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第40話 ロゼッタの正体

 翌日、グレイヴはアポローンのある商店街に来ていた。埃を払った貴族用の衣服を着用している。しかし、店らしい建物はなく、あるのは旅商人たちのテントだけ。最近やっと彼らがアポローンに踏みとどまるようになってくれた。おかげでグレイヴたちのような冒険者たちは大量の食料を持たなくて済む。


 グレイヴの目的はロゼッタと会う約束をしていたからだ。これが初対面になる。グレイヴは手紙を胸に心を躍らせていた。手紙はラブレターで正確な時刻と場所が記されている。グレイヴは手紙を再確認した。


「この門を通る赤い馬車に乗ればいいんだな…」


 アポローンは道が全く整備されていない。目立った地割れは無くなったが、舗装工事という技術がアポローンにはなかったのだ。そのせいで馬車なんてアポローンの領土内を通ったことがない。海外の技術者を呼べばいいが、学のないグレイヴにそんな考え及ぶわけがない。グレイヴは自分がサイボーグ化した姿を想像している。


(背はカインくらい高くなりたいな…。それに手からミサイルとかレーザー出してみてぇ。カインに詳しい仕組みとか聞きてぇけど俺たちの仲断ち切るつもりだろうから…。)


 ちょっとだけ腕を前に出してミサイルのイメージトレーニングをする。完全に心はロゼッタの件で染まっている。そして目の前に赤い馬車がやってきた。金銀の装飾が金銭的地位を見せつける。グレイヴはネクタイを直して止まった馬車に走り出す。


「おーい、ロゼ――」


 しかし、そのとき銃声の音が聞こえた。馬車の車輪が大破する。


「え?」


 グレイヴは突然の出来事に体が動かない。バランスを崩した馬車が横に倒れて大きな音と共に砕け散る。グレイヴは金縛りが解けたかのように走り出して馬車の荷台部分に近づいて破片を取り除く。


「ロゼッタ!こんな事故で…」


 そんなとき馬車の後ろから声が聞こえた。その低くて知性的な声はグレイヴがよく知っている人物のものだ。


「…それがロゼッタか?ご愁傷様」


 カインだった。黒いロングコートにサングラスを着用している。カインはグレイヴが珍しく正装しているのを少し滑稽に感じていた。グレイヴの顔のどこか幼い感じと服の礼儀正しさが全く一致していない。しかし、グレイヴはそれよりも馬車のことで頭がいっぱいだった。


「カイン!どうしてくれんだよ!?」

「何がだ」


 グレイヴの怒りをカインは冷たく受け流す。嗚咽がグレイヴの顔から漏れ出る。涙のせいで目の前の無表情でにらみつけるカインの姿がぼやけてきた。


(あいつが俺に対して冷たいのはわかってた。でもこんな風に人の命を…。)


 グレイヴは怖かった。この人は死なないから命なんて価値がわからないんだ。カインが恐ろしい悪魔のようにも感じた。しかし、グレイヴの目元に布が当たる。その感触は温度がないのに温かい。


「グレイヴ、お前は何か勘違いしているようだ。こんな化け物に魅了されるとはな…。」


 カインの声は冷え切っているが、どこか不器用な優しさを感じさせた。グレイヴは涙を拭い、カインの姿が見えると、カインはグレイヴの頬にハンカチをこすりつけていた。そしてカインはハンカチをグレイヴに無言で渡す。


「後は自分で拭え。いつまでもガキじゃねぇんだ」


 グレイヴがハンカチを受け取って涙を拭っているとカインは立ち上がり、壊れた馬車に目をやる。その目はとても鋭かった。


「…よく見とけ。お前の愛しいロゼッタの正体を…。」


 カインが手を馬車にかざすと馬車から黒いインクのようなヘドロがわきあがった。それはグレイヴの目を疑わせる。


「…なんだよ」


 怯えるグレイヴに対してカインは冷静に返す。こんなの普通だとでも言うような顔で。


「だからこいつがロゼッタだ。こいつは”損じ手紙(インクゴースト)”という魔獣でな。書き損じで使われなかった手紙が魂を宿した存在だ」

「…つまり、怨念を持つ付喪神みてぇなもんか?」


 カインはグレイヴの解釈にうなづいた。さらにグレイヴは質問を投げかける。


「じゃあなんで俺をサイボーグ化手術させようとしたんだ?」

「お前もたまには良い質問するんだな…」


 カインはグレイヴの疑問に少し驚いたが、説明する。グレイヴは少し眉間に皺を寄せた。


「…体だ」

「?」


 カインは勢いよく拳を前に出して素早く手を開いた。”損じ手紙(インクゴースト)”の表面に鎖の模様が浮かび上がって動きを鈍くする。


「こいつは不安定でいつ消えても不思議じゃない。だから”完全な生命体”になるため肉体を必要とした。貴族のネットワークだったのは、どこかの貴族が書いた手紙だったのだろう。込められた思いが強いほどなりやすいからな」


 グレイヴはカインの説明になんとなくうなづいてしまった。同時に自分の警戒心の薄さに少し後悔をした。しかし、”損じ手紙(インクゴースト)”が鎖の模様からはち切れるように膨らみ始めるとカインはグレイヴの手を掴んだ。


「…まずい。結界が壊れる!逃げるぞ――って、ん?」


 振り向くと掴んでたはずのグレイヴの手がない。前に目をやると猛ダッシュで逃げるグレイヴの姿があった。こうやって保身のためなら仲間でも見向きもせず逃げるのがグレイヴだ。


(…あいつは変わらん)


 そして結界が完全に破壊されカインもグレイヴを追うように逃げた。決してグレイヴが心配なのではなく、ただ1本道でたまたま同じ逃走路しかなかったからだ。やっとグレイヴの姿が見えるとカインは呼びかける。


「おい、前見ろ!曲がり角は危ないぞ!」


 しかし、グレイヴは全く聞く耳を持たない。背後のカインを体をねじって見ながら余裕の顔で走る。


「平気だって!土地勘あるし、ここ魔導車すら…」


 しかし、――ドスン!


「うげっ!なんだよ前見ろって…」


 グレイヴは曲がり角で誰かとぶつかった。グレイヴは自分の謝罪をせず一方的に怒る。しかし、相手は正義感が強かった。


「なんだ、他者に向かってその言い草は!?これだからアポローンは滅ぶのだな…」


 相手は男性で人型だった。やっとカインは転んだグレイヴの場所までたどり着いた。


「こら、貴族として、さらにはアポローンの権力者として、まずは謝罪しろ!――ってお前は…!」

「あぁ、月影様。お久しぶりです」


 グレイヴとぶつかった男はカインが知っている人物だった。前に迷惑動画の件で月影商会の前で不審な動きをしていた刑事みたいな男だった。


「よく覚えてましたね。動画は削除されたと言うのに…」

「当たり前だ。俺は一度見た奴の顔は忘れない」


 男は立ち上がって礼儀正しく()()()()お辞儀した。グレイヴにはそんなことをする意味がないと完全にわかっている様子だ。


「…申し遅れました。俺はルート・東祭(あずまつり)。旅をしながら探偵をやっています」


 その男――ルートはカインにしか目がいってなかった。

※この物語はフィクションです。

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