浦木姫乃が生徒会長に立候補する理由
浦木姫乃は常に一番でなければならない。だから生徒会長に必然的に立候補した。
立候補の用紙を記入しているときにふと思った。なんで立候補するんだろうって。
答えはすぐに浮かんできた。それは母親の禍々しい記憶と共に。
「姫乃は将来後を継いで社長さんになるんだから、いっぱいお勉強しないとね〜」
幼少期から向けられていた、母親の目が笑っていない仮初の笑み。
今になって分かったが、一人娘である私の子育てで失敗しないように様々な育児書を買い漁って試していたらしい。
ちょうどこの前、古くなった本を母親が片付けていた時に【褒めて伸ばす!科学的に証明された将来成功する子供の育て方!】という表紙の本がたまたま目に入った。
その表紙のタイトルを目にしただけで母親がこの本を私で実践していたことが一瞬にして結びついてしまった。そして私は反射的にその本から目を背ける。
実家は昔から続くお菓子屋さんを経営してる。お菓子屋さんと言っても、地元で有名なお土産用のお菓子を製造しており何度か全国規模のテレビで取り上げられたこともある。
県内どこのお土産屋さんに行ってもウチの製品を見かけないことは無い。それほど大きな会社の一人娘であり後継なのだから、幼少期から何事も一番を目指せと言われて育てられ続けた。
ただ、一番なんてそう簡単に取れるものではない。初めて挫折したのは小学校低学年の時に通っていたスイミングスクールだ。どうしても私は泳ぐのが苦手で、一番どころかビリケツから数えた方が早いぐらい泳ぐのが遅かった。
結局水泳は上達せずに一年足らずで辞めてしまった。辞めると言ったときに母親にはひどく怒られたと記憶しているがその詳細を思い出す事はできない。
他にも書道や花道など様々な習い事を経験させてもらったがどれも続かずすぐに辞めてしまった。
唯一ピアノだけは小学校の間ずっと続けていた。コンクールでは何度か一位を取ったことのあるほどにこれだけは上手くいっていた。しかし一位を取っても褒められず、また一位を取れないと失望する母親の顔が嫌になってこれも辞めてしまった。
勉強だけは未だに学内でも上位に入っている。何回かテストで学年一位を取ったことがあるが、これも毎回ではない。
それに全国規模の模試となると順位は当たり前だがもっと悲惨なことになる。
というかそもそも実家のお菓子屋ですら一位を取っているわけではない。確かになんちゃらグランプリ金賞やらそれっぽいPOPは色々貼ってあるが、お菓子屋という括りで全国一位な訳ではないしそもそも県内ですら一位ではない。
せっかくやるなら一番を狙えというのが母親の教育方針だったし、お店の経営においてもそこだけはブレていなかった。
だから、せめて山下高校の生徒会長という一番だけは欲しかった。山下高校は県内有数の新学校だ。そこの生徒会長という肩書きが付けばしっかりと努力してきたことが周りの従業員や家族にも証拠として伝わるだろう。
だから立候補の募集が始まってすぐに先生に書類を貰いに行った。
そしてクラスに戻って親友に声を掛ける。
「結菜、応援演説お願いしたい!」
そして時は現在に戻る。
親友の結菜は二つ返事でオッケーしてくれた。
「姫乃っち、立候補するんだ!」
結菜は姫乃から立候補の応募用紙をヒョイっと取り上げて応援演説者の記入欄に自分の名前を書いた。
「うん。まあせっかくならって感じ」
「じゃあ絶対に勝たなきゃだね」
結菜は中学校からの付き合いなので姫乃の家庭環境もなんとなく察している。そしてこの立候補自体も姫乃の本心ではなく家族、いや母親のためだと言うことも。
「みんな〜姫乃っち立候補するから投票してね〜!」
「ちょっと、結菜!」
突然大きな声を上げたかと思うと、クラス全員に聞こえるようにアピールを始めた。姫乃はそんな結菜の行動に驚き、咄嗟に静止した。クラスでもあまり目立たないタイプの自分のことを急にこんな大声で叫ばれて注目を浴びるのは恥ずかしかった。
クラスメイトからどんな罵声が浴びせられるのかと覚悟していた。「お前には向いてない」とか「しゃしゃんな」とかそんな罵詈雑言バイキングのようにクラスメイトから多種多様な罵倒が飛んでくるのかと覚悟していたのだが・・・
「姫乃ちゃん応援してるぞ!」
「うちの高校の会長なんて姫乃ちゃんしか考えられないから!」
帰ってきたのは意外にも応援の言葉だった。
男女問わずいきなり下の名前で呼ばれたのには少しビックリしたが、それでも暖かい言葉に包まれて嬉しくなる。
「姫乃っち、あんま自覚ないと思うけど意外とクラスでは人気者だから」
「私何もしてないんだけど」
「そういう謙虚なトコが姫乃っちの人気の秘訣」
結菜は高校に上がってから少し変わった。変わったと言ってももちろん良い意味でだ。
元々話が好きで男女問わず友達の多い方だった結菜は高校に入ってからますます友達が増えた。
一方あまり人と関わらないタイプの私は相変わらず少数の友達しか居なかった。
結菜は浅く広く、姫乃は狭く広く。そんな両極端な関わり方をする私たちだが、高校に入っても二人の仲は深くなり、こうして私がピンチの時には結菜が別の友達を頼って助けてくれる。
実家のため、母のため、そして応援してくれる結菜のためにこの選挙戦はなんとしてでも絶対当選しようと、そう心に決めたのだった。




