目指すは3位
控室の空気は地獄だった。
控室と言っても立派なものではない。ただの体育館のステージ脇に存在している、普段は器具庫として活用されている明かりもない倉庫だ。
そこに合計14人が押し込められている。
一真と陽斗は運よく平均台の付近に居座ることができたので、地べたに座らず平均台に腰掛けることができた。
この器具庫の中で座れそうなものといえば、この平均台とステージ付近の階段のみでそこに陣取れなかった立候補者は地べたに座るか立つしかなくなる。
とりあえず座れて一段落。ホッと息を吐いて台本をもう一度読もうとしていた時だった。
「おいおい陽斗、なんかスッゲェ睨まれてるんだけど」
何やら視線を感じて恐る恐る視線を上げると、薄明かりしか届かない器具庫で眩いほどの黒い光を発する浦木姫乃と目が合ってしまった。
見ての通り、浦木姫乃は赤崎一真に対して怒りの感情を覚えていた。決して生徒会長選挙のライバルとして見ているわけではない。遅刻してきた挙句、反省の色も見せずにこうして本来腰掛けるべきではない平均台の上に堂々と座っているのが気に食わないのだ。
別に姫乃は器が小さいわけではない・・・と自分では思っている。ただ、一度特定の人物に対して不快感を覚えてしまうと、どうしてもその一挙手一投足を観察してしまう癖があるのだ。
そして細かい仕草すらいちいち目に止まってしまう。
平均台に腰掛けているのもそうだ。自分だけ楽をしようとしているのが気に食わない。
百歩譲って平均台に座るのは理解できる。しかし当然、これだけの人数が居るのだからここではお互い様の精神で、遅刻したアイツは他の人に席を譲っても良いのではないだろうか。
他にも、みんなが真面目に台本を読む真剣な空気になっているのに会話していたり、バスケットボールを指の上でクルクル回して遊んでいるのも気に食わない。
彼らのせいで伝統を紡いできた厳粛な選挙が台無しだ。
まあでも、別に気にしてない。私は器が大きいのだから。
彼らを惨敗させることがこの場で出来る一番の仕返しだ。私は大人、大人だから大人の対応をする。それまでだ。
頭の中でそんな事を考えていると、頭が考えるのを辞めてくれない。
ダメダメ、集中しろ!私!自分を鼓舞して無理やり台本に目を通す。しかしそこに書いてある文字は読めるのだが全然頭に入ってこない。どこか上の空に頭だけ行ってしまったように。
そんな無駄な時間を過ごしている間にも出番は迫ってくる。
私の順番は五番目、アイツらの後だ。
さっきから聞こえてくる演説も、みんな一生懸命考えたものなのだろう。しかし聞こえてくる演説はどれもノイズでしかない。
仮に演題で漫談を話していても私はそれに気がつかないぐらい興味が無かった。おそらく、この空間に居る他の立候補者も同じだ。緊張でそれどころではない。
私も、珍しく緊張している。それはこの空気感に負けたわけでも、人前で話すことにビビっているわけではない。単純に勝って当然の勝負だからだ。
もちろん、生徒会長という職を舐めているわけではない。この学校の生徒会長が何を意味するかは私が一番理解している。
それに、今の学年で生徒会長を務められる器は私しか居ないと思っている。もちろん誰にも話したことは無いが、ずっと心の内に秘めていた。
学年全体にもなんとなく私が生徒会長になるだろうという空気が流れているのは察している。担任の先生には直接「浦木さんなら安心して学校を任せられる」と言われた。
ダメだ・・・本番前に考えすぎてしまう。ずっと様々な思考が芋づる式のようにズルズルと出てきて止まる気配が無い。
とにかく、結論目の前のアイツは投票数最下位になって痛い目を見れば良い!
さあ集中集中〜
こうしてようやく気持ちを切り替えることが出来た。
一方、目の前のアイツは姫乃とは対照的な事を考えていた。
「あ〜どうすれば三位になれるかな〜」
赤崎一真は、当選する気が全く無かった。これまで陽斗に乗せられてここまで来てしまったが立候補した時点で推薦の基準は達成した。
なら、ここで落ちた方が絶対的にお得なのだ。
しかし、流石に全校生徒の前で醜態を晒す訳には行かない。なので一応演説は真面目にする。もちろん手を抜けるなら抜きたいが、素人に手を抜くほどのスキルは無い。なのでここは陽斗の言う通り全力でやるしかないのだ。
問題は投票だ。生徒会長選挙とは、「誰にこの学校を任せたいか」という信任投票の側面より「この中で誰が好きですか」というアイドルグループの様な「クラス対抗人気者総選挙!」としての側面の方が大きい。
すなわちこの選挙でビリになる=人望のないヤツと言うイメージが全校生徒に植え付けられているのだ。
すなわち、生徒会長にも、生徒副会長にもならない三位が一真にとっての目指すべき順位なのだ。
「それでは、続いて赤崎一真さんの演説を行います」
くだらない事を考えていると順番がすぐにやってきた。まずは応援演説の陽斗がステージに向かう。
「んじゃ、行ってくるわ」
陽斗は緊張するそぶりも見せずにステージに駆け上がっていった。
「頼む、ほどほどに三位ぐらいの応援演説をしてくれ!」
心の中でそう願いながら笑顔で彼を見送った。




