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第42話 逆転の一矢

 グレイヴ、カイン、そして巻き込まれたルートは川が背後に来るまで下がっていた。


「これは”背水の陣”だな。読んで字のごとく」


 カインは周囲を探る。そして”あるもの”を確認すると、カインは体の向きを変えた。


「…俺はアポローンの住人じゃない」


 それだけグレイヴの耳元で囁くとカインは我先にと走り出した。それはグレイヴにとってとても冷たく深く胸の奥に刺さる出来事だった。


「おい、俺を見捨てるのか!?働かせてもらった恩を――」


 そこでグレイヴは手で口を押さえた。


(しまった。また俺は…)


 自分が完全な善人でないことをグレイヴはこのとき悔いた。そして剣に手をかける。しかし、魔獣がインクの体で柔らかすぎて剣が全く効かない。


「あぁ、どうすりゃいいんだよ!」


 *****

 ――一方その頃、カインは…。


 旅商人の店に酒を売っている店があったので、そこに駆け込んで店主の老婆に声をかける。


「酒売ってくれ!いくらだ?」


 店主は寝起きのような顔で答える。


「銀貨2枚」


 その値段は普通の相場より高かった。だが、カインはすぐに銀貨2枚をカウンターに置く。それと同時に割れた木のコップに入ったウイスキーが置かれて間もなくカインはそれを口に入れる。しかし、――


(…まずい)


 表情には出さなかったが、ウイスキーはしばらく日光が当たって生ぬるくなった水に数滴麦茶を垂らしたような味がした。まずく感じるのは決してカインが舌が肥えてるからではなかった。


(これだと魔力の回復ができない…!)

「なかなかいいな…。樽ごと買おう。これで頼む。釣りは要らん」


 金貨を5枚置いた。アポローンだとボートが買えるほど高額だ。他に酒の店は見当たらなかったので、この微妙な味のウイスキーを大量に、急いで樽1杯分飲むという孤独な戦いを人知れず行なっていた。


 *****

 カインが冷たく去ったあと、グレイヴとルートは完全に追い詰められていた。前方には大きくなり続ける魔獣、後方には太い川。逃げ道なんてない。魔獣から黒いインクの塊が複数現れて2人を襲う。


 絶体絶命という言葉が2人の足をすくめる。そんなとき、――


 流れるような銃声と共に塊は撃ち落される。振り向くと川の対岸にエリックたちがいた。


「待たせたね!」


 エリックたちはすぐさま川に足を踏み入れた。川はくるぶし程度の深さで流れもそこまで速くなかった。つまり、グレイヴとルートは逃げ道に気づいていなかっただけだったのだ。


「このまま走れば良かったな」

「そうだな」


 2人は先ほど感じた絶体絶命という言葉に恥じらいを強く感じていた。エリックたちはグレイヴたちの岸の辿り着き、リリーが斧を勢いよく振ると突風で魔獣は大きく後ろに下がった。これで戦闘可能になる――はずだった。


 魔獣は大きく剣も効果がない。しかも水のように不規則に動くので攻撃のチャンスがつかめなかった。


「動くなぁ。このフヨフヨ~」


 チェルルが頬を膨らませて”損じ手紙(インクゴースト)”に激しく怒る。すごく可愛い。全員マジホのカメラを向けている。そんな中、1歩前に出たのはルートだった。


「俺が行こう。行くぞ、アルセーヌ!」


 アルセーヌも攻撃態勢に入る。グレイヴ以外は「誰?」と言いたげな顔でルートを見ている。当然だ。名前知らないのだから。ルートは片手にボウガンを生み出す。そして、腕でアルセーヌに指示を出した。


「…アルセーヌ、シャウト」


 アルセーヌは大きく吠え始めた。遠吠えとも異なる大爆音だ。


「ぐわぁー!」


 空気が激しく揺れるようなその音にグレイヴたちは耳を塞ぐ。ルートはなぜ平気かというと…。


(あいつ、自分だけ耳栓してやがる…!しかもめっちゃ高そうなノイズキャンセリングだ)


 ルートの耳に小型の耳栓型ノイズキャンセリングがあったのだ。これのおかげでルートはアルセーヌの大絶叫で自滅しない。そして、ルートは静かにボウガンを魔獣に構える。口を少し動かすと何色とも言えない不思議な光の矢がボウガンに現れた。


「…喰らえ」


 引き金が引かれて矢は魔獣に刺さった。すると、魔獣から白い蒸気が湧き上がって縮み始める。アルセーヌのシャウトも止んで、グレイヴたちは呼吸を整える。さっきの音で心臓が止まりそうだった。


「…な、何を、なさったんです?」


 リリーが過呼吸になりながらルートに尋ねると、ルートは涼しい顔で視線を向ける。


「毒を放っただけだ…」


 ルートはボウガンの弦を元の位置に戻していた。アルセーヌにもご褒美の餌をあげている。しかし、魔獣は蒸気を出しながらも動いている。完全に倒れてないようだ。かと言って時間経過ではいつかやられる。そこでエリックが思いついた。


「いっそのこと、川に入って落とそ?」


 しかし、背後の川幅では魔獣が大きすぎて落とせない。まさに万事休す。ここで今度こそ終わりだ。グレイヴがそう思った瞬間、魔獣に薄汚れた包帯のようなものが複数絡みついた。なぜか液体状なのに拘束できている。


「なんだ?」


 すると、魔獣の足元から仮面の男――変身したカインが現れた。ただし、グレイヴたちはカインだとわからず、代わりに別の名前を呼んだ。


「「「「ルシファー!」」」」

「…ん?ルシファー?」


 ルートだけ初対面なので首を傾げる。カインは黙って指を1回鳴らす。魔獣の体の中央に黄色い魔法陣が現れた。まるで的のように…。そのままカインは魔獣の背後へと姿をくらました。


(後は頼んだ)


 全員ルシファーの意図が理解できなかった。的のようだが、誰の攻撃で何の魔法かなどがわからなかったからだ。しかし、1歩出た男がいた。


「る、ルート?」


 ルートはコートの内ポケットから小さな厚みのある手帳を取り出して流れるようにページをめくる。


「何してんだ?」


 グレイヴの疑問にルートは答える。手帳はよく見るとぎっしり文字が書かれた辞書だった。


「あの魔法陣、一緒に古代語が書かれている」

「まさか読めるのか?」


 グレイヴは目を丸くしてルートに目を輝かせる。


「探偵だからな…。これでもマルチリンガルだ。古代語は調べないとわからないが…」

「”まるちりんがる”って?」


 グレイヴは初めて聞く単語に首を傾げる。ルートは嫌な顔をした。


(いちいちうるさいな。こいつ…)


 心の声が完全に周囲にわかった。ため息まじりに答える。もう聞くなよ、というような意味も含めて。


「多くの言語を操るってことだ」


 言っているとルートは辞書を閉じた。


「あの的に水属性の魔法でしばらく残るような攻撃を当てればよいらしい」


 早速エリックが銃をクロスさせて構える。


「じゃあ僕が…」


 それを遮るようにルートは首を横に振る。


「ダメだ。『しばらく残る』から矢がいい」


 ルートは再び詠唱して今度は渦潮をまとった矢を生み出す。そして片膝をついて狙いを慎重に合わせる。そして、引き金は引かれた。見事に的の中央に命中した。魔獣はそのまましぼんでいき黒い小さなシミになって消えていった。


「おっしゃ、大当たり!」

「…お前は人の成功を自分のものにするのか」


 喜ぶグレイヴにルートは冷徹な一言をぶつける。


(…カインみてぇ)


 カインの冷めた目とルートの冷めた目が完全に脳内で一致した。変装でもしてるみたいだ。


「自分のものになんざしねぇよ。成功はどんなに小さくても祝えばデカくなるだろ?」

「…!」


 グレイヴの朝日のような爽快な笑顔は一見無邪気な子供のようだが、”的を射た”話だった。


「…!」


 ルートの中で何かが動いた気がすると同時に、グレイヴのズボンのポケットの鈴がけたたましく鳴り始めた。


「うっわ、うるさ!なんだ?」


 顔をしかめるルートにグレイヴは頭を下げて鈴を取り出した。取り出すと、鈴はさっきの魔獣の方を一瞬向くと、そのまま垂直に垂れた。やがて焼ける音がして鈴は黄金色から真っ黒になる。そして炭のようにボロボロと崩れて紐だけになってしまった。


「す、鈴が…」

「もう討伐すべき魔獣はアポローンにいないってこと?」


 口々に話し合っていると、グレイヴのマジホに着信が来た。


 ――それが新たなる冒険へと繋がる。

※この物語はフィクションです。

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