表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/34

めでたし、めでたし

 王宮の奥深くに構えられた王妃の寝室は、もはや高貴な香の代わりに、甘ったるく粘りつくような「死」の残香が支配する檻と化していた。



 ジンからの蜂蜜の供給が途絶え、狂おしいほどの禁断症状に苛まれたマリアンは、かつての美貌を自ら掻きむしり、見る影もなく崩壊していた。


 彼女の白く透き通っていたはずの肌は、瘡蓋を作っては削り取り続けたために爬虫類のそれのようにごわついた皮膚になり、その瞳は正気の光を完全に失って、虚空にうごめく幻影を追っている。




「……あはっ、あはははは! あの女の割れた頭から、わたくしの大好きな蜂蜜が溢れているわ!」


「マリアン!」


 駆け寄ったアレクサンダー国王が、震える手で彼女の肩を抱き寄せようとしたその時だった。


 マリアンは蛇のような速さでアレクサンダーを睨みつけ、その顔に汚濁に塗れた笑みを浮かべた。

 彼女の口から零れ落ちたのは、二十年間、甘い毒液の裏に隠し持っていたあまりにも無惨な真実だった。



「あははは……ねえ!アレク様。あの日、エリュシオン様はわたくしを脅してなんていなかったのよ!全部、お遊戯!あなたに見せるための、安っぽいお芝居!わたくしが呼び出して、わたくしが自分で悲鳴を上げたの。あなたは期待どおり、わたくしを助けてくれたわね!本当にありがとう!」



「……何を、言っているんだ、マリアン。狂ったのか……?」


「狂っているのは、信じたい嘘だけを信じてきたあなたの方よ! 操り人形のアレク様!……本当は、貴方も薄々わかってたんでしょう?わたくしが欲しかったのは、あなたの愛なんていう薄汚いものじゃないの。この王妃の椅子と、ひれ伏す臣下たちだけ!あはは、あなたの隣で愛を囁かれるたび、わたくし、吐き気を堪えるのに必死だったわ!あの女を突き飛ばした時のあなたの顔……あれが一番傑作だったわ!あはっ、あはははは!」



 マリアンの嘲笑が、冷たい壁に反響し、アレクサンダーの鼓膜をズタズタに引き裂いた。




 アレクサンダーの脳裏に、あの日、絶望の中で自分を見つめ、最期に空を見上げていたエリュシオンの瞳が鮮烈に蘇る。


 心の最奥に閉じ込め、無かったことにしていた「本当は、彼女を誰よりも愛していた」という後悔が、マリアンの醜悪な告白によって無理やり引きずり出された。



「——貴様ぁぁッ!!」


 アレクサンダーの理性が、凄惨な音を立てて爆ぜた。


 彼は腰の剣を抜き放つと、狂ったように笑い転げるマリアンの腹部を、何度も、何度も、憎しみのままに抉り抜いた。


 マリアンの笑い声が、不気味な鳴き声のような喘鳴に変わる。彼女は最期まで、床にぶちまけられた自分の血を蜂蜜だと思い込み、それを啜り上げようと指を動かしながら絶命した。






 静寂が訪れた。返り血で真っ赤に染まったアレクサンダーは、自らの震える掌を凝視した。


 二十年前、エリュシオンを死へと突き飛ばした、その手を。



「私は……私は……! 彼女をこの手で、あのような女のために……!」




 アレクサンダーは、幽霊のような足取りで、城の最上階にあるバルコニーへと向かった。


 そこから見える王都の夜景は、あの日エリュシオンを隠蔽したニズール山の暗がりに似ていた。風に乗って、どこからか花の香りが漂ってくる。



「エリュシオン……。今、行くよ……。愚かな私を……地獄で殺してくれ……」


 狂ったように笑い、泣きながら、アレクサンダーは夜の闇へとその身を投げ出した。




 重力に従い、王の身体が冷たい石畳に叩きつけられる。グシャリという、かつて中庭で響いたものと似た音が響き渡り、すべては終焉を迎えた。



 降り注ぐ月光の下、王の死体の傍らには、どこからか飛んできた青びらが、静かに舞い落ちた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ