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第29話 ウイルストラブル

 カインは路線のダミー情報とウラヌスの極秘ルート建設阻止のため1歩歩み出した――はずだった。


 カインは自宅のベッドで横になっている。なんとサイボーグウイルスに感染してしまったのだ。正確にはカインの機械部分がウイルス感染したのだが、サイボーグだと普通の体調不良と何ら変わらない。


「…うぅ、だりっ」


 カインは額を押さえる。クロエは体温計と氷袋を持ってきた。しかし、カインは「要らない」とジェスチャーで表現する。


「…クロエ。…俺にそれが効くと思うか?…き、気持ちはありがたいが…。」


 クロエはその一言に顔を赤くした。そして持ってきたものをすぐに床に置く。クロエは目を泳がせた。


「こ、これは、その…心配で…」


 カインは重い体を引きずりつっこむ。


「いや隠せてないぞ…クロエ」


 そんな中、足音が聞こえてきた。娘たちだった。心配そうにカインのベッドに飛び乗る。感染はしないので近づいても安全なのだ。


「パパ、だいじょーぶ?」


 ティアはつぶらな瞳でカインを真っ直ぐ見る。それに対してノアは幼稚園用リュックを持っていた。


「早く治してね。大好きだよ、パパ」


 無邪気で可愛い2人の言葉にカインとクロエは少し心が和んだ。カインは2人の頭を撫でる。


「俺は大丈夫だ。今日は遠足だろ?楽しんでこい」


 ティアとノアは激しくうなづいて部屋のドアから出ていった。「行ってきます」の言葉がこのときカインには温かく感じた。2人が去るとクロエはカインの額に手を当てた。カインは少し驚く。


「…な、なんだよ」

「いやあ、熱はないんだなって」


 クロエの綺麗な瞳にカインは視線をそらす。


「あ、当たり前だろ…。完全な生物じゃねぇんだ」


 この空間に2人は少し沈黙があってから少し距離を置いた。クロエも顔が赤い。カインは咳払いをして自分の棚の引き出しから小さな機械を取り出した。


「スキャンした結果、よくある簡易ウイルスだった。この程度なら市販のバスターデバイスでなんとかなる」


 クロエは不思議そうに首を傾げた。カインは苦笑いして言い換えた。


「つまりな。ただの風邪だから問題ないってことだ。バスターデバイスは風邪薬だ、サイボーグ用の」


 クロエは納得してそのまま部屋から去った。そしてカインはデバイスに自分のコードを差し込む。


 ――【メディカルシステム、起動】


 視界にメッセージが表示され、メーターがゆっくり進んでいく。カインは天井に目をやった。無機質で白とも黒とも煌びやかとも言えないこの空間がカインには1番落ち着く場所だった。カインは少しアポローンのことを思い出す。グレイヴは冒険を始めてから毎日のようにカインのチャットにメッセージを送るのでそれがカインの楽しみの1つになっていた。


「あの邸宅は、装飾が多すぎて目がチカチカする…」


 ずっと仕事で休むこともなく、それどころか休む必要のない体のカインはこの静かな空間を嚙み締めた。――だが、カインは思考を止まらせない。


(東雲の最初の暗号、『赤く染める』…)


 最初の脅迫状のみが他のものと違って抽象的だったことにカインは疑問を抱く。


(調べた結果、”リアーナ”という言葉は別世界では月と関連する。『月が赤く』…)


 カインの中では胸騒ぎが激しくなる。”赤”が嫌な意味でしか受け取れないからだ。


(血か炎か…それとも何か別の…?)


 しばらく考えていると視界に【ウイルス除去準備完了、再起動します】と表示されてその後、カインは眠りについた。


 *****

 カインは夢を見ていた。


 炎の中、大量の死体が転がってその中を男が練り歩く夢だ。機械義肢はまだ無く片手には血濡れた大鎌を持ち、赤く染まった白いファーのついた黒いロングコート。やがて目の前に黒いレースの布が現れた。鎌には黄金色と赤紫色の魔眼が1つの目の穴に入った男の残酷な笑み。そしてそのままレースの向こう側の人影をレースごと鎌で――


 *****

「――っ!」


 そこでカインは跳び起きた。部屋には誰もいない。その空間にカインは安堵する。


(ゆ、夢か…)


 カインは頭を押さえて視界にウイルスの完全除去の通知を読むと、やっと自分の体調不良の改善を感じ取れた。クロエはドアを勢いよく開ける。一度ドアの押しと引きを間違えたのが音でわかった。


「カイン!どうしたの!?」


 カインはすぐに答えた。クロエの息は上がっている。


「…平気だ。ただ悪い夢見て跳び起きただけだ」

(…噓は言ってない)


 クロエはその様子を見て膝をガクリと落とす。


「良かった~。てっきりカインがいなくなっちゃうのかと思っちゃった」

「そんなわけないだろ?ただの風邪でそれに俺は魔王――」


 言いかけたところでクロエは思い切りカインに抱き着いた。その顔は涙でぐしょぐしょだ。


「カイン、私ね?」

「なんだ、突然」


 クロエが恋愛感情が冷めていないことをカインは既にわかってはいたが、このときのクロエはそれ以上だった。クロエは呼吸を整えて口を開く。


「私、あなたがスクラップの山に埋もれていたとき、カイン言ってたの」


 カインは記憶を探ったが、崖に落ちてから意識を失っていたため思い出せなかった。


「言ってたって、何をだ?」


 クロエは抱きつくのをやめてベッドに座ってカインを真っ直ぐ見る。


「『このまま捨てられたくない。消えたくない』って」


 カインの冷却装置が音を出す。


「…そ、そんなこと言ってたか?記憶にないが…。」

「だからね?カインはもっと自分を大切にしてね?リアーナの権力者で、私の大切な人なのだから」


 カインは目を丸くした。


「た、大切…」


 少し間を置いてからカインは咳払いをして視線をそらした。


「あぁ、善処しよう」

「相変わらず固いわね。その揺らがない精神がかっこいいんだけど」


 クロエは楽しそうに笑った。まだ日の高い部屋の中、2人は笑いあったのだった。


 ――しばらくしてカインのマジホに着信があった。電話だった。


 カインはクロエに断って電話に出ると、相手はアレックスだった。


「アレックス、今日はモデルオーディションだろ?」


 アレックスの声には張りがあった。


「はい!これから俳優のオーディションも探します」


 カインはその言葉に微笑んだ。


「いい心掛けだ」

「それで兄貴に相談があるんです。ちょっとやりたいことがありまして…」


 ――これからカインの一番弟子の大いなる1歩が踏み出されたのであった。

※この物語はフィクションです。

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