68cs 「ダイニングテーブルの右端」
気が付けば、そこに座っている。
ダイニングテーブルの右端。
誰が決めたわけでもない。
いつの間にか、私の席になっていた。
朝はメールの確認をする。
昼は……さすが仕事に出かけて使ってないな。
夜は原稿を書く。
休日は工作の部品を散らかして、子どもに怒られる。
食事もここだ。
本もここで読む。
ゲームもする。
ソファは好きだ。
ふかふかで、座れば眠くなる。
でも結局、戻ってくるのはここだった。
右端。
ここからは家のほとんどが見える。
キッチンでは妻が鍋をかき混ぜている。
手は忙しそうなのに、こっちの会話はだいたい聞いている。
リビングでは子どもがゲームをしている。
負けるたびに「うわっ」と声を上げる。
その横で、もうひとりの子どもが本を読んでいる。
ページをめくる音が、テレビの音に混じる。
空いている椅子がひとつある。
大学に入って、一人暮らしを始めた子の席だ。
帰ってきても、前みたいにはしゃべらない。
必要なことだけ言って、かつての自分の部屋に行く。
まあ、そんなものだ。
昔、自分もそうだった。
親なんて、いて当たり前で。
話さなくても困らなくて。
でも、いなくなるなんて考えたこともなかった。
たぶん、あの頃も、ちゃんと見られていたんだろう。
この席みたいな場所から。
「ごはんできたよ」
妻の声が飛んでくる。
ゲームを止める。
本を閉じる。
二人が席につく。
空いている椅子がひとつある。
あと何年かしたら、またひとつ、またひとつと空きが増えていくんだろう。
そうやって家の人数は変わっていく。
にぎやかな時間は、気づけば少しずつ形を変える。
でも、この右端だけはたぶん変わらない。
鍋の音。
ページをめくる音。
ゲームの効果音。
誰かのため息。
誰かの笑い声。
それらが混ざって、今日ができている。
ソファは、たぶんこれからも好きだろう。
でも、最後まで戻るのはここだ。
「フフフッ」
右端。
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