第58話 月は太陽に沈まない
グレイヴたちが3つ目の祠の攻略をしている頃、リアーナでは…。
――リアーナ政府機構、緊急サミット
普段は静寂に包まれているこの施設――”リアーナ政府基地”通称月の裏側ではリアーナ中の多くの政府機関の代表が集まっていた。1人の男性――リアーナ魔導結界責任者が深いため息をつく。
「これがリアーナの結界の瘴気による影響です」
中央に映し出されたホログラムにグラフがあった。若干右肩下がりになっている。結界が傷ついてしまっているのだ。さらに年老いた女性――土壌管理官が杖を掲げた。
「瘴気で地面が汚されてね。これでは収穫が下がるよ」
さらに口を開いたのは、若いエリートらしい男性――ギルドセンター依頼確定課の課長代理だ。
「…データでは一部の地域がご覧の通り明らかにえぐれています。徐々に広がっているのでこのままでは西から全体に瘴気の被害が…」
そのとき、ある男が巨大な会議室の後部の扉を開けた。
「その問題、50年前から発覚していたそうだな…。ついにギルドセンターもか」
会議室はざわつく。
「…つ、月影様!?なぜここが…?」
カインだ。今回は白いスーツに帽子を被って白銀の杖をついている。この施設は極秘施設でリアーナのどこにあるのかわからないはずなのにカインはノーヒントでここまでやってきたのだ。
「なんだっていいだろ…。それよりさっきの件、『瘴気による環境崩壊』だがなぜ50年も解決しない」
カインの足元を透明な紙狐が3匹通ったが、カイン以外誰も気づいていない。すると、ある人物が席を立ち声を発する。
「それは、瘴気の原因が不明のままだからだ!」
「…なら、なぜ調べない。お前らは車のフロントガラスが真っ黒でもそのまま運転するのか?いつ何が起こるのか全くわからないこのイレギュラーだらけの世界で、随分と無防備だな」
「…お前、何を!?」
1人声を荒げたが、隣の人物がそれを制した。そして魔導結界責任者が立って深く謝罪した。
「全くおっしゃる通りでございます。我々の落ち度でございました」
カインはそれを聞くと中央のホログラム装置の傍でもたれかかった。杖が地面とぶつかる音が巨大な会議室の雑音を消し去る。
「その瘴気の原因、俺にはわかっている。この世界とは900年の付き合いだからな」
カインの発言は静寂に一筋の光を指す。どこからか1人発言した。
「それならば――」
「”教えろ”、か?残念だがそれはできない。俺はただの金持ちでここでの発言権を持っていないからな。招待客じゃない人物がパーティーに参加するのはマナー違反だ」
やっと現れた一筋の光は瞬時に濃霧の中に消える。カインは黙って最初に入った扉に向かった。
「…俺はマサムネを許さない。死んでいても…」
そのまま会議室を去った。最後の言葉は小さかったがよく響いた。注意深いカインがわざわざ口に出すということは、重要なことであると人々は深掘りしたのであった。
カインはある電話ボックスから出てきた。リアーナの地上ののどかな土地にある公園のものだ。カインは引き締まった顔から少し緩める。ネクタイも緩めてスーツを指を鳴らして一瞬で青いパーカーの普段着になる。そして数歩歩いて後ろを振り返る。周りが閑静な住宅地で条例により遊具を全て撤去された殺風景な芝生の上に赤い電話ボックスが1つ。とても不自然だ。
(…何が極秘だ。遊具が昔あったとはいえ、こんなど真ん中に目立つ色の電話ボックスがあったら不自然だろ。しかも窓が全体にあって中のエレベーターが丸見えじゃないか)
電話ボックスが先ほどの極秘施設の入り口だ。だが、カインは以前あまりにも不自然だったのでウラヌスのアジトの可能性も考慮して紙狐に探らせたところ、偶然にも発見したのだ。そして、なぜ彼がここにいるかというと――
「パパー!どこ行ってたの?」
ティアが白い翼を羽ばたかせて遠くからやってきた。カインはすぐに手を振る。
「ああ!ボールあったぞ」
実はカインはクロエが妊娠したのを理由にクロエの実家に帰省していた。転移魔法陣を作っておいたので幼稚園の心配はない。ちょうど子供たちとキャッチボールをしていたとき、ボールが家の裏手にある公園にまで飛んで行ってしまったので拾うついでに施設に入ったのだ。事前にパスワードを調べたのでスムーズに済ませられた。
「パパ!じいじがスイカ食べようだって」
続いてノアもやってきた。ノアは歩くのが好きなのでトテトテと走っていた。カインはポケットに入っていたボールを手探りで確認するとティアとノアに手を差し伸べる。
「ほら、行くぞ」
「やだ~、抱っこがいい!」
「ノアも~」
仕方ないので2人を両腕に抱えて家に向かった。その後、グレイヴたちが3つ目の祠を攻略したことをチャットで知ったのであった。
*****
――その頃
白いグレーのコンクリートの壁の中華風の城があった。その中で碁をさしていたのはディエゴだった。
「…また負けてもうた。戦略には敵わへんなぁ、東雲はん」
碁の相手をしていたのは東雲だった。帽子を外して床に置いている。そして東雲は頭を下げた。
「…お褒めの言葉、恐縮です」
東雲の謙遜にディエゴは笑い飛ばす。
「ええねんええねん、もっと自分の実力に自信持ちや?」
しばらく笑っていたが、ディエゴは空気が変わるかのように目を鋭く光らせる。
「…そんで、そのコンパスとやらが祠――つまり結界発生装置の鍵なんやな?」
「さようでございます。こちらがその写真です。ただ祠の場所はルシファーにもわからないようで」
東雲は町で隠し撮りしたコンパスの写真を1枚渡す。遠くから撮ったので小さかったが特徴を知るには充分すぎるほど鮮明だ。
「それで、どうなされますか?イルとルカも白い小娘も一度アブソリュート・ソレイユにやられております。――なぜあのような罰を与えたのですか!?」
東雲は前のめりになって少し声を荒げる。しかし、ディエゴは扇子を口に当て笑っていた。
「…何の罰のことや?死刑か?」
「違いますよ…」
東雲は咳払いした。
「『任務に失敗した者は、任務に要した時間を10倍した値の枚数分反省文を書く』というものです!」
「ああ、あれのことか…。おもろいからええやろ?」
ケロッとした顔のディエゴに主従関係とは思えないほどの声量で東雲は続ける。
「よくありません!あれのせいで幹部は動けないのです。しかも、時間は秒単位ってやりす――ぐっ!」
突然東雲の胸が締め付けられるように痛くなった。胸を押さえて身を縮ませる東雲にディエゴは哀れみの笑みを浮かべる。
「また発作か?…君おっさんやろ?無理せんでええよ」
(…いやお前だろ。それに俺はまだ肉体は若い)
ディエゴは東雲に遠隔で心臓を締め付けていた。やがて東雲は発作をやり過ごして姿勢と乱れた服を整える。
「それでどう手をうたれますか?幹部で現在動けるのは私だけ。しかし、祠の場所はあのコンパスのみが手がかり。場所がわからないと戦略を練れません」
東雲は傷つく覚悟で全てをよどみなく伝えた。すると、ディエゴは席を立ち背後にある薬品や呪物の置いてある整頓された棚に向かった。
「足りないんなら増やせばええ…」
東雲は体の向きをディエゴに合わせる。
「しかし、アシガルは我々幹部という司令塔が必要です。数ではとても…」
ディエゴは黙って小さな石を取り出した。石は青白く輝いていてひんやりしている。さらに持ってきたのは和風の鎧と薙刀だった。
「主様、それは?」
「これは昔ウラヌスで有力やった女戦士の鎧と武器。そしてこの石は死んだ魂を呼び寄せるんや」
東雲は推測して言葉を継ぐ。
「死者を復活させるのですか…。しかし、体はどうしますか?」
ディエゴはゆっくり東雲に近づいて東雲の顔に影がかかるほど顔を近づけた。その顔は綺麗だが邪悪さを放った笑みが浮かんでいる。
「東雲はん、君はサイボーグに詳しいなぁ…。この前君の意見でオイルタンク壊したらほんまにカインはんは弱ったわ。君には感謝や」
「…ありがたきお言葉」
そしてディエゴは持っていたものを全て床に置いて奥の紅色の鮮やかな玉座に座る。
「サイボーグは戦力にもなる。カインはん見ててようわかった。――でも肉体ないとサイボーグは作れへんの?」
残念そうな顔をするディエゴに東雲はゆっくり首を横に振る。
「いえ問題ないかと。肉体のないサイボーグもございます。”精神憑依タイプ”というものです。ただ予算の都合上ルシファーのような姿は無理ですが安物で人型は可能です。体格や声など特徴を調べたいのでそちらを一旦預かっても?」
「ええよ~」
東雲はディエゴから装備と石を受け取った。そして帽子を被りその場で膝を屈した。
「…失礼ですが、もう1つお聞きしても?」
「なんや?」
東雲は一度つばを飲み込んで口を開く。
「こちらの死者の名前と種族をお伺いしても?」
ディエゴは穏やかに話した。
「”アンジュ”や。年齢は狸らと同じやな。人間やで。あと彼女は薙刀で一騎当千するのが得意や」
「…承知いたしました。失礼いたしました」
東雲は周りの荷物ごと転移魔法陣で姿を消した。
※この物語はフィクションです。




