第60話 堕天使の真実
グレイヴとルートはルシファーに時間ジャンプのことを詳しく話した。この右も左もわからない世界で頼れるのは何度か自分たちを助けた、ルシファーしかいない。過去の町は泥だらけで足元が悪く、整備も行き届いていない。ルシファーは大きな布を何かにくるんで持っていた。片手で持てるのがすごい。
「…そうか100年後か、その様子だと何か戦闘の最中だったな?その傷と息からかなり苦戦したようだが…」
(す、鋭い…)
見た目は老けて頬も少し瘦せて黒い顎髭を伸ばし、かなりやつれているようだったがルシファーの観察眼はかなり鋭い。グレイヴにルートはルシファーに聞かれないように小声で話した。
「あまり未来のことは話すな。歴史が変わるかもしれない」
「…わ、わかったよ。でもどうする?アンジュのことどころか、帰れるかもわからないぞ?」
ルートは少し考えてルシファーに尋ねた。
「あの、俺たち帰れますか?」
すると、ルシファーは穏やかに話した。
「安心しろ。あの時計塔は昔から時空のもつれがあった。だから大きな魔力がぶつかり合うと時空が開いて別の時間にきてしまう。俺の魔眼だと3日後にまたもつれがあるからその時俺がお前たちを帰そう」
このときルシファーがグレイヴに対して何か感じ取ったことをルートは見逃さなかった。
(なんだ?まるでこの世で一番憎い奴を見たような…)
ルートはある”仮説”が浮かんだが、それは黙っておくことにした。未来に影響を及ぼす可能性があるからだ。すると、目の前の女性にルシファーが手を振った。
「あ、アンジュ!ここにいたのか!標的そっちは倒したか?」
「はい、生け捕りにしましたよ」
振り返ると女性は栗色の若干くせ毛のあるショートボブの美人で瞳が綺麗なガーネットのようだ。アンジュはグレイヴたちのことをルシファーから聞く。
「あの、そちらの方たちは?」
「あぁ、時空被害者たちだ。3日後帰す」
すると、アンジュはルシファーの腕にしがみついた。すごくイチャイチャしている。
「…ちょっとまた魔力を削るの?ただでさえこの広い土地に魔力供給しているんだからセーブしないと…」
心配するアンジュをルシファーは苦笑して誤魔化す。
「…心配するなよ。そのために老けさせたからな」
「もう、デートと同じ日でしょ?キャンセルしないでね?」
この会話でグレイヴたちは驚いた。
「…で、デート?」
「まさか、お2人って…」
ルシファーは少し照れていた。代わりにアンジュがキリッとした顔になって説明する。
「付き合ってますが、何か?」
驚き過ぎて声が出ない。アルセーヌもそれを感じて静かだった。あまりにも歳の差があり過ぎる。だが、グレイヴは少し思っていた。
(それを言ったら、カインとクロエさんの方が歳の差大きいか。900年差だもんな…)
少しだけ自分の年齢感覚が鈍っていた。すると、アンジュが捕らえた男性のロープを掴んでルシファーの前に出す。
「おいおい、指示は逃げたネズミの始末だろ?なんで生かしているんだ」
「最後にルシファーにトドメさしてもらおうと思って。ほら早く若い姿になって欲しいし」
「そうか?じゃあ遠慮なく…」
すると、ルシファーは怯える男の胸倉を笑顔で掴んだ。背の高いルシファーは片手で男を地面から浮かせる。男は足をばたつかせていたが、ルシファーはそれを笑っている。
(…何が始まるんだ?)
グレイヴたちは興味津々だ。ルシファーの本格的な戦闘は初めてだからだ。すると、ルシファーは口から大きな触手を1本出した。触手の先はイソギンチャクのように複数の触手が生えている。それは男を頭から丸吞みにし、完全に覆われるとやがて触手から何か吐き出された。男の衣服とロープだった。ルシファーは触手を口の中に収めると手首で口元を拭う。
「あぁ美味かった。アンジュは本当に質のいい奴を選ぶのが上手いな」
「いえいえ、そこまででは…」
談笑する2人に対してグレイヴたちは恐ろしい光景に顔を真っ青にしていた。
「見た、よな…?」
怯えるグレイヴは思わず尻尾が出てしまった。足を震わせるルートは目が複数出ていてアルセーヌは耳が下がっている。
「あぁ、見た…。あれが、ルシファーの…?」
(確か、あの能力は…いや、言わないでおこう)
もう既にこのときルートは仮説が”確信”に変わっていた。だが、グレイヴには黙っておくことにした。うっかり口を滑らせそうだからである。
*****
しばらくしてグレイヴたちは時計塔に向かった。時計塔はルシファーが住処にしている所だったのだ。夜が更けった頃ルートはグレイヴをこっそり小さな部屋に呼び出した。
「…これから言うこと、落ち着いて聞いてくれ」
「なんだよ、急に」
焦るルートに対してグレイヴはケロッとした顔だ。まだ理解できていないのだ。
「…大声出すなよ?」
「だからなんだよ。ストレートに言えよ」
ルートは心臓の鼓動がうるさい中、深呼吸してグレイヴに言った。
「…ルシファーは、カイン・月影だ」
「へ?」
グレイヴは大声を出さなかった。さっきの捕食の光景となんとなく落ち着く感じの記憶が交互に脳内に流れる。グレイヴは軽く笑った。
「な、何を根拠に…」
「根拠ならある」
ルートの即答にグレイヴは冷や汗が流れた。ルートは指を1本立てる。
「1つは”魔眼”。あれは普通の魔族で使えるのはごく一部だ。それに使うと寿命が縮む。だが、ルシファーは躊躇なく使った。相当な魔力を持っているぞ」
続いて2本目。
「2つはお前に対する眼差しだ。一瞬、眉間にしわをよせた。もしも過去にお前の血縁者で憎い存在がいて、なおかつ魔力の優れた存在。土地に魔力を供給しているなら相当この土地に執着している人物でもあるからな、月影しかいない。勇者の騒動で全員皆殺しされたからな」
そして3本目。
「最後に3つ、”魔力補給”。魔王は自分の身体から魔力を生み出せないという欠点がある。他者を捕食して魔力を補給する者は魔王以外にもいるが、アンジュの話だと生命力まで奪っているようだからな。そんなもの取り込む必要があるのは、”老いを恐れる者”か”魔王”以外ありえない」
これでグレイヴは全て理解した。黙ったまま汚れた床を眺めている。すると、ルシファーの声がした。
「…狸の少年、少し俺と話さないか?バルコニーだ」
グレイヴは肩が跳ねたが、気が付けば扉に手をかけていた。
「行ってくるよ」
「…そうか、気をつけろ。俺は先に寝る」
そしてグレイヴはバルコニーに出た。備え付けられたベンチの端でルシファーは煙草を吸っていてグレイヴも反対側に座った。煙は星の見えないインクで塗りつぶされたような真っ黒な空に上っている。しかし、ルシファーが手を夜空にかざすと満天の星空に変わった。
「…スゲー、星ってこんなにあるんだ」
グレイヴは幼い頃から真っ黒な空を夜空と呼び、本当の星空なんて見たことなかった。彼にはとても新鮮だったのだ。しかし、ルシファーは苦しんでいる。
「…!」
よく見るとルシファーの左目の下にもう1つ目ができていた。色は血のように真っ赤でグリグリ動いていた。ルシファーが身を縮ませて力むと、それは引っ込んで少し頬に脈がある状態になった。
「ああ、怖いところ見せたか」
「…いえ別に」
ルシファーは本をベンチに置いた。上着で気付かなかったがルシファーは4つ腕があり、グレイヴには少し新鮮だった。アポローンの暗黙のルールで、『人型で腕は2本、目は2つで黒目は厳禁』というようなものがあった。これは転生者が転生前の世界を再現するためのルールで大した意味はないが、そのせいで”魔族狩り”が流行してアポローンから人を遠ざけた。グレイヴはその箱のくだらない常識の中で育ったので4つ腕は初めてだった。
「無理は良くない。この絵本の勇者様の子孫だろ、お前…」
急に殺気を感じて、ルシファーの方を向くとナイフがグレイヴの頬に当たった。金属の冷たい感触が彼に死を感じさせる。ルシファーの目は真っ直ぐ睨んでいた。グレイヴは叫びたかった。でもルートの部屋はバルコニーから離れていて大声で叫べば間違いなくナイフの向きが変わる。
「あいつは人殺しだ。なのに感謝されて栄光とやらを浴びて王にまでなった。どこの馬の骨かもわからないような奴を…。だが俺は悪評流されて裏の組織で極貧生活。俺はただ、村を守ってただけなのに。――どうしてどうしてどうしてどうして!」
このときグレイヴは涙を流して悟った。
(…あぁ、そうか。今の”カイン”が優しく(?)てもこの時代の”ルシファー”にとって俺は…)
グレイヴは夜風が吹き抜ける中、生きている感じがせず、ただ目の前の憎悪を顔いっぱいに表したルシファーを見ていることしかできなかった。
※この物語はフィクションです。




