第46話 敵は一筋縄ではいかない
「…イン、カイン!」
「…き、兄貴!」
カインが目を覚ますと無機質な白い天井と、涙を目にいっぱい浮かべたクロエとアレックスがカインの顔を覗き込んでいた。オイルがまだ足りてないからか、体がまだ起き上がらない。真夜中なので子供たちに会えないのは残念だ。
「…クロエ、アレックス」
アレックスはマジホのある画面を見せていた。黒い画面いっぱいに赤い文字で『SOS』。さらにその下には銀色の月と彼岸花を模した月影商会のマークがあった。
「散歩してて突然ものすごい着信音がしたのでマジホ見たらこの画面ですよ!?だからマークを押して地図に印があったので向かったら兄貴が…」
「あぁ、それは俺の連絡先が入っている最も近いマジホに届く緊急信号だ。説明していなかったからクロエが来ると思っていたが…」
アレックスは首を横に振る。
「いえ、これはどう考えても非常事態だったので足が動きましたよ。どこも盗まれてないそうですよ」
「そうか、良かった。アレックス、感謝している」
その温かい言葉にアレックスは嬉しくてさらに涙を流す。クロエももらい泣きしていた。
「う、嬉しいです。俺が兄貴のお役に立てて…」
「何言ってんだ。お前は日頃からスケジュールや行き先、向かう時の最適な交通手段まで考えているじゃないか」
「いやでも、あれはマネージャーの仕事で…」
「…”当たり前”か?その当たり前ができないのはこの世には多い。お前の強みだ、それは」
カインは自分のことのようにアレックスを褒めて、さらに感謝したのだ。その空間にクロエは涙が止まらない。
「カイン。実は私、天照寺君と連絡先交換したの」
その事実にカインは複雑な気持ちがあった。グレイヴはかつて自分に酷いことをした。そしてカインはそれをやり返している。クロエが彼と繋がることに、カインは抵抗も絶望も感じなかったが、歓喜もなかった。
「…それでなんだ」
「それで、今回の事件のこと彼にも伝えたんだけど…」
クロエは顔を曇らせて俯いていた。カインは苦笑いする。
「俺のことなんかどうでもいいだろ?あいつはそういう奴だ」
「…ち、違うの!」
「?」
カインは想像していた。どうせ既読スルー。俺は所詮ただの元使用人で今じゃ頭を下げる相手。弟がなんだとほざいていたが、あれは冷静になればアホ狸が咄嗟に距離を縮めたくて言った言葉。深い意味なんて微塵もない。しかし、現実は違った。
「まだ既読がつかないの…」
「それだけ?」
横のアレックスは開いた口が塞がらない。普通過ぎて深みがない。カインはその何ともない空気を機にクロエに尋ねた。
「…なぁ、クロエ。この前グレイヴが、俺のこと『弟』って呼んだんだ」
「弟?」
カインは眉間に皺をよせるクロエにさらに質問した。
「確かに『ジル』は本来あいつの弟の名前。だが向こうが一方的に呼んだだけで俺は名乗っていないんだ。クロエはなぜ弟扱いしたんだと思うか?」
その瞬間、クロエの涙が止まって冷めた目になった。
「…それ、ただ自分が有利で加護の理由にしたくて愛してるよアピールしたんじゃない?小説でよくある婚約破棄されて幸せな時間を過ごしている主人公にクズな元婚約者が『君を愛してる』とか言うやつよ」
「?」
「実は優秀でしたとか可愛げなかったのに突然可愛くなったとか――実は仕事の大半を受け持っていて家計が火の車だとか」
クロエの説明は異世界の知識でよくわからなかったが、カインは納得してしまった。特に最後の例がまるっきり同じだった。
「それだと、俺が別れたヒロインってことか?グレイヴがクズで」
クロエは無表情でうなづいていた。カインはオイルも足りてきて起き上がった。しかし、表情は複雑だ。
「俺はあいつの妻じゃないし、婚約じゃなくてただの従業員だ」
「まぁでも、おかげでカインが妻と家庭を大事にするいい夫になったのは事実だし、家事も上達したじゃない」
クロエの明るい言葉で締めくくられて、カインの苦笑いが止まらなかった。思い返すと、確かにグレイヴとカインは1対1で家にいて家事は全てカインに押しつけていた。さらに勉強やせっかく呼ばれた社交界のパーティーの届もグレイヴは無視を続けた。その上、令嬢の告白の証のハンカチだって無惨に扱う。確かに、自分は使用人だが実質天照寺家の公務を担って、グレイヴのことで1人で謝罪までした。
(これは、俺があいつを嫌いなわけ。――いや、アポローンを捨てられたわけ、だな)
このとき、カインは自分がなぜ思い出が深いアポローンという地から何の未練もなく去れた理由をやっと理解できた。
――それはそうと、ウラヌスという脅威はカインをもねじ伏せかけるほどの力を持つことを改めて感じた。
※この物語はフィクションです。




