【第5話】異世界人、初めての現代インフラ(と水洗トイレ)に腰を抜かす
異世界人、初めての現代インフラ(と水洗トイレ)に腰を抜かす
「お邪魔……しまーす……」
恐る恐る、という言葉がこれほど似合う状況もないだろう。
俺が重厚な玄関ドアを開け放つと、フィリアたちはまるで魔王城にでも足を踏み入れるかのように、抜き足差し足でエントランスへと入ってきた。
「ここでは靴を脱いで上がるんだ。日本の……いや、俺の故郷の文化でね」
俺が自分のスニーカーを脱いで見せると、三人もそれに倣って革靴やブーツを脱いだ。
「なんと美しい石の床だ……。継ぎ目一つないぞ」
玄関ホールのピカピカに磨かれた大理石調のタイルを見て、ラミラス村長がしゃがみ込み、指先でツーッと撫でて震えている。
「パパ、恥ずかしいから床を撫で回さないで……わっ!?」
靴下で上がり框を越え、フローリングの廊下に足を踏み入れたフィリアが、つるりと滑りそうになって俺の腕にギュッと抱きついてきた。
「おっと、危ない。フローリングは滑りやすいから気をつけてな」
「あ、ありがとうございます……っ。す、すごくツルツルしてて、木なのにピカピカです!」
顔を真っ赤にして離れるフィリア。その柔らかい感触に内心ドギマギしつつも、俺は堂々とした態度でリビングへのドアを開けた。
「さぁ、ここがメインのリビングダイニングだ」
ガチャリ。
扉の先には、24畳の広々としたLDK空間が広がっていた。
白を基調とした壁紙、ダウンライトの柔らかな照明、中央には大人四人が座っても余裕のあるフカフカの大型ソファ。そして壁面には、75インチの巨大な4Kテレビが鎮座している。
「「「…………っ!!」」」
三人は完全に言葉を失い、入り口で石化してしまった。
「……ま、マモルさん。あの、黒くて四角い、巨大な水晶の板は……一体何ですか……?」
シャーラが震える指で、壁掛けの大型テレビを指差した。
「あぁ、あれはテレビ。遠くの景色を映し出したり、物語を見たりする魔導具みたいなもんだ」
まだアンテナも繋がっていないし(異世界で電波が飛んでいるはずもないが)、女神のチートでネット動画くらいは見られるかもしれない。とりあえず「水晶板のすごいやつ」と説明しておく。
「遠くの景色を!? あれほど巨大な『透視の魔水晶』など、王宮にだって存在しないぞ!」
ラミラスが頭を抱えて叫ぶ。
「あ、あの……マモル。このフカフカの長椅子、座ってもいい……?」
フィリアがおずおずとソファを指差す。
「もちろん。座ってみてくれ」
フィリアが恐る恐るソファに腰を下ろした瞬間。
「ひゃいっ!?」
あまりのクッション性の高さと沈み込む感触に、フィリアは可愛らしい悲鳴を上げてビクッと跳ねた。
「す、すごい……っ! 雲の上に座ってるみたい! お尻が包み込まれてるぅ……!」
フィリアはすっかりソファの虜になり、ボインボインと弾むように何度も沈み込みを確かめている。純情な美少女がソファではしゃぐ姿は、それだけで眼福だった。
「マモルさん、あちらの空間は……?」
主婦であるシャーラの視線は、対面式のシステムキッチンへと釘付けになっていた。
「キッチン……台所ですよ。あそこにある大きな白い箱は、冷蔵庫と言って、食べ物を冷やして保存する魔導具です」
俺はキッチンへ案内し、大型の3ドア冷蔵庫をパカッと開けてみせた。
中はもちろん空っぽだったが——。
「ヒャッ!?」
冷気が白く漏れ出した瞬間、シャーラが驚いて一歩後ずさった。
「こ、氷魔法が常に発動しているのですか!? 魔法陣も、魔石も組み込まれていないのに……! これがあれば、食材がどれだけ長持ちすることか……!」
(よかった、電気は通ってるみたいだな)
俺は内心で安堵の息をついた。
リリスの奴、適当に家を召喚させたように見えて、電気・ガス・水道といったライフラインは「無限・無制限仕様」で繋げておいてくれたらしい。これならローンどころか、光熱費すらゼロの完全チート生活だ。
「あの……マモル」
その時、ソファではしゃぎすぎていたフィリアが、モジモジしながら俺の袖を引いた。
顔が少し赤い。
「どうした?」
「えっと、その……緊張のせいか、ちょっとお花摘み……お手洗いに、行きたくなっちゃって……」
「あぁ、トイレだな。廊下を出てすぐ右だ。案内するよ」
俺はフィリアを連れて、最新式のウォシュレット付きトイレの前まで来た。
「ここがトイレだ。中に入ってみてくれ」
「は、はい……」
ガチャリ。
フィリアがトイレのドアを開け、一歩足を踏み入れたその瞬間だった。
『ウィィィン……パカッ』
センサーが反応し、便器の蓋が自動でスゥーッと持ち上がった。
「ひゃあああああっ!?」
フィリアは腰を抜かさんばかりに驚き、廊下に飛び出してきた。
「ど、どうしたフィリア! 敵か!?」
リビングからラミラスが慌てて駆けつけてくる。
「パ、パパ! マモルのお家のトイレ、生きてる! 私が近づいたら、大きな口を開けて食べようとしたの!」
涙目で父親の後ろに隠れるフィリア。
「ぶっ……くくっ。ご、ごめん。あれは俺の故郷のトイレで、人が近づくと自動で蓋が開く仕組みなんだ。魔物じゃないから安心してくれ」
俺が腹を抱えて笑うと、フィリアは真っ赤になって頬を膨らませた。
「も、もう! マモル、笑わないでよ! 心臓が止まるかと思ったんだから!」
「悪い悪い。ほら、安全だと分かったなら行っておいで。終わったら、横の壁にあるレバーを引くか、ボタンを押せば水が流れるから」
「……ほ、本当ですね? 食べられたりしませんね?」
フィリアは疑心暗鬼のまま、再びトイレへと入っていった。
数分後。
「ひゃあああああーっ!!」
再びトイレから、今度は歓喜にも似た絶叫が響き渡った。
「どうした!? 今度は何だ!?」
俺とラミラスが駆けつけると、トイレから出てきたフィリアが目をキラキラさせて飛びついてきた。
「マ、マモル! 凄いです! トイレのボタンを押したら、お水が『ジャーッ!』って渦を巻いて流れて、一瞬で綺麗になっちゃいました! あんなの、王都の貴族の館だって絶対にありません!」
ポポロ村のトイレ事情は、基本的にぼっとん便所か、魔法で処理するタイプの簡素なものらしい。
臭いもなく、水が全自動で流れていく日本の水洗トイレは、異世界人にとって革命的なカルチャーショックだったようだ。
「水と言えば……お風呂も見てみるか?」
「お風呂!? あるんですか!?」
俺が洗面所の奥にあるバスルームの扉を開けると、そこには足を伸ばしてゆったり入れる、1.5坪タイプの広々としたユニットバスがあった。
「蛇口をひねれば、火の魔法石を使わなくても、無限に温かいお湯が出る。肩まで浸かって疲れを取れるジャグジー機能付きだ」
俺がシャワーの蛇口をひねり、温かいお湯を出してみせると、三人はついに膝から崩れ落ちた。
「し、信じられん……」
「水も炎も使わず、捻るだけで熱いお湯が……。これほどの魔導建築、我がポポロ村にあると知れれば、三国が血眼になって奪いに来ますよ……」
「マモル……ここ、天界なの……?」
それぞれが限界突破したカルチャーショックに打ちのめされ、放心状態になっている。
「大袈裟だな。ただの、俺のマイホームさ」
婚約破棄され、一度は絶望のどん底に落ちた俺のマイホーム。
だが、この異世界では、村長一家が腰を抜かすほどの『神の城』として評価されている。
俺は温かいお湯の湯気を浴びながら、この不思議なポポロ村での、ドタバタで超快適な異世界スローライフの始まりを確信し、思わずニヤリと笑うのだった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「便器の蓋が開いて『生きてる!』って驚くフィリアちゃん可愛すぎw」
「インフラ完備のマイホーム、異世界では最強のチートですね!」
「三人のカルチャーショックのリアクションが最高!」
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皆様の評価とブクマが、このマイホーム生活を維持する最強のインフラです!
次回もどうぞお楽しみに!




