49cs 「イタリアン」
「ねえ、これ、味する?」
「してるよ」
「ねえ、これ、味する?」
「してるよ」
どちらが先に言ったのか、分からない。
オリーブオイルが光っている。
温かいはずなのに、舌に残らない。
指が動く。同じようなものが、終わりなく流れている。
「前、ここ来たときさ」
「うん」
その“前”が思い出せない。
笑っていた気がする。
でも、その顔が浮かばない。
「美味しいって言ってたよね」
「言ってた」
誰が言ったのかも、分からない。
フォークが皿に触れる。
音だけが、やけに近い。
顔を上げる。
目の前の相手は、まだ下を向いたまま、指だけが動いている。
少し待つ。何も変わらない。
やめて、また下を見る。
「ねえ、これ、味する?」
「してるよ」
さっきも聞いた気がする。
指が止まる。この会話を、何回繰り返したのか分からない。
冷めた料理を口に入れる。
やっぱり、味がしない。
顔を上げる。
相手がこちらを見る。
その瞬間だけ、目が合う。
でも、「ねえ、これ、味する?」「してるよ」同時に、同じ言葉を言っていた。
どちらの声だったのか、分からない。
画面を閉じた。
音を立てないように椅子を引く。
店の外に出る。
ドアが閉まる。
ポケットの中で震える。
取り出す。
画面には、「ねえ、これ、味する?」「してるよ」と、表示されている。




