第15話 異世界転生者
エリックは月のない夜、ポンと手を叩く。
「…よし、これで基本魔法は使えるね。あとは実践あるのみだよ」
グレイヴは息を切らして、剣を杖のように地面にさして体重を預ける。
「…は、はは。本当にシビアだったぜ…」
ムゲン・ハムハム討伐からその場で3日不眠不休で特訓をしたのだ。グレイヴの物覚えが悪すぎて少々スパルタになってしまったのだ。グレイヴは狸姿に戻り、その場で倒れる。その姿はSNS映えしそうなほど可愛い。
「今日は、遅いから…明日にしよう」
「そうだね。僕も疲れた」
エリックはリュックからテントを取り出して2人は寝袋で寝る。しかし、グレイヴはなかなか寝付けなかった。
(…どうしてだ?早く寝てぇのに…)
しばらく考えていると、昼間のことを思い出した。”どうしてカインが異世界転生者と結婚したのか”という疑問だ。
(これがわからねぇから寝れないのか…?)
グレイヴは星の瞬く空を見上げてマジホを取り出した。画面にはカインに向けた電話の準備が写る。
(…仕事、忙しいのか?だったら出ない方が…。いや、聞かないと寝れないし――)
グレイヴはしばらく考えていた。カインの仕事はニュースでもわかるほど多忙だ。リアーナ中の企業の会議出席、魔法結界の維持、芸能活動、さらには双子の娘の育児に家事だ。こんな状態で聞いていいはずがない。
「…やっぱ、忘れるか」
グレイヴはマジホをしまおうとしたが、うっかり手を滑らせてしまった。
「…げっ!やっべ!」
グレイヴはマジホを拾うと――
『なんだ?何か相談か、グレイヴ』
カインの声がマジホから発せられた。落とした拍子に電話してしまったらしい。グレイヴはすぐに言葉を継ぐ。
「…わりっ!今忙しかったか?急ぎじゃないんだ」
『構わない。今ちょうど娘を寝かしつけたところでな。今なら時間はある。それで、用件はなんだ?』
カインはとても冷静だ。とても綺麗で月のない夜でもほのかに輝くような、そんな声だった。
「聞きたいんだが、クロエ…さんって異世界転生者だよな?」
グレイヴの鼓動が激しくなり、気づいたら狸のまま正座している。直談判のときには感じなかった緊張感が全身を震わせる。カインはサイボーグだからか機械みたいに冷静だ。
『…そうだが、何だ?異世界転生者が憎いのか?』
「…いや、お前はどうなんだよ!?――って、やばい。話がそれた!」
グレイヴは咳払いをして深呼吸をした。
「なんでクロエさんと結婚したんだ?異世界転生者、嫌いなんだろ?」
しばらく沈黙が流れる。しかし、――
「それはな、クロエは俺の恩人で理解者だからだ」
「うわっ!」
カインの声がテントの外から聞こえた。はっきりと。グレイヴが恐る恐る外に出るとカインが乾いた地面に座り込んでワインを飲んでいた。グラスに継がず、ボトルから豪快に飲んでいる。
「月のない夜は、星が綺麗だな。リアーナは明るすぎて見えないからな…。新鮮だ」
カインは振り向いてグレイヴを見た。その瞳はわずかに青白く輝いている。
「それで、恩人で理解者って?」
グレイヴの質問にカインは口角を上げる。グレイヴは人型になってカインの隣に座る。
「異世界転生者の定義は、”異世界転生した者で、なおかつ前世の記憶を持つ者”だ。」
カインのその話はどこか講義のようだった。
「クロエは前世で医者だったそうだ。でも、事故で亡くなった。それで当時気に入っていた小説にそっくりのこの世界――リアーナの平凡な鬼族の女性になった。」
カインはボトルを地面に置く。
「しかし、崖から転落しリアーナに近い国境外のスクラップの山にいた俺を助けてくれた。クロエは”サイボーグ人権化会”に参加していてな。そのとき俺は彼女に救われた」
インフラの整っていないアポローンがゴミで溢れかえらないことには理由がある。国境外に全て捨てているからだ。簡単に言ってしまえば国際規模の”不法投棄”である。また、サイボーグは”もの”として扱われるので粗大ゴミのように放置する。
”サイボーグ人権化会”とは軍事目的などで生み出されたサイボーグを普通の市民としての人権を持たせる取り組みで、リアーナでは特に進められている。
「俺たちは同居することになった。そして、俺は投資家になってリアーナの経済を揺るがす存在になってクロエと結婚した」
カインの言葉は真っ直ぐだった。しかし、グレイヴの心の曇りは残っている。
「…じゃあ、理解者ってのは?」
「お前、そういうところの観察眼はすごいよな…。」
カインは少し顔をしかめたが、グレイヴの頭を撫でる。その機械の手は冷たいがどこか温かい感じがした。
「それは…今のお前にはまだ早い」
「は?」
「だいたい、生物は輪廻転生を繰り返す。そんな過去を引きずっていたら、まともに生活できないだろ」
カインの真っ直ぐな顔から発せられたのは、さらに謎を膨らませる一言だった。しかし、グレイヴの喉は詰まって声が出ない。その理由はグレイヴ自身にはわからなかった。グレイヴには”リンネテンセイ”の
意味がわからないのもあっただろう。
(俺の勇者の奇襲の話に、床に水溜りができるほど号泣してたなんて、アポローンで言えるかよ…)
カインには立場上、発言できない内容だったのだ。グレイヴはカインの体を一瞥した。スーツのその体は淡く冷たい光を放っている。
「なぁ、カイン」
「…何だ」
カインの温度のない声がグレイヴの耳に刺さる。グレイヴは拳を前に出した。
「俺、約束する。アポローンの立派な貴族になって英雄になる。だから、グータッチだ!」
グレイヴはにかっと笑っていた。カインの顔にもわずかな笑みが浮かぶ。
「…あぁ、何年かかるか、わからないが…。50年でも100年でも俺は待ってやる」
(どうせ投げ出すだろうが…。)
カインは幼いグレイヴの行動から未来視を使用しなくても未来がわかった。そして、その気持ちを抑えてグレイヴと拳を合わせた。グレイヴは目を細める。
「冷えてるな…お前の手。ずっと握って歩いていたはずなのに今初めて感じた」
「そうだな。お前は俺を除け者扱いしたからな」
手を離しグレイヴが分厚い雲の間の小さな星空に目をやるとカインは既にいなかった。
「…俺は本当に馬鹿だな」
その後、グレイヴはやっとテントで眠れたのであった。
※この物語はフィクションです。




