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黒に染まりて英雄譚  作者: 鷹鴉。
一章 始まりし旅路と黒の子

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5話 封魔と黒と魔獣

 ベルム公国の首都を出発し、南西にあるベルム公国とアルカディア王国の国境を越え、幾つかの街や村を経由しながらアルカディア王国の王都、そして王城までアリステルを送る。


 そう言った道筋を再度確認したラビィは、綺麗に舗装された道を進みながら疑問が浮かぶ。


「うーん。アルカディア王国までかなり遠いけど、徒歩で大丈夫なの?結構距離あるよ?」


 街を幾つも経由する馬車はあるものの、アリステルはそれを選ばず徒歩を選んだのだ。ラビィの疑問に、ウィルトも頷く。


「そうですね。資金は有限なので節約したかった、も理由の1つですが……やはり一番の理由は、無関係の方々を巻き込みたくはありませんから。暗黒教団のやり方なら、搭乗した方を人質にしかねません」

「人質……無理かも」


 ウィルトが今の戦闘技術では人質が存在する状態で戦えないことを容易に想像できてしまい、アリステルの判断に賛成する。


「アリステルがそうしたいなら、あたしは何も言わないけど、疲れたらちゃんと言ってね。休憩とらないと、人間ってすぐに動けなくなっちゃうんだから」




「おーい!アンタら徒歩で行くつもりかい?」


 首都が見えなくなるくらいまで歩いた頃に、後ろからパカパカと来た馬車から、声を掛けられた。


「そうですが……」


 声を掛けた御者は馬の速度を緩ませ、アリステル達の移動速度と合わせる。


「ベルム公国は魔獣が少なくて比較的安全だけどよぉ。この道を進んだ途中にある森の奥の方に、メッチャ危険な魔獣がいんだ。公国が干渉すんなってお達しするくらい危険な奴だぞ。多分歩く速度的に、野営をする頃にゃその森らへんじゃねぇかな」

「そうなのですか、分かりました。森の奥に入らないようにします」


 人見知りなラビィ、口下手なウィルトに代わりアリステルが全ての受け答えをしていると、急に馬車の中からひょっこりとメガネを掛けた女性が飛び出し、3人の前に立つ。


「失礼、私はルシと申します。この馬車に相乗りしてる旅商人なのですが、地図は要りますか?何処に例の魔獣がいるか描かれた地図が丁度あるので、君たちに売ってあげましょう」

「値段は?」

「これくらいで……」


 ルシが指を4本上げ近くにいたアリステルに見せる。しかしアリステルは納得せずルシの指を1本下げさせ、静かな値引き交渉はルシが折れることで終わった。ルシは荷物の中から地図を取り出す。ベルム公国の首都周辺を記し、そこから伸びる幾つもの道と川、森、山、危険地帯といった様々なことを記した地図。


 対してアリステルはルシが提示した3本分の金額を払い、ウィルト達は地図をゲットした。実は道なりに進めば着くだろうとして、地図を買っていなかったのである。実際ベルム公国の整備状況なら、舗装された道を進めば確実に人里に辿り着くので別に無くても良いのだが、御者が言った魔獣がいる森をウィルト達は知らなかったので、ある意味丁度良かった。


「色々と、ありがとうございました」

「あんま気にせんでえぇよ。子供だけの旅みたいだから、大人の俺に心配くらいしてぇんだ。んじゃ、あんまり奥に行くなよぉー!」

「お買い上げありがとございまーす!」


 色々と心配してくれる御者とちゃっかり販売した旅商人は、そう言いながら道の先に進んで行った。




 更に進んで行くと、御者が言っていた森に到着した。


 木々は大きいものの、普通の森といった雰囲気。しかし奥には危険な魔獣が潜んでいる。ウィルトもラビィもいちいち相手をするほど強くも暇も無いので、舗装された道からはみ出ないようにしつつ、周囲の様子を見る。


「……音がした」

「うん、いるね。こんなにすぐに来るなんて、通話用の魔導具が無いと説明が付かないや」

「まさか……」


 交わし合う会話を聞いたアリステルが青ざめ、襲撃されたことを思い出しその場に止まってしまった。

「ウィルトは後ろ!爆炎魔壁《フレイムウォール》!」

「再構築《リベルド》・盾型!」


 ラビィが前方に、ウィルトが後方の防御を固めたとほぼ同時に、岩の弾と矢が放たれラビィが矢を、ウィルトが岩の弾を防ぐ。アリステルに届くまで間一髪であった。


「金髪の女を殺せ!殺せば前金の倍をやろう!」


 一気にならず者とすぐに分かる者達と、岩の弾を放ったであろう杖を持った中年の魔術師と、見るからに暗黒教団の手の者と分かる黒装束が現れた。


 黒装束がアリステルに指を差しながら言い放つと、ならず者達が一斉に襲いかかる。前後周囲を囲うように20人近くのならず者がいる。流石に魔術を使うのを目撃したならず者達は真っ先にウィルトへ武器を向けた。


 今ウィルトが持っているのは盾。武器は何処にも持っていないように見える。しかしウィルトの武器は聖剣リジェネイト。あらゆる姿に変えられる力を持った剣である。


「こいつ変な武器を持ってるぞ!」

「何だこれ!形が変わる武器なんて初耳だぞ!」

「なら魔術師のガキを先に狙え!」

「うるさいな早く手を貸せ!」


 ならず者達は暗黒教団から前金を貰い動いたようだが、それほど統率は取れていないらしい。もしくは金でかき集められたか。どちらにしても、この数ではウィルトもラビィも厳しい。援護するように、後方の魔術師がブツブツを呟いて岩の弾を放ってくる。


 背後にいるアリステルとウィルトと巻き込まないように、可能な限り多くのならず者を無力化できるように、この状況に合った魔術を頭の中で探し、何とか記憶の中に見つけてすぐに構築した。


「爆炎魔鐘《フレイムチャイム》」


 炎でできた小さな鐘が構築され、リィィィィン!!と甲高い音を上げて、扇型の炎の波動が放たれる。その波動は真横に水平に放たれ、ならず者の何人かに命中した。波動が直撃した箇所には炎で炙られたような痛みが外と中に発生し、水平に火傷が発生した。何人かはそれを喰らい痛みに悶える。しかしこの森は高低差があり、全員には当たらなかったのだ。特に当てたかった魔術師と暗黒教団の黒装束に。


 しかし、魔術師はラビィの魔術に驚愕していた。


「な?!このガキ、その歳で無詠唱だと?!ふざけんじゃねぇ!」


 魔術師の男がそう叫びながら後退さる。通常の魔術には、呼び起こす現象に応じた詠唱を行う必要がある。体内の魔力を詠唱という補助を用いて魔術を構築するのだが、一定以上の力量があれば、頭の中で魔術を形造り仕上げとして魔術の名を口にすることで、魔術は完成する。それが無詠唱。


 魔術師の男が詠唱をしたように、普通は詠唱がいる。どんなに努力しようとも、どんなに本を読み漁ろうとも、大抵の魔術師は詠唱の壁に止まる。凡才の限界だ。その凡才である魔術師の男は理解していた。無詠唱をしたラビィに勝てない。どう足掻こうとも。


 詠唱とは攻撃までの隙。つまりそれが無い魔術師は、速射、威力共に格段に強い。


「爆炎魔弾《フレイムショット》!」


 この極短時間で間髪入れずに魔術を発動したラビィのように。


 中年魔術師は金に困っていたので暗黒教団の誘いに乗りここに来たが、無詠唱の使い手なら圧倒的にこちらが不利。不思議な武器を扱う少年も危険だ。何が起きるか全く分からない。今はまだ金髪の女を守りながらという状況だからまだ何とかなっているはず。少年の動きは拙いし、少女の魔術は仲間を巻き込まないようにしている為か威力が今ひとつ。しかし確かな殺傷力を秘めている。


 今ならまだ五体満足でやり直せる。そう思い、すぐに後ろに向かって魔術師が駆け出すと、その背中にナイフが突き刺さり、心臓を刺され走った速度のまま倒れて行った。


「フン、使えん奴め。まぁ落ちこぼれ魔術師には荷が重かったか」


 魔術師を殺した暗黒教団の信者は、吐き捨てるようにそう言い放つ。彼は、元々ならず者達に期待はしていない。護衛の体力を削ぎ、そして殺せれば上々。全滅されても疲労困憊なら良し。金で集めたならず者達に金を払う気など、さらさら無いのだ。最終的にならず者達は全滅させるつもりである。


 魔術師の援護が無くなったことで、少しだけ攻撃の手が緩む。だが流石にこの数を守りながらさばくのは厳しい。そう感じたラビィがアリステルの手を引いて人の少ない箇所に向かって走り、包囲網を突き抜ける。追い掛けるならず者を転ばし、ウィルトも一緒に走る。


 ラビィが走って向かうは森の奥。ベルム公国が干渉するなと禁じる魔獣がいる、森の奥に向かって。


「森の奥に行くよ!」

「そ、それはまさか!」

「巻き込むつもり?」

「そう!あわよくば全滅して欲しいけど、壊滅くらいならしてくれるんじゃないかな!危険な魔獣って話だったし!」


 逃げ出したアリステル達に、黒装束が叫ぶ。


「追い掛けろ!逃がしたら報酬は無しだからな!」


 払う気など無い金をちらつかせ、必死にならず者を向かわせる。単純に金で動いていたならず者達は疑うこと無くウィルト達を追い掛けた。


 ここにいるならず者は、ベルム公国の外からかき集めた者達。ベルム公国自体は小さいし人口も少ないので、それに比例してならず者も少ない。暗黒教団の手の者である彼も、別の国の出身である。だから誰も過ちに気付かない。向かう先に何があるかを。




 ラビィは旅商人のルシから買った地図を確認し、現在位置を確認する。隠れながら引きつけながらを繰り返し、そろそろという位置まで来れた。背後からはならず者達の怒声と黒装束の声。


「着いた!ここら辺のはず……え」


「見つけたぞ!こっちだ早く来い!」

「生死は問わん!金が欲しければ早く殺せ!」


 この場所は周りに比べると、土が盛り上がった小さな小山。その小山からは水が湧き出ているのか、ちょろちょろと水が下に流れ、小山の頂点には平で少し広い窪みになっている。窪みには水溜りのように薄く水が張っている。そこまでは普通の自然の範疇である。しかしウィルト達の目の前には、奇っ怪な色をした大きな塊。3メートルはゆうに超える。


「うぇ、ゔぇ、ヴェっ、ヴェノムフロッグ?!」


 その声に反応したのか、大きな塊はゆっくりと起き上がり、その全容を見せる。


 特定災害魔獣ヴェノムフロッグ。成体になればワイバーンと同レベルの大きさまで成長する肉食魔獣。主に水気のある場所に生息し、縄張りに侵入した生物を伸びる舌で丸呑みにする。他の魔獣も捕食対象であり、空を飛ぶワイバーンも食べる。


 ヴェノム、と付いているように体内で生成した様々な毒素を皮膚表面に湧き出し続け、必要なら生成した毒を水鉄砲のように噴射することが可能。ただしヴェノムフロッグの毒は水にさらすと自然分解される為、周囲の水や川への汚染はそれほどでは無い。


 ベルム公国ではその生態の為、下手に刺激するとどれほどの被害が出るか予想がつかず、縄張りに侵入してもヴェノムフロッグ自体を刺激しなければ特に問題無い為、特定災害魔獣という呼称を付けて近付くなと言明している魔獣である。


 ヴェノムフロッグに驚愕しているラビィと、同じく驚いていたウィルトの背後から弓を引く音が聞こえた。すぐに横に避けて何とか避ける。


 そのまま矢はヴェノムフロッグに向かい、ツヤツヤな皮膚にポヨンと弾かれた。かすり傷も全く見えないが、ヴェノムフロッグは敵と判断したらしい。


 矢を放ったならず者に向けて口を開き、舌が伸びる。射出された、と呼べるような速度で弓矢を持ったならず者に直撃し、その速度のまま腹を貫いた。そして近くにいた別のならず者に向かって直角に曲がり、そして貫く。


「ありえ……っ」

 気付いた時には黒装束の腹も貫き、肉を刺した串焼きのような舌を一気に引っ込めて、ヴェノムフロッグは飲み込んだ。


 ならず者達、黒装束含め、瞬く間にヴェノムフロッグの舌に巻き取られ全滅した。残るはヴェノムフロッグに一番近く、少し離れたならず者達を先に狙った為、標的外だったウィルトとラビィとアリステル。しかしヴェノムフロッグはすぐ側の獲物を凝視する。


「2人とも避けて!氷結魔砲《コールドキャノン》!!」

 ラビィが魔術を放ってヴェノムフロッグの体の半分を凍て付かせる。同時に近くの水も凍り、ヴェノムフロッグがその場に固定。


 重点的にヴェノムフロッグの口と舌が凍りつく。しかしピキリッ、とすぐにヒビが入ってしまった。


 同時にまだ凍り付いていない皮膚。丁度そこに避けていたウィルトがいる方向に向かって、ヴェノムフロッグの皮膚からねっとりとした毒の水鉄砲が放たれた。その速度には反応できず、何とか剣と腕を前に出して毒が直撃する範囲を減らす。


 が、奮闘虚しく皮膚から、腕から毒が侵入し、動きが鈍り、ウィルトは倒れた。意識は何とかあるが、動けない。麻痺毒か神経毒の類だろう。


 ヴェノムフロッグは自身の毒は他生物に良く効くことを理解している。毒に倒れたウィルトを後回しにし、魔術を放ったラビィを次の標的とした。


 ウィルトは毒に倒れてしまった。ラビィの魔術でヴェノムフロッグを抑え込んだが時間の問題。あれの意識がある内に、役立たずが何とかしなければ。暗黒教団に追われてた時は使えなかったけれど、これほど標的が大きく動かなければ、何とか当たる。アリステルは集中する。己が体の、心臓に意識を集中し、封魔石の力を、今ここに解放する。アルカディア王家の血脈に宿りし力を。


「魔が封じられし理想郷《マギケラ・アルカディア》!!」


 アリステルから光が溢れ、ゆらゆらと揺れながらヴェノムフロッグを包む。すると極端にヴェノムフロッグの動きが鈍くなった。


「ナイスだよ!」


 これなら何とかなる。ラビィとアリステルがそう思った瞬間、ヴェノムフロッグは真横にゴロンと倒れた。動きは鈍くなったが、自重までは鈍くはならない。横に重心をずらせば足元の氷もまとめてゴロンと動く。その巨体だ。その方向にいたアリステルに直撃しなかったが、倒れた時の衝撃と風圧で小山からアリステルが吹き飛ぶ。


 アリステルが余波で吹き飛び、何とか小山の下の後方の草木がクッションとなって致命傷にはならなかったが、アリステルは王女。訓練した兵士や騎士のような体力も痛みの耐性も無く、すぐには動けない。


 残るはラビィ。


 ヴェノムフロッグの動きはまだ鈍っているが、身にまとう毒もその巨体も依然として脅威に他ならない。いつまでアリステルの封魔の力も続くか分からない。


 アリステルをすぐに探しに行きたいが、ヴェノムフロッグは鈍いがまだ動く。ウィルトは毒を受けて瀕死。解毒の魔術はあるが、毒の解析も含むので時間が掛かり、ウィルトを背負って逃げアリステルを探すなんて体力的に無理がある。


 この場での最善手は、ヴェノムフロッグを即座に倒してウィルトを治療し、2人掛かりでアリステルを捜索すること。


 ヴェノムフロッグを即座に倒すには、ラビィの魔術では足りない。やるしか無いのだ。黒の子である黒色席次が扱いし、全てを呑み込み侵食する黒を。


(しのごの言ってられない……やるしか無い!)


 ラビィは一気に息を吸い、それと同時にラビィの口周りが、ヒビが入るように黒く染まる。


「黒愛咆哮《こくあいほうこう》!!」


 その咆哮はヴェノムフロッグの体を貫き、大きな風穴がそこにあった。体の大部分が吹き飛んだヴェノムフロッグは、風穴の傷口に付着した黒がヒビ割れるように広がり、そして黒に溶けた。


 魔術以上の人知の至らぬ何かでヴェノムフロッグを一瞬で倒した。そんな様子を、ウィルトは見ていた。体を侵す毒で意識が朦朧とする中、ウィルトは見た。ラビィの首筋に、黒く小さなヒビが入る瞬間を。


 黒に溶けたのを確認すると、すぐにラビィがウィルトに近付いて解毒と治癒を始める。


 口周りは元の肌色に戻った。だが首筋の黒いヒビはすぐには戻らず、そのままだった。

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