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第35話 多大なる誤算

 カインはただ走り続けていた。風の力も弱まり始めてきた。だがもう出口の階層まであと少し、これなら東雲の策略の阻止はできる。そう思っていた。そして、ついにカインは出口の光を視野に入れることができるようになった。


(よし、出口だ…。――ん?)


 満ち足りた感覚も束の間、出口の真上の岩が悲鳴をあげて落下した。カインはその下を滑り込み、間一髪で脱出した。カインは額の汗を拭う動作をする。地面に斜めの掘られた坂の下の出入口は大量の岩が積みあがってもはや通れない。


「…ふう、脱出成功。」


 しかし、目が光に慣れて焦点が合うと目を丸くした。


「なっ!?――んだと…。」


 人数が明らかに少ない。ざっと100人はいたはずなのに目の前には20人ほどしかいない。カインはすぐにわかった。


(…しまった!あの洞窟、隠し通路があったのか!?)


 どうやら1本道だと思っていた工事現場は実はどこかに別の連絡路があったのだ。つまり残り80人は…。カインは崩れた岩を殴るようにノックする。完全に地声だ。


「…おい!今助けるからじっとしてろ!無理に動くと傷口が広がる!」


 カインは片方の靴を脱いで鋼の足に赤いオーラをまとわせる。崩れた瓦礫を一掃しようとしていたのだ。カインの魔法で強化した蹴りなら、的確に岩のみを粉砕できる。


(ウラヌスの連絡網なら既に破壊済みだ。後はどうなっても――)


 しかし、そのとき地面が大きく動き出した。揺れが激しくて立っていることもできない。カインも咄嗟に伏せる。


「皆、伏せろ!立ってると振り落とされるぞ!」


 やがて断層がゆっくり動き始めた。徐々に切り離された両端が合わさっていく。噓から出た誠とはこのことで本当に魔力の流れの変化で地殻変動が発生したのだ。断層は少しずつ距離を縮めていき――


 ――ついに1つの平坦な土地になってしまった。しかし、全く無害というわけではなくさっきの出口にカインは目をやると、気が狂いそうになった。


「…っ!」


 目の前にあったはずの出入口がない。どうやら断層の壁面ギリギリに洞窟が彫られていたので、合体したはずみで洞窟が跡形もなく粉砕されてしまったようだ。まるで最初から何もなかったかのように…。


「…噓だろ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 生き残った者たちは一斉に涙を流す。きっと友達や家族がいたんだろう。カインはただ殺風景な地面に静かに手を合わせることしかできなかった。


(俺のせい、だ…。全部…)


 今回の件で自分がやった証拠を残さなかったことをカインは悔いた。このまま背後から殴る蹴るされても良い。いやむしろそうしてほしい。そんな気持ちでいっぱいだった。


(…頼む。俺が殺した。今ここで何されても、俺は怒らない。思う存分、恨んでくれ…)


 そんなとき背後から1つのガラスの破片がカインの後頭部に刺さった。実は生き残った作業員にウラヌスの者がいたのだ。それは幹部ではないがアシガルでもない。幹部見習いという奴だ。しかし、刺さった瞬間カインの姿は消えて代わりにわら人形が破片に刺さった。幹部見習いはインカムに手をやる。


 幹部見習いは幹部を師匠とし、そこから基本を習って幹部になるという制度により存在する。しかし、裏社会の組織なので破門になれば全てを失うという諸刃の剣だ。


「東雲様、月影は仕留めました。ただ身代わりだったようで…。東雲様?」


 相手が全く返事をしない。しばらくすると、やっと声が発せられた。絞り出すような声が。


「おい…」

「はい?」


 見習いはキョトンとしている。


「どうしました?」


 流石に尋常じゃない気配に気づき始めていた。


「今、ルシファーが…」


 ここでグシャリという音と共に通信は切れた。


 *****

 ――リアーナの空中庭園の地中には巨大な浮遊装置がある。その一角でカインは仮面を被って”ルシファー”として目の前の男に自分の銃をこめかみに突き付けていた。


 男はパイレーツハットを被った海賊風の格好で見た目は青紫色の長髪に深緑の爬虫類の瞳を持つ人間だが、顎髭のような琥珀色の鱗が生えている。カインは静かにかつ残酷に声を発する。


「よお、東雲。いや破壊雷獣と呼べばいいか?」


 男――東雲はスパナを握ったまま冷や汗を垂らして体を動かさない。その瞳に浮かぶのは焦りだ。カインの左手には”通信装置だったもの”が大破している。


「…なぁ、ルシファーさん?」

「まずはその三文芝居やめたらどうだ?」


 カインは不敵に笑う。


「わかってるんだ。お前、俺の正体知ってんだろ?」


 東雲の肩は一瞬跳ねたがすぐに銃を向けられたまま立ち上げる。冷静に…。


「あぁ、ボスの情報だ。魔王・月影。ルシファーの現在の名前だ」

(ボスがディエゴだと思ってもいいかもな…)


 カインは見抜いていた。彼がルシファーの正体を知っていたことを。考えれば簡単だ。最初の脅迫状は確実にルシファーに向けたもの。だが正体を知らないのにカイン・月影に送ってどうする。確かにカインの後ろ盾は多いが、その中にルシファーがいるとは限らない。もしもカインがルシファー以外の者に頼めば計画は総崩れだ。


 ――つまり、正体がわかってないと有り得ない事件だった。


「あのツリーハウスを破壊したのはクロエを事故に合わせて脅すためだ」


 東雲の表情は図星という感じだった。だが焦りはない。どうやらルシファーが分身を使うことにイレギュラーを感じていただけのようだ。


「…それでなんでここがわかった?」


 東雲の問いかけにカインは真っ直ぐ即答する。


「『月を赤く染める』…。これはリアーナのこの装置を破壊されると空中庭園のあらゆる公共の照明が赤く光ることを意味する。だから場所も特定した。俺の優秀な魔界の調査班によってな」


 東雲は悔しそうだった。あと少しで計画を潰されたのだから。しかし、カインは銃を離して代わりに強力な回し蹴りで東雲を飛ばした。


「ぐおぉっ!」


 東雲の体が背後の何かにぶつかった。


 ――ビー、ビー…


 辺りが赤く光り始める。警告音の中、1人の”堕天使”が目の前の獲物を捕らえる構えをしていた。東雲は背中をさすりながら息を飲む。


 ――≪バトル反応検知。魔法封じのためガスを噴射≫


「…聞いたか」


 カインは仮面を外して変身を解くと入れ替わりで無色透明のガスが噴射される。カインは両手を広げて冷酷な表情を浮かべる。


「このガスは魔法に反応するとそいつの生命力を根こそぎ奪うんだ…。面白いだろ」


 カインは完全に冷酷で理性的な、”堕天使(ルシファー)”だった。

※この物語はフィクションです。

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