第32話 魔王のカリスマ動画
――アポローンでのこと、カインが東雲と戦略合戦を行なっていることを知らないグレイヴたちは魔獣討伐をして一休みをしていた。
辺りを見回してグレイヴは額の汗を拭う。
「そういや、最近地割れが減ってきたんじゃないか?」
チェルルが飛び跳ねてグレイヴに近づく。
「本当だ!前までロープとジャンプいっぱいだった」
リリーはマジホで画面を見せた。最近のアポローンの環境を表した特殊な地図だ。地割れと思われる赤い線が時間経過と共に減っていく。さらに青い表示も少しだけ出現してきた。
「こんな感じに魔獣被害もゼロとは言えないけどかなり減ってますぅ。それに水が少しだけ流れ始めたそうですよ?」
グレイヴは感心している。
「じゃあもっと水が全体に行き届くには、どうすりゃいいんだ?」
リリーはすかさずマジホを操作した。最近では魔獣討伐だけでなく、アポローンの住民たちの悩み案件の解決までしていた。水はこの前舗装したのが結実したものだ。
「このエリアの大きな岩を砕けばなんとかなりそうですね」
「そっか、近いし休んだらそこ行くぞ!」
リリーとグレイヴが張り切っていると、同じくマジホを見ていたエリックが声をかけた。
「ねぇ!この動画、月影様出るって!」
「カインが!?」
グレイヴは狸姿になって、あぐらをかいたエリックの膝に飛び乗った。画面には『月影様連続ドッキリ企画!』と大きく書かれている。しばらくすると画面が切り替わって公園が映った。
――その先には、新聞を読みながらコーヒーを飲むカインがいる。スーツじゃないためプライベートだろう。
画面の端からよくわからない仮面を被った配信者の男が現れた。片手にはホイップクリームが大量に乗った紙皿がある。
『では、皆さんご存知月影様!彼は数あるドッキリで全く引っかかりませんが、今回はこの何某が歴史を塗り替えます!』
しかし、グレイヴたちには先がわかった。
「絶対無理だろ…」
「「「確かに…」」」
そして予想通り、皿はカイン目掛けて投げられた。しかし、カインは全く視線を動かさず首を傾けて皿を見事に回避した。皿は向こうの噴水で浮いている。
「やっぱり…」
実際に拳を交えたグレイヴも、カインの壮大な力を知る他の3人も全員予想がピタリと一致した。配信者はとても悔しそうだった。
「今すぐやめろ」
「でも当たったらすごい!」
「でもやっぱ無理か…」
コメント欄は賛否両論で火花を散らしている。
『まぁ今のは、ね?どんくらい手強いかわかるように、あえて簡単なものにしたんでーす』
配信者が気を紛らわせているとカインが新聞を閉じた。鞄に一式詰め込み、ベンチから立ち上がって石畳を歩き出す。
『おっと月影様が、――ってあの道は!』
配信者が画面いっぱいに顔を近づける。
『この先、大きな落とし穴があります!ここで自由落下!』
カインが歩いていると明らかに埋めなおした跡があった。そしてカインがしっかり踏みしめる。地面の硬さは一瞬で無くなり、大穴があいた。しかし、カインは何事もなかったかのように大きくジャンプして穴の向こう側まで飛び移った。
またしても失敗である。
グレイヴは人型に戻ってマジホの操作を始めた。
「もう見てらんねぇ。カインに電話する」
しかし、リリーは止めて笑った。
「いいですよ。だって結末が気になるじゃないですかぁ」
「?」
よく見るとエリックもマジホを握りしめてニヤニヤしている。チェルルは顔が元から飾り気がなさ過ぎて正直よくわからない。エリックは尻尾を激しく振った。
「ねぇ、もっと見ようよ!」
「「うん!」」
グレイヴはかなり困惑していた。カインが苦しんでいるかもしれないのにこんな風に見て見ぬふりをしていいのかと不安でしょうがなかったのだ。
それからカインは蜂蜜を使った落とし穴トラップや、トリックアート、さらにスパイ映画に出そうなレーザートラップも軽々と回避してみせた。本人は本を読んだり電話したり、音楽を聞いたりととても吞気そうだ。顔に出ないからそうだと思われる。
ここでグレイヴもさっきまでの罪悪感がなくなって、すっかりカインのドッキリ神回避の虜になっていた。エリックと全く同じペースで尻尾を動かしているのでリリーとチェルルは静かに笑う。
「いやあ、本当にカインって最強だな」
エリックはグレイヴの言葉に大笑いする。
「本当にすごいよね。月影様はアクション映画で一度も失敗したことがないんだ。前に彼がカウボーイの役をやってたから僕もその格好をしてるんだよ」
「へぇ…」
感心するグレイヴにリリーはさらに言葉を継ぐ。
「さらに月影様は芸能界のピンチヒッターとしても有名で、老若男女どんな姿にでも化けられるんです。声まで変えられるからすごいんですよぅ」
グレイヴの知らないカインが少しだけ霧が晴れていく。このときグレイヴは心の中のカインの謎を全て知ったような気がした。しかし、配信者は全く折れない。
『はぁ、これじゃ取れ高が…。』
(いや、充分増えてるぞ…)
動画の端の視聴者数がものすごいことになっている。配信者はおそらくカインが全然引っかからないので面白くないのだろう。
『こうなったら…』
配信者が声を上げた。すると、背後に複数の黒服がズラリと現れた。配信者は大きく胸を張る。
『彼らで月影様を追い詰めます。そして逃げているところを捕まえまーす!』
「いや、完全にそれアウトだろ!?」
とんでもないことを言ってきた。こんな多くの人に襲われたらひとたまりもない。グレイヴの血の気が引いていく。他の3人も流石に危機感を強く感じた。
「…ねぇこれ、やばいよね?」
エリックはリリーに顔を見合わせる。リリーの頭のクラゲが警告のように赤く点滅している。
「…はいぃ」
グレイヴの胸騒ぎは酷かった。
「…か、カイン」
彼らにできることは、ただ画面の向こうで普通に歩いているカインを温かく見守ることだけだった。
※この物語はフィクションです。




