチェルルを暴走させた札…。もしも同じで暴走してたら…!)
ほとんど賭けだった。しかし、賭けには両親のカジノで慣れている。そして、体を1回転させて札を綺麗にはがした。札が剝がれてアンジュはその場で倒れる。ガスは晴れて不良な視界の中、アンジュは意識を取り戻した。
「あれ、私は何を――」
そこで今までどこにいっていたのか、東雲がやってきた。インカムに指を当てる。
「…主様。緊急事態です!アンジュの札を見破られました!」
『なんやて!?そんなら君が首取ればええやん。ちょうど他の奴らも反省文提出してるし』
ディエゴは驚いていたが所詮捨て駒という感じの言い方で指示を出す。東雲は指示に従ってナイフを取り出す。
「この、アンジュを復活させたのは俺なんだ。返せ!」
しかし、そこでナイフは鋼の手で止められた。カインが変身せずに東雲を止めたのだ。
「…る、ルシファー!?」
東雲の言葉を聞いた、時空ジャンプしていない3人は驚いている。
(どうすんだよ…?ばれちまったじゃねーか)
グレイヴとルートは酷く焦っている。しかし、カインは微動だにしない。もうどうでも良かった。
「…危ないだろ」
――グシャッ!
受け止めたナイフを持ち換えて紙くずのように握りつぶす。そして、近距離の東雲を蹴り飛ばす。すると、東雲は空間の歪みを発生させた。真顔で圧をかけるカインを睨んだ。
「…お、覚えてろよ!?次殺す!」
(…ドラマの見過ぎ?)
そのまま東雲は歪みに身を投じて消えた。カインはパーカーの前を半分ほど開け一息ついた。そしてグレイヴたちに向き直り、アンジュに近づいた。
「アンジュ、100年ぶりだな」
アンジュは亀裂とノイズの合間から見える元恋人に感動する。顔も声も違っていたが、先ほどの東雲の発言により、カインがルシファーだとわかったようだ。しかし、彼の左手の薬指に輝く指輪を見て、アンジュの顔から細かい液晶の破片が涙のようにぽろぽろと落ちていた。カインは膝を屈して座り込むアンジュに視線を合わせる。
「すまないな。今の俺はカイン・月影。妻子持ちだ。お前とは、もう――」
カインは俯いて何かを飲み込む。そこで手を差し伸べた。
「液晶、壊れてるな。俺が少し手を貸そう。…転移する」
アンジュの震える肩に触れると2人は転移した。そして2時間ほど経った。
カインは赤い布をすっぽりと被せたアンジュを連れて来た。カインは複雑な表情から一変して少しだけ明るくなったような気がした。
「…少し戦闘向きに改造した」
布を取ると、アンジュの顔の液晶は無くなって過去のあの綺麗な顔になっていた。さらに身長もリリーとルートの間くらいまで伸びている。スタイルも女性らしい。カインは顔を赤らめる。
「アンジュ、お前のこと俺は嫌いになったわけじゃない。100年前のこと、今さらだがごめんな。俺も身勝手だった」
アンジュは瞳からわずかに水を出す。赤い瞳は綺麗に輝いている。
「いえ、いいんです。私も気が立ってました。今は御家族を大切にしてください。カイン様」
「”様”って付けるな。今は”月影様”が多い」
「付いてますよ?”様”って」
2人の会話は微笑ましかった。しばらくしてカインは時計塔の土台の方に向かい、指を鳴らした。
(…あの指でどうやって鳴らしてんだろ)
グレイヴは疑問がよぎったが、土台のところに台座が現れた。グレイヴは疑問はどこかに飛んでいき台座にコンパスをはめた。裏の模様も確認する。
「…よし、4つ目完了。これで半分だ!」
アブソリュート・ソレイユが円陣を組んで喜ぶ中、カインはアンジュの背中を押す。そして彼女の視界にメッセージを送った。
『行って来い。お前はこいつらから――アブソリュート・ソレイユから学べる。』
アンジュはその言葉を胸に兜を脇に、薙刀を背負ってグレイヴたちに向かう。彼女の目は水でいっぱいだったが笑っていた。
「…あの、私はこの世界をよく知らない。だからな、私もチームに入れてくれないか?」
グレイヴは驚いたが、すぐにニカッと笑う。
「…いいぜ!入ってくれ、アンジュ!」
皆嬉しかった。アンジュはかなりの有力者でかつてのウラヌスの幹部。戦力になった。アンジュはカインにお礼を言おうと後ろを向いたが、誰もいなかった。
*****
カインは転移で実家の裏に戻っていた。そして空を見上げる。開いた窓からテレビのニュースが聞こえた。
――『速報です。リアーナの土地の有害化が進行。このままでは今月中に半分の農地が汚染されると見られ…』
(瘴気か…。ここも危ういな)
そこにクロエがカインの後ろの窓から顔を出した。お腹はかなり大きくなっていて安定したところだ。
「…どうしたの?入らないの?」
「…っ!なんだクロエか…。脅かすな」
驚いて安心したカインにクロエは頬を膨らませる。
「なんだって何よ?…あ、そうそう――」
クロエは窓から離れて近くのシェルフから封筒を取り出した。
「これ、さっき届いたの。郵便じゃなくて政府からのもので…。カインなんかやらかしたの?」
カインはガクッと体を傾ける。そして封筒を受け取った。
「なんでやらかす前提なんだ。この前、サミットで資金の管理者で魔王の俺が入った方が今後の瘴気の改善になるんじゃないかって話をしていたんだ」
封筒の中に入った、サミットの招待状にカインは口を歪めるのであった。
*****
その頃、ウラヌスのアジトでは…。東雲はディエゴの座る玉座の前で目を泳がせていた。ディエゴは笑っていた。でも怖い。
「ねえ、君」
「…は、はい」
東雲はディエゴの前で小さくなる。
「君、なんで『覚えてろよ!』なんて言って逃げたん?かっこつけたん?…正直ダサいで」
「…あ、はい。すみません」
ディエゴは閉じた扇子を何度も手のひらで叩く。乾いたその音は東雲を赤面させて歯を食いしばらせる。
「しかも、せっかく手に入れた戦力を、相手のチームに入れるやなんて。アホやなあ、君」
そして、ディエゴは立ち上がった。
「君の反省文のことやけど…」
「…ひ、ひいいぃぃ」
ディエゴは玉座の奥の扉に近づいて開ける。
「規定の枚数から3枚引いてもええ。君は頑張ったからな」
「…た、たったの3枚」
「なんか言うた?」
「いえ、何でも…」
東雲はディエゴの優しさに心から喜べず、その場で倒れていたが、アシガルが彼を担いで部屋の外に放り出した。
※この物語はフィクションです。




