再会
「神域」ニズール山の深奥。王家が隠蔽し続けてきた罪の集積所は、夜明け前の深い霧に包まれていた。
かつて妹を死に追いやった者たちは、自らの罪に焼かれ、あるいは妄想の果てに自滅していった。
今、レオンはただ一人、この禁足地へと足を踏み入れていた。
「……ここに、いるんだろう。エリュシオン」
霧が立ち込める斜面を彷徨う。やがて、小さな窪地に辿り着いた。
そこには、狂おしいほどに美しく、淡く青い花が咲いていた。
「……見つけた。やっと、見つけたぞ」
レオンは膝をつき、震える手でその花の根元の土を掘り始めた。
爪に泥が詰まり、剥がれた指先から血が滲んでも、彼は土を掻き出し続けた。
やがて湿った土の中から、真実が姿を現した。
粗末な布に包まれていたのは、かつてエリュシオンが纏っていた学園の制服を着たままの痛々しい骸。
年月は肉を削ぎ、柔らかな肌を土へと返していたが、制服の金色の刺繍だけは彼女が確かにそこにいた証として、暗闇の中で鈍く光っていた。
レオンは息を詰め、そのあまりにも細い指の骨を凝視した。
そこには、泥にまみれながらも、不思議な輝きを保つ安っぽい錆びた金属の輪が嵌まっていた。
「……これ、は……」
それはかつて幼い日のレオンが、お忍びで出かけた市場の露店で買い、彼女に贈ったおもちゃの指輪だった。
『お兄様、ありがとう! 世界で一番素敵な指輪ですわ!』
『バカだなあ、そんな安物。エリュシオンが大きくなったら、もっとすごい本物をたくさん貰えるだろうよ』
『いいえ、そんなのいりません。わたくし、これがいいのです。お兄様がわたくしのために選んでくださった、これがいいのですわ』
幼い彼女の、鈴を転がすような笑い声が、枯れ葉の舞う風に乗って耳元を掠めた気がした。
エリュシオンは、王太子の婚約者という眩い地位にありながら、死の瞬間まで、兄からもらったこの安物の玩具を、大切に肌身離さず着けていたのだ。
彼女にとって唯一の宝物は、地位でも名誉でもなく、この指輪に込められた兄との記憶だった。
「……ああ……っ、あああああ……!!」
レオンは、冷たく硬い骨となった妹を、壊れ物を扱うように優しく、けれど引きちぎらんばかりの力で抱きしめた。
レオンの瞳から熱い涙が止めどなく溢れ出し、彼女の制服を濡らしていく。
「遅くなってすまない、エリュシー……。寂しかったろう。こんなに冷たい場所で、一人きりで……どれだけ怖かっただろう……!」
レオンは妹の頭蓋に自分の額を押し当て、慟哭した。
「……もう、終わったよ。お前を苦しめた奴らは皆、自分たちの罪に呑まれて消えていった。マリアンも、アレクサンダー国王も、お前を見殺しにしたやつらも……。もう、誰もお前を傷つけない。誰も、お前を忘れさせたりはしない……。……だから、もう泣かなくていい。……ただ、安らかに眠ってくれ……」
どれほど真実を暴き、罪人たちを破滅へ追い込んでも、失われた命は戻らない。どれほど年月が流れても、彼女の時間はあの日、あの中庭で止まったままだ。
そしてレオンが彼女を抱き上げたその時。
咲き誇っていた淡い青の花が、役目を終えたかのようにハラハラと花弁を散らし始めた。
風に舞う花びらは、まるで彼女の魂がようやく重力から解放され、天へと昇っていく軌跡のようだった。
「帰ろう、エリュシオン」
レオンは、腕の中の小さな骸を抱いたまま、霧の晴れゆく山道を一歩、一歩と下っていく。
背後では、二度と咲くことのない青い花が静かに土へと還り、ニズール山の呪われた歴史に終止符を打とうとしていた。
夜明けの光が、泣き濡れた兄の背中と、その指先で永遠の輝きを放つおもちゃの指輪を、静かに、そしてどこまでも慈しむように照らし出していた。




