第30話 スターローズ
カインは自室で電話に耳を傾ける。
「それで、相談は?」
「はい…」
アレックスの呼吸音が聞こえる。そして発せられた。
「俺、自分のファッションブランド立ち上げたいんです!」
カインはその真剣な言葉が全身を駆け巡るのを感じた。そして笑った。今までと違う、声を出した笑い方だ。
「…ふ、あっはっはっは!いいと思う。それで資金が必要なんだな?」
アレックスはすぐに即答する。とても真剣そうだ。
「はい!調べたらブランドはネットショッピングから始めたらいいらしいのでやってみたいと思ったんです。俺、仕立て屋の育ちなんで!」
カインはその発言に眉をひそめた。
(じゃあなんで魔法騎士学園なんて…)
カインはすぐに言葉を足した。
「お前のやりたいことをやれ。金なら俺が出す。無駄遣いするなよ?」
アレックスは声が震えていた。
「あ、ありがとうございます!俺、やってみせます!」
「そうか、ただ俺は専門外だからできればちゃんとしたところで助言はもらえ」
アレックスの第一歩にこの日、カインとクロエは実の子のことのように喜んだのだった。
*****
――翌朝
まだ薄暗い時間帯にインターホンが鳴った。カインは自分を叩き起こして眠い目をこすってモニターを確認する。相手はアレックスだった。何か持っているようだが重いのかカメラより下にある。
「…なんだ?こんな、朝っぱらから…。子供がいるから今度から連打は控えろ」
カインはやっと目が冴えてアレックスに尋ねる。アレックスはかなり困っている様子だ。
「兄貴、実は知らない荷物が届きまして…。『スターローズ』と書かれた赤い大きな箱です。」
「それか、それは芸能界の新人の登竜門の1つだ」
カインは突然アレックスの背後に現れた。アレックスは驚いた。
「わ!急に転移しないでくださいよ!」
「それより箱は、開けたのか?」
「それよりって…」
カインは地面の箱に目をやった。中には大量の衣類がぎっしり詰まっていた。
「はい、中身が気になって…」
カインは舌打ちをする。
「それじゃあ、返品できないぞ?それはな、匿名の奴のブランドでデザインは一丁前だが性能がゴミ以下なんだ」
アレックスは首を傾げた。どうやらまだ見ただけで性能を理解していないようだ。カインは無言でジャケットを1着取り出す。ジャケットは白くペガサスを模した刺繡が上品さを全開にしている。
「このジャケットなんか、刺繡に玉止めがないぞ?これじゃほどけるだろ」
アレックスはカインの発言に1歩引いた。
「兄貴って、そういうの詳しいんですか?」
「…多少はな。昔仕立て屋で働いてたんだ」
アレックスは先日のカインの「専門外」という言葉を蘇らせる。カインはアレックスの心の内を察知し言葉を添えた。
「…300年前だから技術的に参考にならない。ちょっとのほつれは直せるが、最近クロエに教わったからな…」
(300年前って、すごい年長者…)
アレックスは耳を立てている。それをよそにカインはジャケットを羽織って見せた。シルエットがアンバランスで、どんな衣服でも着こなすカインでも不自然さがにじみ出ている。
「これは、肩の縫い目が雑なようですね…。体の基本構造を理解できていないです」
「流石だな。俺もわからなかった」
そしてカインは両腕を同時に回した。かなり動かしづらい。しかも、――
――ビリッ!!
ジャケットの背中部分が真っ二つに裂けてしまった。ジャケットの袖がカインの両腕でブランと下がる。
「背中は特に力が入ります。縫い合わせは慎重にしないと…」
「これでわかったか?」
カインの言葉にアレックスはうなづく。
「わかりました。でも、なんで送ってくるんです?」
カインは破けたジャケットを脱いで箱に戻す。そして口を歪める。
「…いい質問だ。さっきも言った通り送り主、つまりブランドの開発者は匿名だ」
「ということは…」
カインは箱のロゴに指をさす。
「こいつを見せびらかせない。見せびらかすと自分の顔と名前も知られて足がつく。自信あるのか、ないのか…」
「…本当ですね」
カインは箱の蓋を軽く押さえて指を1本立てる。
「だから無知なモデルの卵に、自分の衣服の宣伝をしてもらおう。――大方そういう魂胆じゃないか?推測なんだが…」
アレックスはまたしても目を輝かせてメモを続ける。カインはロビーのベンチに座り込み、頬杖をついてアレックスをやる気のない目で見る。
「それで、どうすんだ?これ送り続けてくるぞ?」
アレックスは目を泳がせた。これ以上ゴミをもらってもしょうがない。それに捨てれば逆にSNSに書き込まれたりして自分の夢が危うい。
(どうすれば…)
アレックスは格闘している。自分の気持ちと選択が上手く歯車に嚙み合わない。カインはボソッと呟いた。
「困ってるんなら、俺の場合どうしたか、聞くか?」
アレックスはこのとき思った。確かにカインにはそんな迷惑配達がない。つまり解決したってことだ。
(これで兄貴と同じことを、いや似たことでもすれば…)
しかし、アレックスは首を横に振った。
「やっぱりいいです」
その発言には1点の曇りもない。
「いいのか?失敗が怖いとか…」
「ありません。自分で解決させてください!」
その決意のある瞳にカインは静かにうなづいた。
「じゃあ俺帰ります!」
「は?…お、おい!」
踵を返して清々しく走り去るアレックスにカインは声をかける。
「帰るなら、せめて箱持って帰れ!」
しかし、呼びかけも虚しくアレックスは嵐のように去ってしまった。カインは仕方なく箱を持って赤い魔法陣を宙に出してそこに箱を放り込んだ。箱は一瞬で燃え尽きた。そしてカインは時計を見る。
(まだ仕事には早いな…。もう一眠りするか)
カインはバッテリー残量を確認して、再び転移魔法でロビーを去った。
※この物語はフィクションです。




