69cs 「境界線」
昼休みの休憩室。
冷蔵庫のドアが開いて、誰かが弁当を取り出す。
「そのまま辞めてくれていたら経費削減になるねんけどな。ははは」
振り向く。
療養明け、出社してきたばかりの人に向けて、あの人が笑っている。
「冗談や、冗談」
その人も笑う。
口だけで。すぐに視線を落とす。
近くの誰かも、つられて笑う。
周囲の口角が、機械のレバーみたいに一斉に上がる。
苦笑い、というやつだと思う。
笑い声が、湿った空気になって肌にまとわりつく。
「まあでもさ、ハラスメントには気をつけなくちゃね」
同じ口が、同じ調子で言う。
間を置かない。続けて、自然に。
誰かが「そうですね」と返す。さっきと同じ声で。
スマホを取り出す。
メモアプリを開く。
日付:2026年6月3日
場所:休憩室
室温:24.5度
脈拍:82
発言:——辞めてくれていたら経費削減になるねんけどな。ははは(12:22:45)
発言:——ハラスメントには気をつけなくちゃね(12:23:22)
打ち込んで、保存。
訴えられた人間を、実際に二人見ている。
あとは、又聞きでいくつか。
また笑いが起きる。
同じ顔で、同じ温度で。
奥歯の裏側で、鉄の味がした。
もう一行、足す。
同じ形式で、同じ距離で。
何のためかは、よくわからない。
ただ、残している。
注意できない。
そのことも含めて、境界線、越えている。
時間:12:24
【文学フリマ大阪14】 出店参加します!
ブース:【な-10】
開催日:9/13(日) 12:00〜開催
開催地:インテックス大阪 2号館
入場無料
詳細はこちら → https://bunfree.net/event/osaka14/




