第39話 グレイヴの春
――東雲の件が解決してからリアーナでは、普段暗い印象のカインがさらに暗くなっている。
(俺のせいだ…。俺のせいだ)
あの断層の事故は完全に事故として片付けられた。さらにカインの関与する証拠がなかったのでカイン自身は訴えられなかった。それが彼に罪悪感を持たせたのであった。
「…イン、ねぇカインってば!」
「!」
カインはクロエの呼びかけに目を覚ました。周囲を見渡すとリアーナの大きなショッピングモールだった。すぐにカインは記憶を整理する。
(…そうだ。今日は休日だから娘たちの弁当箱を購入がてら、ここに…。)
クロエはカインの顔を心配そうに覗き込む。
「ねぇ、大丈夫?すごく暗いわよ?」
「…大丈夫だ。ティアとノアは?」
「向こうのバルーンプールで遊んでるわ」
カインはクロエの顔に少し微笑んだ。もしも指輪がなかったら、もうこんな平和な光景に戻れなかったかもしれないから…。しかし、その2人の時間を裂くようにカインのマジホに着信音が鳴った。画面にはいかにもタイミングの悪いときに電話してきそうな男の名がある。カインはゆっくり立ち上がった。
「すまない。グレイヴから電話だ。席外すぞ」
クロエは黙ってうなづいてカインの背中を見送った。しかし、カインの整った顔は少し崩れた。
「…なんだ」
『なんだよ、暗いぞ?』
「クロエにも言われた。用はなんだ?」
カインは乗り気じゃなかった。グレイヴの期待するような声がなんとなくカインに話題の意図をくみ取らせる。
『実はな…』
グレイヴはドラムロールを始めるが、カインの鋭い舌打ちで中断した。グレイヴは少し残念そうだ。
「早く言え」
『わかったよ…。俺、好きな奴できた』
カインの体の力が一気に抜ける。すぐにクロエのところに戻る準備をした。
「…なら頑張れ、以上だ。もう切るぞ」
『おい待てよ!せっかくだから既婚者のお前の恋愛術とか教えてくれよ』
カインのため息はとても深い。アポローンを思い出ごと切り捨てたカインにとって、もはや他人のグレイヴの恋愛事情なんて全く興味がない。
(話を適当に切り上げるか…。)
「それで相手は誰だ?どう会った?それとも文通か?」
『相手はロゼッタ・天岩っていう女で種族や地位まではわかんねぇ。でも俺に気はあるぜ?』
グレイヴは楽しそうだ。恋愛とは無縁の彼には新鮮なのだろう。
「…ほう、それで出会いのきっかけは?」
『文通だ。貴族の中のネットワークのな。』
(没落貴族だがそういうのはまだあるのか…。なぜだ?)
カインはあれほど地位を下げる行為をしたのにも関わらず、グレイヴの貴族としての立場がまだ残っていることに心底驚いていた。正直嬉しくない。
『…そこで言われたんだ』
ドラムロールを再び開始したが、カインももはや止めるのも嫌になっていた。
『”あなたのその姿を残すためにサイボーグ化手術受けましょう♡”だって』
――ゴチン!
その瞬間グレイヴの脳天に衝撃が走った。
「はにゃ~…」
グレイヴは遅れてきた頭の痛みから硬いもので殴られたとわかった。見上げると隣には拳を構えたカインがいた。さっきの言葉で転移してきたのだ。
「お前、なんで…。」
「普通に考えて、変だろーが!」
カインはかなり怒っている。しかし、それは感情的だが警告だった。グレイヴは若干涙目で頭のさする。
「変、なの…?」
「あったりめぇだ!誰がサイボーグ化手術を進める?しかも恋人に?このアライグマ!」
「誰がアライグマだ!?俺は狸だ!」
怒り狂うグレイヴをよそにカインは気持ちを落ち着かせてその場にあぐらをかいて座り込む。さっきの荒い性格から一転して、いつものクールで冷静なカインだった。
「あのな、サイボーグ化手術は高いんだ。ぼったくり目的や奴隷の追加、さらに臓器の売買といった腹黒いものが混在する。だからそいつも詐欺師だ。悪いことは言わない、やめておけ」
カインはそう言うとそのまま転移で去った。しかし、グレイヴのハートはこんなことでは折れない。この恋を実らせることにしたのだった。
「サイボーグって憧れてたんだよ…。かっこよさそうだし、カインもかっこいいし…」
グレイヴからハートマークは止まらない。完全に鷲掴みされている。しかし、カインも見捨てる理由も助ける理由もなく、向こうがなんとか抑えてくれることをただ願っていた。
「カインー、アイスクリーム買ったから屋上で食べましょう?」
クロエはティアとノアを連れてカインの元に駆け込んだ。その平和な光景をカインは何がなんでも壊さないと固く誓ったのであった。
(…俺は繰り返さない。あの惨劇を)
600年前に起こった自己中心的な転生者の悪行は未だに魔界でも議論をされている。このことにカインは1人で全て受け持とうと考えていた。だが、今現在目の前に存在する明確な”守るべきもの”にカインは全力を注いでいたのであった。
※この物語はフィクションです。




