第55話 マジックオイルを作れ!
アブソリュート・ソレイユは翌日、ギルドをもう1度訪れた。早速依頼が来たが、今回は少し違った。
「”マジックオイル”?今回は製作所の手伝いなのか?」
グレイヴはメアリーに尋ねるとメアリーはうなづく。
「…そうオイル系は人手が要るからね。まぁ鍋で蒸留するだけなんだけど…」
皆想定外だった。今まで退治か採集だったので、錬成は誰も経験がない。どんよりとした空気を断ち切るようにメアリーは追加の羊皮紙を置いた。
「ちなみにオイルの前に採集はあるわよ?…この前の森のさらに南に湖ができたでしょ?」
ルートはすぐさまマジホでアポローンの地図を確認する。そして紳士的に口を開いた。
「…確かにあるな。そこの地下に原油があるから回収、というわけか」
(めっちゃカインそっくり…)
ルートはまたしてもカインに似たセリフを口にしてグレイヴの思考を止めた。そのあと、各自地図を確認して原油採取用の手漕ぎポンプと手持ちタンクを5つもらった。今回は移動でグレイヴは台車に変化し荷物を運んだ。
「なんでリリー、バッグ整理しねーんだよ!?」
「ごめんなさいぃ」
グレイヴは文句を言いながらそれらを運んでいたのだった。押さなくても自分の意思で動けることがわかったので、1人でルートに後ろを押してもらいながら車輪を回す。しばらくして湖畔に到着した。今回は正確な地図があったためルートに頼んで原油の場所を探してもらった。ちなみに地図を作ったのはカインで、グレイヴと直談判したときに持参した資料から持って来た。最新で抜かりないので本当に助かる。
荷物を下して、グレイヴは変化を解くとポンプを設置した。エリックが渡された手回しドリルで穴を空けて、エリックとルートで協力して重いポンプを穴に運び入れる。タンクに注ぎ入れるときは体力が特に多いルートに頼んだ。おかげでリリーはバッグの整理に集中できた。しばらくしてタンクを全て満タンにできた。
「これで後は持って帰るだけだね」
日向ぼっこしていたチェルルが声をかけてグレイヴは汗を拭う。
「お前何もしてないだろ?ルート、お疲れ」
ポンプを穴から外して穴を足で埋めていたルートがコートを脱ぐ。
「あぁ、お疲れ。安心しろ、俺は鬼で丈夫だから――な…」
その瞬間、ルートは複数の目を出して立ち上がった。目は鋭く、その目尻を冷や汗が一筋流れる。エリックとグレイヴも動物系魔族の感覚で悟る。リリーとチェルルだけわからなかった。
「…ど、どうしたんですぅ?」
「ここ小っちゃい蛙しかいないよ?」
この湖はできたばかりなので、まだ無害な蛙の魔獣くらいしかいない。でも、彼らは感じていた。そんなものより大きな何かを…。
*****
彼らの見えないところで、あの黒い紙狐がいた。その視界はカインに共有されている。カインはリアーナのあるビルの屋上でコーヒーを片手に口を歪める。紙狐の映像から1匹の黒と赤の斑模様の蛙が見えた。
「…”ボムフロッグ”か。こいつでいいか。――やれ」
すると、紙狐の額の紙の魔法陣が光り、目の前のボムフロッグ目掛けて赤紫色のオーラになって入っていった。すると、蛙は同じオーラを纏って巨大化した。さらにカインはテレパシーで命ずる。
(…憑依完了。こいつらを襲え。死んでも構わん)
紙狐には能力があった。カインの監視カメラ、結界の応急処置、幻を生み出すホログラム機能といったものがあるが、他にもある。その1つが「憑依操作」だ。ある魔獣や魔族に憑依して自在にカインがゲームのアバターのように操作するのだ。さらにカインが紙狐に魔力を込めることにより憑依対象をパワーアップさせられる。
しかし、今回は自動で暴れるように設定した。
*****
アポローンではその蛙が目の前に立ちはだかった。エリックは目を丸くして、マジホの図鑑機能で確認する。ボムフロッグのページだ。
「…これ、ボムフロッグ?サイズが図鑑より大きい…」
グレイヴは同じく図鑑アプリで調べた。
ボムフロッグとは、小型の蛙の魔獣で、爆発物を作るための火薬の原料となる油を出すので家畜にするのが一般的だ。しかし、強化された大型ボムフロッグはそんなしょうもない力だけではない。蛙はなんと湖の水を念力で操って攻撃してきた。
「…うわっ、なんだよこいつ!?図鑑と違うぞ!」
グレイヴは咄嗟に水の塊を避ける。地面に転がった後、ルートが首に下げていたペンダント型ルーペで蛙を観察した。ボムフロッグから赤と黒の禍々しいオーラが立ち上っている。
「これはただの魔獣じゃない…。何者かが狂暴化させたんだ!皆構えろ!」
全員すぐに戦闘準備に入る。グレイヴが剣で一閃を食らわせた。
「これならどうだ!…新技”退魔斬り”!」
グレイヴはギルドの最中に考え出した。強力な一閃技はボムフロッグの腹をかすめたが、表面の油のせいで剣が効かない。グレイヴは剣が輝きを増していることに絶望した。次にリリーが立ち上がる。
「私に任せてください!…魔法陣展開、”熱砂の光”!」
ボムフロッグの上空に大きな黄色い魔法陣を召喚して強風を起こす。これは真下の湿度を一気に乾かさせる聖女初心者の魔法だ。戦闘に使ってはいけないという条件はない。しかし、油は乾かない。当然だ。今度はエリックが銃を構える。
「僕もこの新入りを使うよ!…”セイレーン・ダンス”!」
弾は銃1つずつだったが、青いもので特別感があった。着弾すると、水の柱が大量にボムフロッグに打ち込まれる。しかし、水と油というくらいに、油と水は混じりあわない。ルートはカンカンだ。
「さっきから雑じゃないか!?もっと頭使え!」
グレイヴはそれに反論する。
「俺にそんな頭ねーよ!」
ルートはため息をついて、グレイヴをジェスチャーで呼んだ。そして耳元で何か囁いた。グレイヴは明らかに乗り気じゃない。
「…えー、なんでそれになんの~?」
「文句言うな。正義を証明するんだろ?」
グレイヴは促されるままに変化した。変化したのは大きな鏡だ。すかさずボムフロッグに向ける。
――『いいか?鏡に化けてくれ。なるべく大きいものを、頼む。後は俺に任せろ』
(…なんで鏡?盾とかじゃないのかよ…)
ルートの作戦がよくわからず、言われるがままに化けた。すると、ボムフロッグが動きを止めた。そのあと、ルートが矢を向けていた。そして、アルセーヌに指示する。
「…アルセーヌ、サイコウェーブ」
アルセーヌは両耳を立てて、そこまで強くない念力で油を剝がして足元の壺に移した。壺はリリーのバッグの中に入っていたガラクタだったが、普通に使えた。そして油が一時的に落ちると、ルートが矢を放った。黄色とも白とも言えるような不思議な神秘的な光をまとった大きな矢だ。
「…喰らえ、”断絶の破魔矢”!」
矢は直接当たらず、敵の前で破裂した。しかし、敵の体から魔力が一気に抜け出して、元のサイズに戻った。グレイヴは元の人型で小さなそれを片手に載せる。
「…元はこんなに小さかったのか」
そして、安全な湖の浅瀬に連れていき、静かに離した。
「もう狂暴化されるなよー!」
こうして、グレイヴたち――アブソリュート・ソレイユは突然狂暴化したボムフロッグを落ち着かせ、さらに貴重な油を大量に手に入れた。このとき、粉々になった紙が黒から白に変化して灰のように消えたことに誰も気づいていない。
「――にしても、なんであいつ鏡で止まったんだ?」
エリックは驚いて説明する。
「知らないの?蛙系の魔物は鏡を見ると自分の醜い姿で動けなくなるんだよ?」
「なるほど、それでか」
このとき、全員グレイヴの学の無さに心底呆れたのであった。
*****
アブソリュート・ソレイユがギルドに戻ると、ボーナスがもらえる約束ができた。火薬の原料を手に入れたからだ。そして、本題の工房の手伝いに向かう。工房のお爺さんが空気を送る装置を出した。浮き輪を膨らませるポンプのようだ。
「これで空気を送ってください」
簡単そうだったので全員承諾した。それにボーナス付きの依頼の報酬もある。
しかし、結構過酷だった。休まず立て続けに熱い炎の前で装置を動かし続けなければならない。さらに中腰姿勢なので腰と強烈な熱のダブルパンチだ。しばらくしてチェルルがリタイアした。
「皆、…ハアハア。休むな!」
「チェルル、休んでいいぞ!水分補給しとけよ、スライムだからな!」
ルートが体を前後に動かして汗を流している。グレイヴは熱に耐えられず、ついに上の服を脱いでしまった。他の男性陣も同じようにする。リリーとチェルルは真下に温度を下げる魔法陣を出して和らげていた。全員出しているが、リリーとチェルル以外誰も気づいていない。
――夕方になって、ついに鍋の火は消された。
「お疲れ様です。しっかり休んでください。報酬は宿に送ってもらいますので」
工房の爺さんに優しい声をかけてもらったが、この日宿に無理やり向かったのはいいが全員体力が限界で宿の入り口で倒れてしまい、翌朝しこたま怒られたのであった。
※この物語はフィクションです。




