その青い花の下に眠るもの
(寒い……どうして……暗い……お兄様……)
エリュシオンは、光の届かない永遠のぬかるみの中を彷徨っていた。
何が起きたのか、理解する時間は与えられなかった。ただ、一瞬の衝撃と、背筋を凍らせる冷たい沈黙。
気づけば彼女を包んでいたのは、胸が引き攣れるほどの哀しみと、二度と己の肉体という器には戻れないという、逃れようのない絶望だけだった。
果てしない時間の断絶の中で、彼女はただ泣き続けた。空腹も睡眠も、生命の営みはすべて奪われ、代わりに尽きることのない涙だけが溢れ続ける。
だが、永すぎる嘆きはやがて、形を変えた。
濁りなき哀しみは、どろりとした怒りへ、そして肌を焼くような怨嗟へと変貌していく。
自分を突き飛ばしたあの手。冷たく見下ろしたあの瞳。保身のために真実を土に埋めた卑怯者たち。
マリアン、アレクサンダー、ジグルド、ギルバート、そしてジン。
あの五人だけは、決して許さない。
(——簡単には、死なせてやるものか。私と同じ絶望の淵まで、引き摺り下ろしてやる)
顔を上げたエリュシオンの瞳には、昏い怒りの青い炎が宿っていた。
彼女の指先、そして白く細い足が、ズブズブと土に吸い込まれていく。それは埋葬ではなく、復讐の根を張るための儀式だった。
彼女が埋められたニズール山は、かつてはただの山であった。だが一世代前の王家により【聖域】という看板を付けられ、姿を変えた。
その時から、王家はこの「聖域」を、表沙汰にできない醜聞や後ろ暗い出来事を葬り去るための「底なしの墓所」として利用し続けてきたのだ。
エリュシオンの魂は、人々の真っ白な信仰心と、その下に降り積もった無数の犠牲者たちのどす黒い無念を、同時にその身に啜り込んでいく。
信仰心と呪わしい毒が複雑に絡み合い、彼女の中で濃縮されていった。
やがて、その忌まわしき土から一輪、また一輪と、この世のものとは思えぬ淡い青い花が咲き誇る。
花は熟し、風を待って種を飛ばした。
その種たちが目指す場所は、すでに決まっていた。
ジン・サリュート侯爵領。
かつて学園の図書館で、一度だけ言葉を交わした男。中身などないただの社交辞令に過ぎなかったが、植物に対する情熱を見せた時の印象は、エリュシオンの記憶の隅に、ぽつりと落ちたソースの染みのようにこびりついていた。
(あの、陰鬱でことなかれ主義の卑劣な男——)
種は風に乗り、ジンの領地にある深い森林、その静謐さをたたえた湖畔へと静かに舞い降りた。
自らの手を汚す勇気すら持たぬ男の土地こそが、怨みを育て、収穫させる「苗床」として最も相応しい。
彼ならば、この得体の知れない花が持つ美しさと魔力に魅せられ、誰に教わらずとも丹念に育て上げるだろう。それが破滅の種とも知らずに。
エリュシオンの無念は、香しくも依存を招く茶葉に。
彼女の怨みは、内側から狂気を生む黄金の蜂蜜に。
それは、かつて彼女を殺した者たちの喉を、甘く絶望的に潤すための猛毒となる。




