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第44話 ディエゴ、再び

 コンパスをグレイヴに託した翌日、カインは平常運転で仕事をしていた。この日は会議続きでやたらと粘る新規事業やプロジェクトがあったので公正な判断を決定させるのに時間と労力を消費し、かなり疲れていた。


 今現在、カインはリアーナの空中庭園のあるバス停のベンチに頭を真後ろにダラリと下げて座っていた。


「…あぁ、25件は体に応える。俺も衰えたか…。」


 外見からは想像できないようなセリフだったが、それくらいカインは疲労困憊だった。しかし、そんな彼に聞いてはいけない声が聞こえた。それは男性なのに女狐のような京都弁風の男のものだ。


「カインはん、久しぶりやね」

「…なっ、ディ――おっと」


 あまりの衝撃でカインはベンチから転がり落ちる。起き上がるカインの体をディエゴが支えた。


「大丈夫なんや?疲れとるみたいやけど…」

「別に平気だ。日常茶飯事だ、こんなの」


 カインは立ち上がってスーツに付いた砂を手で払う。


「それで、何の用だ。こんな白昼堂々来るとは、随分とウラヌスは無防備なことで」


 少し煽っていた。ディエゴはウラヌスのボスと思われる存在。簡単に情報を引き出す、”言葉のスペシャリスト”だ。周囲を改めて確認するが誰もいない。


(そういえば近所で水道工事が…)


 その理由は明確で、合法的な手続きも踏んであるので怪しいものではなさそうだ。カインの警戒心を見抜いたのかディエゴは両腕を広げてクルクルと回転する。


「このリアーナの観光がしたいんよ。せっかくやから案内してくれへん?」

「は?なんで俺が…」

「断るん?ええで、ルシファーの情報流すけどな」


 それを聞いてカインの体は石のように固まる。もしも自分が暗殺者だったことが広まれば、仕事は勿論、家族にも迷惑をかけかねない。クロエと娘たち、さらに服のデザインや発注を喜んで報告してくるアレックスの姿がカインの脳裏を次々に通り過ぎていく。カインは解決策を考えた。


(あまりウラヌスと、しかもボスのディエゴと!?ただでさえ昔から気に食わないというのに…)


 気づかれないように少しだけ視線をディエゴに移すと、彼は鼻歌まじりに楽しそうだった。


(…だが、もしかしたら内情を知れるんじゃないか?)


 その考えに至ったカインは顔を上げてディエゴに目をそらしながら向き直る。


「…ま、まぁ、この国の知名度を上げるのも?お、俺の務めだからな。案内くらいならするぜ?」


 カインの返事にディエゴは扇で口を塞いで上品に笑う。


「相変わらずツンデレやな。カインはんは…。」


 ――こうしてカインはディエゴとなぜかリアーナの名所の案内をすることになった。


 でたらめに歩いているようだが、カインは計算された道を案内している。それは「リアーナの結界に直接、もしくは間接的に関わる施設やポスターを視界に入れないルート」だ。ディエゴがただ観光してきたとはとても思えない。


(本当に観光なら適切な機関があるだろ…。それに一度来ているじゃないか)


 カインはディエゴが噓をついているのは完全に気づいていた。だが、真実がわからない。なぜカインに頼んだ?なぜアポローンではなくリアーナに?隣国だから?カインは内心首を横に振る。


(いや、俺が狸を毛嫌いしているのは周知の事実…)

「カインはん?」


 ディエゴの声でカインは目を覚ます。そういえば全然話し合っていない。ディエゴは両頬に両手を添えて体をくねくね動かしている。顔はご満悦だ。


「なんやぁ~、さっきから僕の顔ジロジロ見てぇ。照れるわぁ」


 どうやら観察していることがディエゴに気づかれていたようだ。


(紙狐越しだったというのに…ばれてたのか!?)


 カインは1歩後ずさった。そして視界に映ったあるもので声を上げる。


「ディエゴ、あの大きなタワー見えるか?」

「…見えるで?大きいなぁ」

(よし、話題そらせた)


 カインは内心ガッツポーズをしていた。同時に安堵する。


「あれはな月影タワーと言って、リアーナの有名な観光スポットだ。俺が1年投資を続けた記念で建てられた」

(あれなら、知れるものは知ってるだろ…。)

「そうなん?カインはんは凄いなぁ」


 東雲の件からさらに結界を強固なものにし、セキュリティも頑丈にした。ここで変な情報を吹き込まないように慎重に言葉を選んでガイドをする。その結果、自分のマウントのようになったのがカインの後悔だった。


「なぁ、カインはん?あの先なんかあるん?」


 ディエゴが指さしたのは昼間でも薄暗い人気のない路地裏だった。


(あそこは別に問題ないな…あまりまんべんなく行くと逆に思考が気づかれる)


 カインはマジホの時計を確認して少し焦るしぐさをした。抜かりのない完璧な演技だ。


「この後、撮影がある。だからあそこで最後だ」

「そうなん?残念や。また暇できたらよろしゅうな」


 ディエゴは眉をひそめる。しかし、撮影の予定はあったがまだ先のもので時間は結構余裕だった。カインのディエゴから脱却する策だったのだ。2人は狭い道をディエゴを先頭に歩き出す。


「ほんまにこの世は腐っとるなぁ」


 突然ディエゴから重苦しい空気が漂う。全く変わらない同じ壁で自分がループしているのではないかと疑ってしまうほどの不気味な景色がそれをさらに重くした。ディエゴは続ける。


「皆が好き勝手動くさかい、乱れが酷くなって世界は不安定になる一方や」

「なぜそんな話を今――」


 カインがやっと口を開いたそのとき、――ドスッ…


「?」


 カインの腹部に妙な感覚がした。痛みはないが体に伝わる衝撃から何か太い棒で刺されたことがわかった。カインは自分の腹部に目を向けるとディエゴの背中から蜘蛛足が1本出てカインの腹部に刺さっていた。


「油断したなぁ…ルシファー」

「――がはっ!?」


 ディエゴが不敵な笑みと共に足を抜くとカインの口からオイルが噴き出た。蛍光緑色の液体が腹と口から出てきてディエゴの頬に飛沫が付着する。そのままカインを壁に叩きつけると、カインはオイル不足で体の力が抜けて壁にもたれかかるようにして座り込んだ。


 その苦しみながら起き上がろうとするカインにディエゴは隠していた残りの7本の足を出してネットで両足を地面にくっつけるように発射する。カインは右手を変形させようとしたが、その前に同じネットで壁に拘束。左手も何もしていないのにも関わらず拘束されてしまった。


(…オイルが足りない。力づくで脱出できねぇ。右手は…糸が絡んでダメだ。左も…)


 完全に罠にかかってしまった。カインはディエゴの巧妙な策に、気づいていたがかかるしかなかったのだ。ディエゴはサバイバルナイフを取り出してカインを見つめるのであった。

※この物語はフィクションです。

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