まずは挨拶から
「はぁ〜〜」
翌朝、自分の席に着席するなり大きなため息を吐いた。思えばここ最近ため息を吐いてばかりだ。
「そんなため息ばっかしてると幸せが逃げるぞ」
「今の俺に逃げる幸せなんてねぇよ」
「でも後から見返してみると、今日の自分はすげぇ幸せだったって羨んでるかもしれないぞ」
「どんな人生歩めばそうなるんだよ」
この何気ない陽斗との会話が意外と励みになる。
先ほどのため息の原因は、学校が始まってしまったことだ。ただでさえ生徒会長に"なってしまった"というだけでも大変なのに、副会長の浦木姫乃との仲も最悪だ。
「生徒会選挙なんて出るんじゃなかった〜」
「それはすまん」
クラスメイトもなんとなく噂で一真と姫乃の仲の悪さを知っているらしく、今日の一真は「会長」と呼ばれるより「例の人」と噂されることが多く一真は気になっていた。
このままでは人前に生徒会が立つときに「あれ、不仲で噂の会長と副会長だよ〜」とどこからともなくそんな会話が聞こえてくるかもしれない。
このまま見せ物にされて消費されるのは絶対嫌だ。しかしながら浦木姫乃と仲良くなれる気もしない。
「はぁ〜もうどうしよう・・・」
次に大きなため息が漏れ出たのは昼休憩だった。
授業から脳が解放されると、今度は再び生徒会のことばかり考えてしまう。
「嫌われて落ち込むのは分かるけど一日中それは女々しいぞ」
「でも・・・でも・・・」
「そんな乙女の仕草をするな。結論、仲良くなっちゃえば関係ないだろ」
「それが出来たら苦労しないよ」
はぁ〜とまたため息が漏れ出る。きっと自分の中に残っていた微かな幸せも、全て口から漏れ出ただろう。いつしか考えることが完全に女々しくなっていた。
「仲良くなるっていう大きな目標から考えるからダメなんだ。例えば今日は話しかけるとか、最低限挨拶するとか小さな目標から狙っていくんだよ」
言われてみれば確かにその通りだ。最終的なことばかり考えていたけど何事にも過程がある。テストだっていい点を取るには勉強が必要だ。その過程をすっかり怠っていた。
「分かった。じゃあ今日は挨拶してみる」
「なんか、思春期中学生っぽくて気持ち悪いな」
そんなこんなで、本日の一真の目標は「挨拶をする」に決まったのだった。
午前中の四限分の授業に比べれば、午後のたった三限分の授業なんてあっという間に終わってしまう。
授業から解放された生徒は今日も忙しなく部活に向かっていく。そんな青春の一ページを飾ってみたかった。
そんなエネルギー溢れる彼らとは対照的に、どんよりとした顔で生徒会室への歩みを進めるのだった。
でも、陽斗の言う通り今のこの状況も案外悪くないかもしれない。少なくとも浦木姫乃が自分を恨んで刺し殺したりしてくるような事にはならない。ただ単に嫌われているだけだ。
彼女の身になればその気持ちは良く分かる。しかし、自分が寄り添うと返って火を付けてしまいかねない。だから今の自分に出来るのは普通で居ることだ。
そもそも挨拶なんて人付き合いで最も基礎的な部分だ。小さい時から親に叩き込まれていている。変に相手を意識して挨拶もしないより、自分は何も感じていないと言わんばかりに挨拶をすることが一番の牽制になる。
そんなくだらない言い訳が相変わらず頭の中でグルグルしていた。
そしてその時は突然訪れた。
生徒会室に向かう途中、2階から3階へ階段を登り終えた時、偶然姫乃と鉢合わせた。
先に彼女と目が合い、目の前で鉢合わせた人物が浦木姫乃と認識するより先に体が反射的にのけ反っていた。
角から人が出てきて驚いたこと、そしてそれが浦木姫乃で更に驚いたこと。脳が一つ一つ状況を整理していく。そして整理し終えた後に挨拶のことを思い出した。
角で鉢合わせたことに驚いたのか、お互い少し体を仰け反らした状態で時間が止まったかのように固まっていた。そこに一真がぎこちない声で「お、お疲れ様」と声をかけると、時間が再び進み始めたかのように姫乃も「お疲れ様・・・」と返事をした。
お互い、そのまま目を背けてそれぞれ別の方向に進み始めた。後から分かったのだが姫乃は施錠されていた生徒会室の鍵を職員室に取りに向かっていたらしい。
入ろうとした生徒会室の扉が施錠されていたことでその事に気が付いた。
「あ、ありがとう」
鍵を取って来てくれた事に対するお礼の言葉。そんな簡単な言葉さえも口から素直に出ずに引っかかってしまった。そんな自分が少しだけ嫌になる。
「いえ」
姫乃はその返事だけを残して鍵を開けるのだった。
「なんだ、意外とコミュニケーション取れてるじゃん」
先に入室した姫乃に聞こえない声量で陽斗がそう茶化してくる。このニヤけ顔、完全に面白がっているだけだ。
返事が少しばかり面倒くさくなり「そんなんじゃねぇ」と適当に返事をして二人とも入室するのだった。




